マイケル・キスクの声を覚えている曲として、1988年の「Eagle Fly Free」を挙げる人は多いでしょう。
ところがHelloweenを離れた後の彼は、昔の曲を歌い直す提案を一度断っています。
そのキスクが2008年に自作曲を再録し、やがてバンドの仲間と再会し、2023年には日本武道館で「Eagle Fly Free」を歌いました。
何が変わって、過去の歌へ戻れたのでしょうか。
若い頃の高音を取り戻した、というだけの話ではありません。
キスクが過去の作品をどう受け止めるかと、今の声をどう使いたいかは、時間をかけて別々に変わっていきました。
1987〜88年――代表作が、まだ若い声のまま残った
『Keeper of the Seven Keys Part I』と『Part II』は、キスクがHelloweenで最初に歌った二枚のアルバムです。
「Eagle Fly Free」を収めた後者が出た1988年、彼はまだ20歳前後でした。
早い時期に代表曲を残したため、後の歌を聴くときにも、この若い声が比較の基準になります。
一方、本人は2012年、自分の『Keeper』時代の歌を幼く感じると話しました。
当時の録音が嫌いというだけではなく、44歳の自分の声はもっと厚く響き、よい声を出すために昔ほど頑張らなくてよいという自己評価です。
「Eagle Fly Free」で知った声が完成形とは、キスク自身は考えていませんでした。
ただ、この2012年の発言が、2008年の再録音を始めた理由ではありません。
彼が古い曲に戻るまでには、声の変化とは別に、かつてのバンドとの苦い記憶を整理する過程がありました。
2008年――断った再録で、自分の曲を取り戻した
1993年にHelloweenを離れたキスクは、その後もソロや他の音楽家との録音を続けました。
しかしバンドの終わり方や周囲の反応には、つらい思いが残ります。
レコード会社から昔の曲の再録を勧められたとき、最初に断ったのも、その記憶を曲と結びつけていたからでした。
考え直して作った『Past in Different Ways』で、彼が選んだのはHelloweenの有名曲を無差別に集めることではありません。
自分が一人で書いた曲をアコースティックに編み直しました。
「A Little Time」や「We Got the Right」は、Helloweenに入る前から学校のバンドで演奏していた歌です。
バンド時代の曲であると同時に、自分自身のもっと古い記憶にもつながっていました。
キスクは、若い頃の自分なら書けた歌を、今まったく同じようには書けないだろうと話しています。
それでも録り直してみると、昔の歌詞や曲に今も気持ちを重ねられました。
嫌な記憶のある人間関係と、自分が書いた歌への愛着を切り分けられたのです。
後に本人は、この作品が自分の曲とバンドに対して和解する助けになったと振り返りました。
録音中には、感情があふれて難しく感じる場面もあったといいます。
けれども完成後に抱いたのは、単に昔を懐かしむ気持ちではなく、曲をもう一度自分のものにした感覚でした。
昔と同じ生活や人間関係へ戻らなくても、その頃に書いた言葉を現在の自分の歌として引き受けることはできたのです。
この再録には、ソロ活動からキスクを知り、Helloween時代をよく知らない聴き手へ曲を渡す意味もありました。
原曲を知るファンには歌い直しでも、初めて出会う人には、その録音が曲の入口になります。
昔のファンが求める声へ合わせることだけが、再録の目的ではありませんでした。
編曲だけでなく、一部の曲ではキーも変えています。
原曲と再録版の違いを、声の年齢差だけと考えることはできません。
昔の伴奏をそっくり再現するのでなく、当時の自分が歌いたい形へ曲ごと変えた作品でした。
2010〜12年――録音から、再びステージへ
Helloweenを離れていた間も、キスクが歌わなくなったわけではありません。
ただ長くライブから離れた後は、いきなり一公演を歌い切る形で戻ったわけでもありませんでした。
Avantasiaのツアーでは複数の歌手が登場し、自分の出番を歌い、それ以外の時間は休めます。
本人は、それがステージに慣れ直すための入りやすい方法だったと語っています。
実はAvantasiaの最初のツアーへの誘いは、まだ準備ができていないと感じて断っていました。
次に背中を押したのが、Unisonicのドラマーでもあり、当時マネージャーを務めたコスタ・ツァフィリオです。
少ない出番から舞台の感覚を取り戻せるという勧めが、録音には参加していたキスクと、観客の前へ出る仕事をつなぎました。

写真:Sergei Sergejev / CC BY-SA 3.0
Avantasiaの舞台で再会したカイ・ハンセンは、キスクの新しいバンドUnisonicに加わります。
かつて『Keeper』で組んだ二人が2012年に発表した「Unisonic」は、新曲です。
過去の録音をまねて「もう一枚の『Keeper』」を作るのではなく、今のメンバーで曲を作る。
キスクは、カイの曲を自分が歌えばHelloweenを思わせる部分が自然に出るとしても、その音を意図的に偽るつもりはないと話しました。

写真:Mpaoxi / CC BY-SA 4.0
2013〜21年――仲間と話し、歌う場所を作り直した
Helloweenとの再会も、一度の決断だけで実現したわけではありません。
2013年、フェスティバルの舞台裏でミヒャエル・ヴァイカートと話したキスクは、かつて抱えていた怒りがもう残っていないことに気づいたといいます。
それでも、その場で復帰を決めたわけではありません。
Unisonicのスペイン公演でバンドとしての手応えを得た後、カイからHelloweenと何かやろうと持ちかけられ、前向きな返事をしました。
さらにキスクはテネリフェへ行き、まだよく知らなかったアンディ・デリスと時間を過ごします。
一緒に活動できる相手かどうかを確かめることも、復帰の準備でした。
昔の仲間への感情を整理し、新しい仲間との関係も築いたうえで、2017年のツアーに参加したのです。
アンディ・デリスが退いてキスクが元の席に戻るのではなく、二人の歌手が一緒に立つ編成です。
2021年のアルバム制作では、キスクが試してしっくりこない部分をアンディが歌い、逆もあったと本人は説明しています。
昔の曲を今の自分一人で全部再現することだけが、バンドに戻る方法ではありませんでした。
二人の声をどのように重ね、交互に歌うかは、マイケル・キスクの歌い方で詳しく扱っています。
2023〜25年――昔の曲を、今の声と準備で歌う
2023年の日本武道館公演には「Eagle Fly Free」も残されています。
1988年のスタジオ録音とは伴奏も収録条件も異なるライブですが、若い日に歌った曲を、今の編成と声で届ける姿を確認できます。
今の声についてキスクは、若い頃より成熟した響きを好んでいます。
一方で2025年には、現在はリハーサルの4〜5週間前から少しずつ歌う量を増やし、ツアーに備えると話しました。
10代の頃は、半年ほど家にいても、そのままリハーサルへ行けたという本人の記憶とは違います。
今は少なくとも一日おきに歌い、徐々に準備を進めてから全体の練習に入る。
若い頃と同じ準備で十分だとは考えていません。
以前より声が厚くなったという満足と、準備に時間をかける必要は両立します。
最初は再録を断った昔の曲を、キスクは自分で選んで歌い直し、仲間と新曲を作り、Helloweenの舞台でも歌うようになりました。
戻ったのは1988年の声そのものではありません。
若い日の歌を自分の作品として受け止め直し、現在の声と準備で歌い続ける道を選んだのです。

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