マイケル・キスクの歌声は、『Keeper of the Seven Keys』2作品で強く印象づけられました。
1987年と1988年に発表された、まだ10代から20歳頃の歌です。
その時代の声が今も愛される一方で、キスク本人は後年、当時の自分の声を幼く感じるようになったと話しています。
本人が気に入っている変化は、声に以前より厚みが出て、よい響きを出すために無理に頑張らなくてよくなったことでした。
ただし、年を重ねて何もかも楽になったわけではありません。
現在は、ツアーのリハーサルに入る前から、数週間かけて歌う準備をしています。
声の響き、昔の曲への向き合い方、ステージへ戻るための準備。
キスクの歌声の変遷は、1988年の「Eagle Fly Free」の高音をそのまま保てたか、という一点よりも、この三つをたどるとよく分かります。
『Keeper』で知られた声を、本人は完成形と考えていなかった
『Keeper of the Seven Keys Part I』と『Part II』は、キスクにとってHelloweenでの最初の2作品です。
「Eagle Fly Free」を含む『Part II』が出た1988年でも、キスクは20歳でした。
この時点で代表作を歌ったため、後の活動にも、若い頃の声との比較がついて回ることになります。
2012年、新しいバンドUnisonicでアルバムを出した際にも、以前と同じ歌い方なのかを尋ねられました。
そこでキスクが答えたのは、今のほうがよくなっている、という自己評価でした。
昔の録音では声がまだ幼く聞こえ、44歳になった自分の声のほうが厚みがある。
よく響かせるために、昔ほど頑張る必要もなくなったと説明しています。
キスクが違いを感じているのは、最高音の更新ではありません。
同じように高い音を歌えても、そこに至る力のかけ方や、自分の耳に返ってくる声の充実感が変わったという話です。
『Keeper』の歌唱を基準にすると「昔の声を保っているか」が気になりますが、本人は、その後に得た歌いやすさも評価していました。
昔の曲を現在の自分に合わせて歌おうとする試みは、この2012年の発言より前にもありました。
2008年、昔の曲をアコースティックで歌い直す
キスクは1993年にHelloweenを離れ、その後はソロ作品や他の音楽家との録音を続けました。
バンド時代の終わりには人間関係のつらい記憶があり、昔の曲を扱うことにも抵抗を感じていたそうです。
そのため、レコード会社からHelloween時代の曲を録り直す提案を受けたときも、最初は乗り気ではありませんでした。
やがて考え直して作ったのが、2008年の『Past in Different Ways』です。
代表曲を集めたベスト盤の再現ではなく、自分で作曲した曲を選び、アコースティックの編曲で歌い直しました。
「A Little Time」「You Always Walk Alone」「We Got the Right」などは、Helloween加入前の学生時代から演奏していた曲だったといいます。
学生時代の自分と、40歳になった自分。
同じ曲を書けるかと聞かれると、キスクは、古い曲のいくつかは今の自分からは生まれないだろうと答えています。
それでも実際に歌い直すと、曲にも歌詞にも、まだ自分の気持ちに通じるものがあった。
昔の仲間への複雑な思いと、自分で書いた歌への愛着を、ようやく分けて考えられる作品になったのでした。
歌い直す際には編曲を簡素にし、アコースティックで響くよう、一部の曲ではキーも変えています。
したがって、原曲との違いをすべて声の年齢差として聴くと、作品の狙いを取り違えます。
キスクは昔と同じ伴奏の上で同じ歌を再現するのではなく、その時点の自分に合う曲の形から作り直していました。
当時の評では、「Longing」や「Your Turn」で歌声の良さが際立つと好意的に受け取られました。
一方で、声の力量には感心しながらも、Helloweenの曲から元の力強さが失われたことに戸惑う評もありました。
声をよく聴ける編曲になることと、元の曲で好きだった勢いが残ることは、同じではなかったのです。
2010年代、録音を続けていた歌手がライブにも戻る
Helloweenを離れていた期間、キスクが歌そのものをやめていたわけではありません。
ソロやPlace Vendome、Avantasiaなどの録音には参加していましたが、長い間、ライブ活動からは離れていました。
2010年にはUnisonicでステージに立ち、Avantasiaのツアーにも参加するようになります。
キスクがAvantasiaへの出演を勧められたときの理由は、一公演すべてを背負わずにステージに慣れ直せることでした。
複数の歌手が登場する企画なので、自分が歌う場面を担当し、それ以外の時間は休めます。
久しぶりに観客の前で歌う人にとって、最初から一人で公演を歌い切るのとは違う戻り方ができたのです。

その後、Helloweenのギタリストで初代歌手でもあるカイ・ハンセンがUnisonicに加わり、2012年に最初のアルバムを発表します。
『Keeper』で組んだ二人がそろえば、昔と同じ音楽を期待したくなります。
しかしキスクは、過去の録音に似せるための作品作りには賛成していませんでした。
カイが書いた曲を自分が歌えば、自然にHelloweenを思わせる部分は出る。それでも、今は別のメンバーと作るバンドなのだと説明しています。
タイトル曲「Unisonic」では、かつての組み合わせで新しい曲を歌うキスクを聴けます。
アコースティックの再録だけが、年を重ねた本人に合う歌い方だったわけではありません。
静かな編曲で昔の自作曲を歌う活動を経て、再びバンドの強い演奏と高いメロディーを歌う場も持つようになりました。

Helloweenに戻っても、若い声へ戻ろうとはしなかった
2017年、キスクとカイはHelloweenのツアーに加わります。
アンディ・デリスが退いてキスクが元の席に戻るのではなく、歴代の歌手が一緒にステージに立つ編成でした。
2021年には、この体制でアルバム『Helloween』を発表します。
録音時には、キスクが試してしっくりこない部分をアンディが歌い、逆にアンディからキスクへ任せることもあったそうです。
一人で全曲に対応していた時代に比べて、別の歌手の声で曲を仕上げる選択が加わりました。
アンディとの違いや、一曲の中で二人が歌う際の工夫は、マイケル・キスクの歌い方で詳しく扱っています。
この2021年にも、キスクは今のほうが成熟した声だと話し、若い声で残る『Keeper I』を録り直したいとまで語っています。
懐かしい曲をもう一度歌うことは、録音当時の声にそっくりに戻すことではありませんでした。
2023年の日本武道館公演では、「Eagle Fly Free」も歌われています。
冒頭の1988年のスタジオ録音から35年後、55歳のキスクによるライブ歌唱です。
伴奏や録音環境は異なりますが、本人のいう声の厚みを考えながら、同じメロディーの響きを聴き比べられます。
今の声で昔の曲を歌うために、準備は変わった
声の響きには満足していても、若い頃のように準備なしで歌えるとは、キスク自身も考えていません。
2025年には、10代の頃なら半年家にいた後でも、そのままリハーサルへ行けたと振り返っています。
今は歌手が参加するリハーサルの4〜5週間前から、少しずつ歌う量を増やしているそうです。
ステージで歌う体力を整えるために、以前より時間をかけるようになりました。
その一方で、曲にどう取り組むかについては、今のほうができることが増えているとも感じています。
準備に時間がかかるようになったことと、歌の表現で経験を生かせるようになったこと。
キスクの説明には、その両方があります。
『Keeper』の頃から現在までをたどると、本人が気に入っているのは、若い声の再現度ではなく、厚みが増して歌いやすくなった声です。
昔の自作曲をアコースティックに編み直し、新しいバンドで高音曲を歌い、Helloweenではアンディと担当を分ける。
声を生かす曲の形や歌う環境も、そのつど変えてきました。
1988年の「Eagle Fly Free」と2023年の武道館を聴き比べるとき、同じ高さが出るかだけでなく、キスク本人が好むようになった声の響きにも耳を向けたくなります。
初期の録音に残る若い声も、本人が今のほうがよいと話す声も、「Eagle Fly Free」という同じ曲で聴けるのです。
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