1990年代後半、セバスチャン・バックは自分の得意な歌い方をためらっていました。
Skid Rowの「I Remember You」で知られる、高く澄んだ声です。
声を失ったというより、「今はそんな歌を聴きたい人がいない」と思い、あえて十分に使わなかったと本人は振り返ります。
ところが数年後、ロックのアルバムではなく、ミュージカルの役がその高音を必要としました。
舞台で歌い直した彼は、その後の録音でも声を選び直していきます。
高く叫ぶだけでなく、澄んだ声を残す場所、何人もの自分の声を重ねる場所まで。
若い頃の声に戻った、という一言では足りない変化です。
何を求められていると思い、何を歌いたくなったのか。
本人が各時期の歌について語った言葉と作品をたどります。
1989年|「I Remember You」で知られた、澄んだ高音
Skid Rowのデビューアルバム『Skid Row』は1989年に発売されました。
「I Remember You」はそのヒット曲の一つです。
バック自身が後年、高く澄んだ声で歌う代表例に挙げています。
ただ、レコードで高い声を出せることと、その声で毎晩ステージに立てることは別でした。
後年の回想によると、デビュー当時は昼から夕方まで取材で話し、そのまま夜の公演へ出て、なぜ声が疲れているのか分からなかったそうです。
連日のリハーサルや公演のなかで、舞台の外での声の使い方も覚えていく必要がありました。

写真:Jamie / CC BY 2.0
のちに悩むことになるのは、この声を出す技術だけではありません。
「I Remember You」のように歌うこと自体が、時代に合っているのか。
人気の変化が、本人の歌い方の選択にも影響しました。
1990年代後半|得意な高音を避けた時期
バックは1996〜98年頃を振り返り、グランジや叫ぶような歌が存在感を増すなかで、自分の澄んだ高音を求める人はいないと思ったと話しています。
1999年のソロ作『Bring ’Em Bach Alive!』を聴き返しにくいのも、当時の自分が本来の歌い方に取り組もうとしていなかったからだ、という厳しい自己評価でした。
同作はSkid Row時代の曲を歌うライブ録音に、新しいスタジオ録音を加えた作品です。
その一つが「Superjerk, Superstar, Supertears」でした。
昔の曲も歌い続けながら、新しい録音では自分が何を出すか迷っていた。
その二つが同じ作品に残っています。
後年の取材でバックが悔やんだのは、できることを十分に試そうとしなかった自分です。
一方で、使わない時期には、高音を試しても出せないことがあったとも話しています。
得意だった歌い方を避け、その声を使う準備からも遠ざかっていた。
再び歌いたいと思うことと、実際に歌える状態へ整えることの両方が、必要になっていました。
2000〜02年|二つの舞台で、求められる声が違った
2000年、バックはブロードウェイの『Jekyll & Hyde』で、ジキルとハイドを演じました。
分厚い台本に向き合い、歌詞の発音を明瞭にする練習をし、穏やかなジキルと荒々しいハイドを演じ分ける。
ロックの公演とは異なり、声だけでなく、立ち方や動き方も役に合わせる仕事でした。
最初に台本を見たときは圧倒され、引き受けられないとエージェントに電話したそうです。
それでも少しずつ覚え、ツアー先の部屋では発音を練習しました。
演出家ロビン・フィリップスとの稽古で、特に難しかったのは、激しく動くことを減らすことでした。
ハイドなら、ロックの舞台のように荒々しく振る舞える。
しかしジキルでは、節度を保ち、体を静かにしたまま歌わなければなりません。
同じ力を注いでいても、観客へ見せる動きは同じではない。
一人で二役を演じる仕事が、声と体の使い方を場面ごとに選ぶ経験になりました。
一方、この作品で、彼が得意とする最も高い声を使う場面は一、二度ほどだったといいます。
2002年の『Jesus Christ Superstar』では、その声を何度も求められたことが次の転機になりました。
イアン・ギランが初期の録音で歌った高音を、役として自分も歌わなければならない。
バックはそこへ向けて声を鍛え直しました。
稽古で歌うと周囲が驚き、自分でも、もうこの歌い方をやめたくないと思ったと振り返っています。
1990年代後半には時代遅れに感じた声が、ここでは役に必要だった。
流行に合わせて避けていたものを、作品の要求によって使い直す。
この違いが、後のロックの録音にもつながります。
2007年|高音を戻すと、低い声が難しくなった
『Jesus Christ Superstar』の後、バックは次のソロ作では初期Skid Rowや『Slave to the Grind』を思わせる高い歌を録りたいと考えました。
2007年の『Angel Down』です。
録音前にはGuns N’ Rosesと公演を重ね、自分の曲に加えてアクセル・ローズとも歌っていました。
本人によれば、その直後にスタジオへ入ったときは高い声を使う感覚が強く残り、アルバム終盤の「Falling Into You」では、かえって低い音域のヴァースに苦労しました。
かつて避けた高音を取り戻したから、すべての曲が簡単になったわけではありません。
もう一曲、「You Don’t Understand」で重視したのは、純度の高い澄んだ歌でした。
バックは自分の歌を強くしすぎることがあると認め、少し力を引いたときの伸びやかな声に気づいたと話しています。
どこで荒々しくし、どこで澄んだ声を残すかを選ぶ。
2002年の舞台で取り戻した声は、録音室では使い分ける声になりました。
一曲の中で言葉を伝え、強い声を使う場所をどう決めるかは、セバスチャン・バックの歌い方で掘り下げています。
ここで変わってきたのは、そうした選択を本人がしたいと思える条件です。

写真:Dark Apostrophe (talk) / CC BY 3.0
2014年|自分の声を重ね、70年代のハーモニーを作る
高音を再び歌うようになったバックは、ソロ作『Kicking & Screaming』(2011年)に続き、2014年に『Give ’Em Hell』を発表しました。
その制作で本人が繰り返し話したのは、高い声の記録だけではなく、1970年代のレコードで聴いたコーラスへの憧れです。
「Temptation」のサビでは、自分の歌を重ねたハーモニーがイーグルスを思わせる、とバックは語りました。
大きな声を一本で突き抜けさせるだけでなく、何本もの声を録って一つの響きにする。
彼が好んで聴く音楽を、自分のロックの録音にも持ち込んだのです。
その関心は、ステージ上で何を大事にするかという問いにもつながっていました。
2014年のバックは、イーグルスがハーモニーを歌うとき、激しく走り回ってはいないことにも注目しています。
自分もスタジオでは立って歌うのに、ロックのライブでは大きな会場を走り、観客を盛り上げることを期待される。
録音の歌と舞台の歌を比べるなら、こうした動きや役割の違いもあると考えていたのです。
同じ年の取材では「Push Away」で、これまでより高く歌ったと本人は感じていました。
それでも彼が新作を説明するとき、高音だけを成功の印にはしていません。
「Temptation」のハーモニーを語る言葉からは、長く憧れてきた歌の響きを自分の作品に作れた喜びが伝わります。
2024年|優しい声と恐ろしい声を、一曲に入れる
10年後の『Child Within the Man』で、バックは「(Hold On) To the Dream」を、自分の歌唱をとくに誇る曲として挙げました。
本人の説明では、曲のはじめに思いやりのある声で歌い、途中で恐ろしい声へ一気に切り替わります。
「自分の声にこれほど違う音がある」と驚いた作品でした。
サビでは、プロデューサーのエルヴィス・バスケットとハーモニーを作りました。
バックが引き合いに出したのは、聴き続けてきたスティーリー・ダンです。
子どもの頃には教会の聖歌隊で別の声部と歌っていたとも話しています。
荒々しいメタルの歌手になるより前から、人の声が重なる響きが好きだったのです。
1990年代後半にためらったのは、高音を出せるかどうかだけではありませんでした。
その声で歌うことを、自分も聴き手も望んでいるのか。
2002年の舞台がその迷いをほどき、2007年には澄んだ声を残す位置を考え、2014年と2024年には声を重ねることにも力を注ぎました。
「I Remember You」の高音は、彼の歌の一部であり続けます。
ただ、2024年に本人が誇ったのは、若い日の高さを再現したことだけではありません。
一曲の中で優しさと恐ろしさを行き来し、好きだったハーモニーまで形にしたことでした。

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