仲井戸麗市の歌い方・発声|歌と語りの境目に声を置く理由

ギタリストで歌手の仲井戸麗市 シンガー

仲井戸麗市さんの声を説明しようとすると、ついギターの話になります。
これは話が横道へそれたのではありません。
仲井戸さんにとって歌うことは、ギターを弾くこと、言葉を書くこと、好きなレコードについて語ることと、ほとんど同じ暮らしの中にあるからです。

張りのある高音や長いビブラートで圧倒する歌手ではありません。
それでも、少しかすれた低めの声で一行を置くだけで、誰が歌っているかが分かる。
しかも年齢を重ねるほど、その声は歌と会話と朗読の境目を自由に行き来するようになりました。

仲井戸麗市さんの歌い方を理解する鍵は、声だけを立派に見せないことです。
なぜ歌がギターより前へ出ず、それでも言葉だけは残るのか。
その不思議なバランスを見ていきましょう。

歌手らしく聞かせるより、言葉が生きる場所を探している

仲井戸さんは、自分をまず音楽ファンだと語っています。
新しいレコードを待ち、気に入った音楽を生活の中へ染み込ませ、その延長で曲を書き、ギターを弾き、歌う。

ここには「歌手になるために声を作った」という発想がありません。
音楽を聴く日常が先にあり、そこで受け取ったものを自分の言葉へ変える時、声も一緒に出てくるのです。

そのため仲井戸さんの歌は、音程を滑らかにつないで声の美しさを見せる方向へ進みません。
短い言葉を少し区切り、語尾を残し、ギターの隙間へ置く。
一行の中でも、歌っている部分と話しているような部分が隣り合います。

これは歌が弱いのではなく、言葉へ余白を渡す歌い方です。
すべてを大きな声で説明しないから、聴き手は「この人は本当は何を言おうとしているのだろう」と身を乗り出します。

坂本九の声に感じた「どこか悲しい」が原点にある

少年時代の仲井戸さんは、「上を向いて歩こう」を明るい歌としてだけ覚えていませんでした。
坂本九さんの声のトーンやビブラートに、理由は分からないけれど、どこか悲しいものを感じたと振り返っています。

ここが、後の仲井戸さんの歌を考えるうえで面白いところです。
歌詞の表面が前向きでも、声の質感には寂しさが残る。
言葉の意味と声の感情が完全には一致しないから、一曲の中に奥行きが生まれます。

仲井戸さん自身も、明るく強く歌えば前向きになる、という単純な歌い方を選びません。
希望を歌う時にも、少し乾いた声や、言い切らずに残した語尾がある。
その陰りがあるからこそ、励ましがきれい事に聞こえにくいのです。

ギターを持って歌う仲井戸麗市

声に感情を足し続けるのではなく、明るさの中へ寂しさを一滴残す。
仲井戸さんの歌が長く聴ける理由の一つは、この感情を一色に塗らない声にあります。

RCサクセションでは、歌わない時間も声を育てた

1979年にRCサクセションへ加わった仲井戸さんの中心的な役割は、ギターでした。
圧倒的な存在感を持つ忌野清志郎さんの隣で、歌の合間へ音を差し込み、曲の温度を動かしていきます。

普通なら、歌手として前へ出ない期間は歌声の空白に見えます。
しかし仲井戸さんの場合、この時間が自分の声の置き場所をはっきりさせました。
清志郎さんのように一声で客席の中心をつかむのではなく、ギターとコーラスと短いリードボーカルで曲の側面を照らす。

「チャンスは今夜」のように仲井戸さんの歌が前へ出る曲でも、独唱の英雄にはなりません。
声はバンドの会話の中にあり、相棒へ話しかけるように進みます。

忌野清志郎さんの発声と比べると、同じRCサクセションの中で二人が違う仕事をしていたことが分かります。
清志郎さんは言葉を客席まで飛ばし、仲井戸さんは言葉をギターの横へ置く。
声量の優劣ではなく、歌の中で担う役割が違うのです。

「ティーンエイジャー」は若者の声ではなく、若さを失わない大人の声

仲井戸さんの代表曲「ティーンエイジャー」は、若々しく歌うことで成立する曲ではありません。
最初のソロアルバムを作った時、仲井戸さんはすでに古井戸とRCサクセションという長い時間を通っていました。

学校は終わっても、誕生日を重ねても、心の中のティーンエイジャーからは卒業しきれない。
その主題を歌う声には、若さへの憧れだけでなく、照れ、自嘲、愛情が混ざります。

もし透明な声でまっすぐ歌えば、美しい青春賛歌になったかもしれません。
仲井戸さんの少し乾いた声で歌われると、現在の自分を知っている大人が、それでも少年を手放さない歌になります。

ここでも大切なのは、高い音をどの声区で出すかではありません。
声の経年変化を隠さず、歌詞の年齢と歌い手の年齢を一緒に響かせることです。
年を重ねるほど代表曲の意味が増えていく、珍しいタイプの歌唱といえます。

ポエトリーリーディングは寄り道ではなく、歌の正体を見せた

仲井戸さんはソロ、バンド、麗蘭だけでなく、ポエトリーリーディングや執筆も続けてきました。
歌手が朗読を始めたというより、もともと歌の中にあった「言葉を声で手渡す部分」が、独立した表現になったと考えると自然です。

朗読では、旋律が感情を案内してくれません。
どこで息を吸い、どの言葉を立て、どこを言い切らずに残すかが、そのまま作品になります。

仲井戸さんの歌にも同じ感覚があります。
一音一音を均等に伸ばさず、必要な単語だけを前へ出す。
声が少し割れたり乾いたりしても、それを消毒せず、言葉の時間として残します。

言葉を届けながら演奏する仲井戸麗市

だから歌から朗読へ移っても、別の人物には聞こえません。
旋律の量が減っただけで、声が担っている仕事は同じです。

今入れる? 近くで入りやすい飲食店がわかる混雑予報マップ

麗蘭では、二本のギターの間に声の居場所ができた

1991年に土屋公平さんと始めた麗蘭では、仲井戸さんの声がRCサクセション時代とは違う形で中心に置かれました。
ただし、そこで急にボーカルを豪華に飾ったわけではありません。

二本のギターが問いかけたり答えたりする中で、声も三本目の楽器のように入ります。
太く伸ばすより、リズムを少し後ろへ引き、言葉に揺れを作る。
ブルースやR&Bへの敬意が、声の派手さではなく間の取り方に現れます。

Charさんの歌い方にも、ギターと歌を別々の技術にしない面白さがあります。
Charさんが旋律とギターを軽やかに往復するのに対し、仲井戸さんは言葉を中心に、その周りをギターで囲みます。

二人とも専業ボーカリストの物差しだけでは測れません。
何を歌わないか、どこへ声を置くかまで含めて、その人の歌になっています。

真似するなら、かすれ声ではなく言葉の手触りを残す

仲井戸麗市さんらしさを出そうとして、喉を乾かしたり、わざと声を割ったりする必要はありません。
かすれは結果として聞こえる質感であり、無理に作れば単なる喉の負担になります。

参考になるのは、一行を全部同じ熱量で歌わないことです。
その歌詞で最も残したい単語を一つ決め、ほかを少し会話へ近づける。
ギターや伴奏が語っている場所では、声を足しすぎない。

これは発声練習というより、歌詞をどう読むかという設計です。
仲井戸さんの魅力は、声を大きく見せることではなく、曲に必要な分だけ声を差し出すところにあります。

鮎川誠さんの歌い方も、音色の表面を真似るより、ギターと歌の関係を見る方が本質へ近づけます。
ロックの声は喉で作る記号ではなく、誰と、どんな音を鳴らし、どの言葉を渡すかによって生まれるものです。

年代ごとの変化は、仲井戸麗市さんの歌唱変遷で詳しく追っています。

仲井戸麗市の声は、歌を完成させすぎない

仲井戸麗市さんの歌は、磨き残しがあるから魅力的なのではありません。
声を磨き切って歌だけを前へ出すより、ギター、言葉、記憶、客席が入れる余白を残しているのです。

少年時代に感じた、明るい歌の中の寂しさ。
RCサクセションで学んだ、強いボーカルの隣にある声の役割。
ソロで自分の年齢ごと歌った「ティーンエイジャー」。
麗蘭の二本のギターと、ポエトリーリーディングへ続く言葉の時間。

それらは別々の活動に見えて、すべて同じ場所へつながっています。
仲井戸さんは、上手に歌い切るためではなく、一行を生きたまま手渡すために声を使ってきました。
だから歌が終わった後も、声より先に、言葉の手触りが残るのです。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました