ロブ・ハルフォード(Judas Priest)の歌声の変遷|「Painkiller」の高音は、その後どうなったのか

2018年、Hellfestのステージに立つロブ・ハルフォード シンガー
Tilly antoine / CC BY-SA 4.0

2020年、ロブ・ハルフォードは「Painkiller」を1991年のようには歌えないと話していました。
ところが、2024年発表の新曲「The Serpent and the King」の録音では、自分から「Painkiller」の声を試そうとしています。
すでに歌は録り終えていたのに、激しい演奏に対して、その歌い方では足りないと感じたからです。

昔の声を惜しんでいた歌手が、なぜ再びあの高音を使おうとしたのか。
完成した曲では、高音で歌った声を、先に録っていた別の歌唱と組み合わせています。
初期に見つけた声の幅、1990年の「Painkiller」、長年歌ううちに必要になった調整を経て、2024年の新曲へたどっていきます。

1970年代――録音を聴いて、自分の声の広さに気づく

ハルフォードが自分の声を探す出発点には、憧れの歌手たちがいました。
若い頃にはロバート・プラントやイアン・ギランの歌に刺激を受け、自分の声でもどこまでできるかを試していました。
その可能性がはっきりした時期として、本人が挙げるのが、1976年の『Sad Wings of Destiny』の頃です。

歌っている最中の感覚と、録音された自分の声を外から聴くことは違います。
それ以前のバンドでも声域を広げようとはしていましたが、スタジオで録った歌をスピーカーから聴くことで、何ができているのかを理解していったと振り返っています。
聴き手に届く声を確かめながら、歌い手としての自分を知っていったのです。

この時期の歌唱は、高音をすべて同じ叫び声で押し通すものではありません。
「Dreamer Deceiver」には、穏やかな旋律を歌う声も、強く張った高音もあります。
静かな始まりから歌の激しさが増していくため、一曲の中で、違う声の表情に出会えます。
同曲と続く「Deceiver」は、アルバム発売前の1975年、BBCの番組でも演奏されました。

「Victim of Changes」や「The Ripper」にも、抑えた声と激しい声の対照があります。
静かな声と激しい声の使い分けは、初期から彼の歌を形作っていたのです。
それぞれの曲でこの対比がどう働くかは、ロブ・ハルフォードの歌い方で詳しく扱っています。

1984年、サン・セバスティアンで歌うロブ・ハルフォード
1984年、サン・セバスティアンで歌うロブ・ハルフォード。写真:Fernando Catalina Landa / CC BY 2.0

1990年――「Painkiller」が高音の基準になる

1990年の「Painkiller」では、その幅広い声の中でも、鋭く激しい歌い方が前面に出ます。
直前にドラマーとして加わったのは、スコット・トラヴィスでした。
ハルフォードは後年、スコットの加入によって、曲作りで試せることが大きく増えたと説明しています。

タイトル曲は、歌が始まる前から激しいドラムで幕を開けます。
ハルフォードの声も、その勢いを受け止める高い声として曲の中心に立つ。
初期の「Dreamer Deceiver」が静かな歌から徐々に熱を帯びていくのに対して、「Painkiller」は早い段階から声の激しさを強く印象づける曲です。

この違いを、1970年代より高い音が出るようになった、という説明だけで片づけることはできません。
初期から高音は出ていました。
二曲で違うのは、曲の速さや演奏の攻撃性に対して、どの声を中心に据えるかです。
静かな声との対比を長く聴かせる曲から、激しい声で曲の勢いを引っ張る曲へ。
「Painkiller」は、ハルフォードの高音を語るときに何度も戻る、強烈な歌唱例になりました。

そして、この録音を若い頃の代表として残したことは、後年の本人にも高い要求を突きつけます。
観客が喜んでいても、本人の記憶には、以前の自分が歌えた音が残っていました。

2012〜2021年――歓声があっても、本人には足りない音があった

「Painkiller」は、1990年の録音だけで終わった曲ではありません。
2012年5月26日のロンドン公演でも演奏され、その歌唱が『Epitaph』に収められました。
この公演では60歳のハルフォードが、22年前に発表した曲へ挑んでいます。

年齢による違いを考えるうえで、本人の言葉は率直です。
2020年には、声を長年使ってきたため調整が必要になり、1991年と同じようには「Painkiller」を歌えないと認めていました。
それでも曲には全力で取り組む。
歌い終えて大きな歓声を受けていても、あの音はもう少しうまく出せたはずだ、と考えてしまうそうです。

観客には満足できる演奏でも、歌手本人には修正したい箇所がある。
以前の自分が歌えた音を覚えているからこそ、今の歌を無条件には褒められないのでしょう。
ハルフォードは、歌えなくなったので曲を諦めた、とは話していません。
思いどおりにならない部分を抱えたまま、今できる歌唱をその都度出そうとしています。

そのためには、歌う日程も変える必要がありました。
2021年の説明では、若い頃のように毎晩続けるのではなく、一、二日公演をしたら一日休む形を取ることが多いとしています。
頭の中で思い描く歌をステージで歌うために、公演の間に声を休ませる時間を確保する。
一曲の中の歌い方だけでなく、次の公演へどんな状態で臨むかも、歌唱を支える条件になっていました。

2024年――録り終えた新曲に、もう一つの歌を足す

こうした変化を自覚していても、新曲で最初から高音を諦めるわけではありませんでした。
『Invincible Shield』の「The Serpent and the King」が、その具体例です。

ハルフォードはフェニックスで歌を録り、プロデューサーのアンディ・スニープ、ギタリストのリッチー・フォークナーと一緒に仕上がりを聴いていました。
しかし、演奏の激しさに自分の歌が届いていないと感じます。
そこで、自分から「Painkiller」のような声を試すと言い出しました。

高音の歌唱は二回のテイクで録れました。
最初に録った歌も生かし、新しい高音の歌唱と組み合わせて仕上げています。
冒頭の「The Serpent and the King」では、一人のハルフォードが違う声で歌った、二種類の歌唱が使われているのです。

ハルフォードは、事前にその歌い方を要求されていたら、できないと答えたかもしれないとも振り返っています。
できるかどうかを考え込む前に、その場で試せたことが、本人には大きかったようです。

ここから、1991年の「Painkiller」を当時と同じように歌える状態へ戻った、とまでは言えません。
このときの目的は、目の前の新曲の激しさに、自分の歌を近づけることでした。
そのためなら、今使える高音をもう一度試す理由があったのです。

2024年、オスロのTons of Rockに出演したロブ・ハルフォード
2024年、オスロのTons of Rockに出演したロブ・ハルフォード。写真:Birgit Fostervold (Birdesigns) / CC BY-SA 4.0

昔の声を思い出すだけで、終わらなかった

初期には、録音を聴くことで、自分に何が歌えるのかを知っていったハルフォード。
「Painkiller」を代表曲として長く歌ううちに、以前の声と今の声の違いも、自分で感じるようになりました。
休みや調整が必要になったことを認めながら、歌うことは続けています。

そして2024年にも、録り終えた自分の歌を聴き直すことが、次の試みに結びつきました。
若い頃の声をそのまま取り戻せなくても、新曲に必要だと思えば、高音の可能性を試してみる。
「Painkiller」は、もう戻れない時期の代表曲として大切にされるだけでなく、本人が新しい歌を作るときに思い出す曲でもあり続けているのです。

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