都はるみの歌い方・発声|「うなり節」を使わない名曲がある理由

ステージで明るい表情を見せる都はるみ シンガー

都はるみさんと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「はるみ節」と呼ばれる力強いうなりです。
けれども、本人は代表曲の「涙の連絡船」と、復帰曲の「小樽運河」を、うなりを使わずに歌う曲として挙げています。

ここに都はるみさんの歌の面白さがあります。
あの声は、いつでも同じ癖を押し出すためのものではありません。
歌の主人公に合わせて、声の圧を出すか、引くかを選べるからこそ、強烈な個性が物語を邪魔しないのです。

この記事では、うなりとこぶしの違い、言葉が前へ飛ぶ理由、あえて「はるみ節」を封印する曲まで、初心者にも分かる言葉で整理します。

「都はるみは、いつもうなる歌手」と考えると核心を外す

「アンコ椿は恋の花」の勢いを知っていると、都はるみさんの個性は喉の奥で声を震わせることだと思いがちです。
実際、デビュー直後から、浪曲を思わせる強い節回しは大きな目印になりました。

ただし、うなりは地声そのものではありません。
声へ加える表情の一つです。
絵にたとえるなら、紙の色ではなく、必要な場面だけ濃く引く線に近いでしょう。

本人が曲によって使い分けている以上、「あの声を出すには、常にうなればよい」という理解は逆になります。
強い癖を持ちながら、それを出さない判断もできる。
その選択の幅が、都はるみさんを長く聴ける歌手にしています。

声の出発点には、母から習った浪曲と民謡がある

幼い頃から、母親のもとで浪曲、民謡、日本舞踊を学びました。
浪曲は、物語を語る部分と節を付けて歌う部分を行き来する芸です。
一音をきれいに並べるだけでなく、人物の感情を言葉の勢いへ変える必要があります。

そのため、都はるみさんの歌は「よい声を長く聞かせる」だけでは終わりません。
一語の手前でため、母音をふくらませ、最後を上へ放つように終えることがあります。
本人は、こうした語尾の向きまで母から受け継いだと振り返っています。

ここで重要なのは、力の量より言葉の進む方向です。
声量が大きくても、口元で言葉が止まれば遠くへ届きません。
反対に、小さな声でも、言葉を誰かへ渡す意識があれば、歌の芯は失われないと本人は考えています。

うなりとこぶしは、似て見えて役割が違う

演歌をあまり聴かない人には、うなりもこぶしも同じ「節」に聞こえるかもしれません。
こぶしは、一つの音を細かく上下させ、旋律へ曲線を付ける歌い回しです。

一方のうなりは、音へ入る瞬間や言葉を強く押し出す場面で、声に荒い勢いを加える表現です。
学術的な演歌研究でも、都はるみさんのうなりは、一般的なこぶしとは分けて語られています。

だから「こぶしを回せば、はるみ節になる」わけではありません。
都はるみさんの歌では、語りの緊張が高まる場所でうなりが現れ、人物の感情が決壊するような効果を生みます。

長年の聴き手による回想でも、魅力は技巧の数より、声が一瞬で悲しさや強さへ変わる点に置かれています。
「七色の声」と表現する人がいるのも、一種類の力強さでは説明できないためでしょう。

北の宿からを歌う都はるみの表情

「北の宿から」では、強い声より静かな時間が主役になる

「北の宿から」は、都はるみさんのうなりを前面に押し出した歌ではありません。
寒い土地で、帰らない相手を待つ女性の時間が、淡々とした言葉の中に置かれています。

この曲で最初から感情を爆発させると、主人公が長く耐えてきた時間が消えてしまいます。
声の強さを見せるより、言葉を置き、次の言葉まで待つことが、物語を大きくします。

1976年に日本レコード大賞を受賞し、同年の紅白歌合戦で大トリを務めたことは、単に「はるみ節が頂点へ達した」という出来事ではありません。
強烈な個性を抑えても、歌の中心に立てることが広く伝わった転機でもありました。

演歌の声量や高音に興味がある人は、五木ひろしの歌い方・発声と比べると面白く読めます。
二人とも、押す力だけでなく、言葉を小さく届ける時間を大切にしているからです。

「涙の連絡船」と「小樽運河」では、うなりを置かない

本人がうなりを使わない曲として語った二曲は、発表時期が大きく離れています。
「涙の連絡船」は1965年、「小樽運河」は歌手復帰を本格化させた1990年の作品です。

若い時代と復帰後の曲が、同じ理由で結ばれているのが興味深いところです。
どちらも、うなりの強さを見せるより、離れた人を思う言葉をまっすぐ残す方が物語に合います。

有名な技を使わないことは、個性を捨てることではありません。
むしろ「ここでは使わない」と決められるほど、技が自分のものになっている証拠です。

ミックスボイスのような声区名で都はるみさんの高音を一つに決めるより、曲ごとに声の強さと語尾の置き方が変わる点を見る方が実像へ近づきます。
高音を地声で押し上げない考え方とも通じますが、歌の価値は「どこまで強く出したか」だけでは決まりません。

言葉を前へ出すために、母音を歌っている

都はるみさんは、自分の歌い方を説明する際、母音の扱いへ注意を向けています。
日本語は子音で言葉の輪郭が生まれ、母音で声が伸びます。
歌詞を急いで読むだけでは、言葉が細切れになり、旋律の上を滑ってしまいます。

そこで、一つの言葉の中にある母音を感じ、必要な音をためてから放します。
語尾が上向きに抜ける独特の動きも、単なる癖ではなく、言葉を客席へ送り切る役割を持ちます。

プロデューサーとして若い歌手へ教えた時には、声を腹から前へ放つ感覚を、短い掛け声のような形で伝えていました。
大声を出す訓練ではありません。
小さくても、言葉と気持ちが前へ届く声を作るための考え方です。

本人は舌を細かく震わせる動きも無意識に使うと語っています。
こうした細部は、長年にわたって身体へ入ったものです。
喉の形だけを真似しようとするより、言葉をどこへ届けるかを見る方が、歌の秘密を理解しやすくなります。

代表曲ごとに、「はるみ節」の濃さが変わる

「アンコ椿は恋の花」では、若さと勢いがうなりへ直結し、言葉がこちらへ飛び込んできます。
「好きになった人」では明るい別れの場面が前へ進み、観客と一緒に熱を上げる歌になります。

「北の宿から」は、強い節を減らすことで、待つ人の孤独を広げました。
「夫婦坂」では、人生を歩く二人の粘り強さが、語りと節の往復に重なります。

復帰後の「小樽運河」は、若い頃の決め技を再演する曲ではありません。
うなりを抑え、時間を経た声で言葉を置くからこそ、戻ってきた歌手の現在が聞こえます。

千年の古都を歌いながら拳を上げる都はるみ

この五曲を「声が強い順」に並べても、都はるみさんの面白さは見えてきません。
どの人物なら声を前へ投げ、どの人物なら胸の内へ残すのか。
同じ歌手がその距離を変えるところに注目すると、はるみ節が一つの型ではないことが分かります。

真似るなら、うなり声ではなく「使わない判断」から

都はるみさんを参考にする時、喉を押しつぶして荒い声を作るのは避けるべきです。
本人の声質と、幼少期から積み重ねた浪曲や民謡の経験を、表面の音だけで再現することはできません。

参考にしやすいのは、曲のすべてを同じ濃さで歌わない姿勢です。
一番言いたい言葉を決め、それ以外では声を少し引く。
この対比なら、喉へ無理な負担をかけず、歌の物語を立たせられます。

痛み、強いかすれ、普段と違う話し声が出た場合は歌うのをやめてください。
不調が続く時は、耳鼻咽喉科などの専門機関へ相談しましょう。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

都はるみの歌い方は、強い個性を出し引きできる歌だった

都はるみさんの歌い方を「うなり節」の一語で終えると、最も面白い部分を見落とします。
うなりは土台ではなく、物語に応じて選ばれる色です。

母から受け継いだ浪曲と民謡、母音をふくらませる言葉の扱い、語尾を前へ放つ感覚が、その下にあります。
だから小さく歌っても言葉が残り、うなりを使わない「涙の連絡船」や「小樽運河」も都はるみさんの歌になるのです。

若い頃の勢いが、引退と復帰を経てどのような表現へ変わったのかは、都はるみの歌声の変遷で年代順にたどります。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました