鈴木雅之さんの歌声は、最初の一音で空気を変えます。
低く太いのに重苦しくなく、甘いのにべたつかない。
サングラスと同じくらい、声そのものが本人の顔になっています。
ところが、その声は子どもの頃から褒められていたわけではありません。
小学校の合唱では、唱歌にもR&Bのようなこぶしを入れてしまい、列から外されることがあったそうです。
本人にとって、周囲と混ざらない声は最初から自慢ではなく、コンプレックスでした。
鈴木雅之さんの面白さは、声を別人のように作り替えたことではありません。
混ざれなかった声を、ドゥーワップの真ん中に置くことで「この人でなければ始まらない声」へ反転させたことにあります。
合唱から外された声が、主役になるまで
合唱では、周囲と同じ高さ、同じ母音、同じタイミングで歌うことが求められます。
そこで一人だけ節回しが濃く、声の色が深ければ、上手い下手とは別に浮いて聞こえます。
鈴木さんは声変わりを迎えた中学生頃にバンドを始め、当初はドラムを叩きながら歌っていました。
やがて姉の鈴木聖美さんが聴いていたR&Bや、自分で夢中になったドゥーワップが、浮いていた声の居場所になります。
ドゥーワップでは、全員が同じ声になる必要はありません。
低い声、軽い声、鋭い声が別々の役を持ち、重なった時に初めて一つの音楽になります。
合唱では異物だった濃い声が、コーラスグループでは中心を示す目印になりました。
鈴木雅之らしさは、欠点を消したところではなく、欠点が必要とされる音楽を見つけたところから始まっています。
深さの正体は、低い音だけではない
鈴木さんの声を「低音が魅力」と説明するだけでは、半分しか捉えられません。
同じ低さでも、響きが口先だけに集まると声は薄くなり、喉の奥だけへ押し込むと暗くこもります。
鈴木さんの低中音には、奥行きと同時に前へ届く輪郭があります。
下方向へ広がるような厚みを保ちながら、子音と母音の芯が演奏の外まで出てくるため、深いのに言葉が埋もれません。
息のやわらかさもありますが、輪郭が消えるほど息だけにはなりません。
空気を含んだ声と、しっかり鳴る声の中間を使うことで、大声を出さなくても近くで話しかけられているような距離が生まれます。
鼻腔共鳴と鼻声の違いを知ると、前へ抜ける響きと、鼻だけへ詰めた声が別物だと分かりやすくなります。
ドゥーワップは、太い声を目立たせる額縁だった
シャネルズの「ランナウェイ」では、鈴木さんの声の後ろに複数のコーラスがあります。
一人で歌えばただ重く聞こえる音色も、軽い合いの手や高いハーモニーに囲まれると、中心の太さとして際立ちます。

ここで鈴木さんは、声量だけで前へ出ているわけではありません。
主旋律を長く引きずらず、コーラスが答える場所を空け、言葉の終わりをリズムの中へ収めています。
太い声ほど、全部を自分で埋めると鈍くなります。
鈴木さんの歌には、声の存在感とは反対に、他の声が入る隙間を残す感覚があります。
これがソロになってからも生きました。
バックコーラスやデュエット相手が変わっても、相手を押しのけず、自分の声の色だけは薄めません。
ラブソングの王様という呼び名の裏には、主役でありながら一人で完結しない、コーラス育ちの耳があります。
高音を地声で押し切ることが、美学だった時期
鈴木さんは長い間、ファルセットをあえて使わず、高音を力強く押し切ることにソウルシンガーらしさを感じていたと明かしています。
その考え方は、太い声のイメージを決定づけました。
高い音でも声の密度が急に薄くならず、低音から続く人物像が保たれます。
「違う、そうじゃない」のような強いフレーズが説得力を持つのは、音程の高さより先に、言葉がこちらへ迫ってくるからです。
ただし、これは太い地声を限界まで持ち上げればよい、という意味ではありません。
鈴木さんの歌には、母音を少し丸め、音の出口を狭くしすぎず、フレーズの途中で息を使い切らない工夫があります。
表面だけを真似して喉を暗くしたり、顎を下げて大声を出したりすると、甘さではなく苦しさが前へ出ます。
太さは力の量ではなく、低音から高音まで声の人物像を変えないための配分です。
ファルセットを許した時、歌声は軽くなった
2016年のアルバム『dolce』は、鈴木雅之の歌い方を考えるうえで大きな節目です。
「夜空の雨音」では、それまで避けてきたファルセットを多く使い、本人も新しいフックになったと語りました。
これは、太い声を捨てた変化ではありません。
深い地声があるからこそ、ふっと軽くなる裏声が大きな色の変化として聞こえます。

地声だけで歌い切れば、曲全体が同じ密度になりやすくなります。
一部をファルセットへ預けると、強く言い切る場所と、感情を飲み込む場所の差が生まれます。
鈴木さんの甘さは、太い声を常に見せつけることではありません。
太さを知っている人が、あえて力を抜く瞬間にあります。
ミックスボイスと裏声の違いで整理しているように、声の名前を当てることより、その切り替えで言葉の表情がどう変わるかを見る方が歌を理解しやすくなります。
ビブラートは、声を揺らす飾りではない
鈴木さんのビブラートには、深い声をさらに大きく見せる役目だけでなく、強い言葉をやわらかく着地させる役目があります。
まっすぐ伸ばした音の終わりに揺れが加わると、断言だった言葉が余韻へ変わります。
とくにラブソングでは、最初から大きく揺らすより、音の中心を保ってから少しずつ揺れを広げます。
そのため、感情は濃いのに、演歌的なこぶし一色には聞こえません。
子どもの頃に自然と出てしまった節回しは、大人になって消えたのではありません。
いつ出すか、どこまで揺らすかを選べる技術へ変わりました。
鈴木雅之らしい歌い回しを真似ようとして、すべての語尾を揺らすと、かえって単調になります。
揺らさず残す音があるから、最後のビブラートが恋のため息のように働きます。
歌を作るより、歌を自分色に染める
鈴木さんはグループ時代、歌手というよりリーダーやプロデューサーとして動いていたと振り返っています。
ソロになってから強く意識したのは、さまざまな作家の曲を鈴木雅之色に染めることでした。
これは単なるカバーの上手さではありません。
松任谷由実さん、玉置浩二さん、久保田利伸さん、岡村靖幸さんら、作り手の個性が強い曲でも、歌い出した瞬間に同じ人物の物語へ変わります。
声の厚み、言葉を置く間、ビブラート、コーラスとの距離が一貫しているからです。
曲ごとに器用に別人になるのではなく、違う曲を自分の人生へ招き入れます。
鈴木雅之さんの歌唱変遷を追うと、同じ声がグループ、バラード、ファンク、アニメソング、デュエットで別の役を担ってきたことが見えてきます。
鈴木雅之を真似するなら、暗い声を作らない
鈴木さんらしい深さへ近づこうとして、喉を下げ、声を必要以上に暗くするのはおすすめできません。
本人の声には生まれ持った厚みがあり、その形を外からコピーすると言葉がこもりやすいからです。
参考にしたいのは、声色よりフレーズの設計です。
一つの言葉を最初から最後まで同じ強さで押さず、入り口は話すように置き、必要な場所だけ密度を上げ、語尾は次の演奏へ渡します。
また、低音の魅力を見せるためにも高音との対比が必要です。
地声の太さだけに固執せず、ファルセットや小さな声を別の色として使えると、一曲の中に奥行きが生まれます。
小田和正さんの透明な高音と比べると、対照的な声質でも、言葉を押しつけず、余白を残すことで長く聴かれる歌になる点は共通しています。
痛みや強いかすれが出た場合は、その声色を続けないでください。
話し声の不調まで残る時は練習を休み、必要に応じて耳鼻咽喉科などへ相談しましょう。
鈴木雅之の深い声は、混ざらないことを恐れなくなった声
鈴木雅之さんの歌声は、単に低く、太く、ビブラートが上手い声ではありません。
子どもの頃に周囲から浮いた節回しを、ドゥーワップの主役へ置き直し、ソロではどんな曲も自分の物語へ染めてきた声です。
長い間守ってきた地声の美学に、後年はファルセットの軽さも加わりました。
そのため、現在の歌には若い頃の迫力だけでなく、強く歌わないことで生まれる甘さがあります。
混ざらない声を普通の声へ直したのではありません。
混ざらないまま、他の声と美しく並べる方法を身につけたことが、鈴木雅之の最大の発声技術です。






コメント