1983年、レッド・ツェッペリン解散後にソロで活動していたロバート・プラントは、取材で意外なことを話しています。
自分の歌い方を大きく変えるつもりはなく、声の下で鳴る音楽のほうが動き続ければいい、というのです。
ところが後年、アリソン・クラウスとの共演については、彼女からまっすぐ歌うことを学んだと語りました。
変えたくなかったはずの歌い方に、何が起きたのでしょうか。
プラントは自分の声をどんな演奏の中へ置くか試し、やがて別の歌手と声を重ねる仕事も覚えました。
1970年代のバンド、1983年の「Big Log」、1988年に昔の自分の声を使った曲、そして2025年のSaving Graceをたどると、変化を自分で選んできた姿が見えてきます。
1970年代――高い声だけではなかった
ツェッペリンの「Immigrant Song」は1970年の作品です。
歌詞より先に高い声の印象が残る人もいるでしょう。
ただ、プラントを「ずっと大きな声を出していた歌手」と思うと、翌1971年の「Going to California」や1973年の「The Rain Song」にある別の表情を見落とします。
強さ一色だった時代から静けさへ移ったのではなく、バンド時代から複数の表現を持っていました。
「Black Dog」で声とバンドがどう応じ合うかは、ロバート・プラントの歌い方で詳しく扱っています。
ここからは、その声を別の作品や仲間の中でどう使ったかを見ます。
1983年――「Big Log」で、声の周りを変える
ドラマーのジョン・ボーナムが亡くなった後、ツェッペリンは1980年に活動を終えました。
プラントは1982年の『Pictures at Eleven』に続いて、1983年に『The Principle of Moments』を発表します。
「Big Log」は後者に収められた曲です。
このアルバムを作った当時、彼は音楽全体に余白と明るさを増やしたかったと説明しました。
強さは残すが届け方は変わる。
音を詰め込むよりも、必要なものだけ残すほうが難しい、とも話しています。
本人が見直していたのは、声が置かれる音楽の密度です。
さらにプラントは、自分の歌唱スタイルそのものを大きく変えたいわけではないと言い、下で鳴るものが変わり続ければ声がその上の特徴になる、と考えていました。
「Big Log」をツェッペリン時代の曲と並べる意味は、どちらが高く歌えるかを測ることではありません。
同じ歌手が、声を支える演奏の組み方を変えたという点にあります。
1988年――若い自分の声と一緒に歌う
ソロになってしばらく、プラントはツェッペリンから距離を取ろうとしていました。
1988年の取材では、自分の経歴を否定する段階から抜け、昔の曲も歌えるようになったと説明しています。
その心境の変化は、『Now and Zen』の「Tall Cool One」に思いがけない形で表れました。
この曲にはツェッペリン時代の音の断片が使われ、プラントは過去の自分の声と、当時の自分の声を一緒に入れたと話しています。
かつて遠ざけようとした声を、現在の曲の中へ招き入れたのです。
本人は若い自分と歌うことを面白がり、その試みがステージでもツェッペリンの曲を歌うきっかけになったと振り返りました。
一方で、新しい録音の道具にも関心を向けていました。
同じ取材で、声に短いディレイをかけ、返ってくる声も含めて歌うことを語っています。
1983年には声の下の演奏を変え、1988年には録音された過去の声や、遅れて返る自分の声まで使って曲を作った。
ツェッペリンの声から離れるか戻るか、という二択を超えた時期でした。
2007年――もう一人の歌手が、声の行き先を変える
2007年、プラントはアリソン・クラウスと『Raising Sand』を発表します。
クラウスはブルーグラスやカントリーの歌手で、二人の作品はTボーン・バーネットがプロデュースしました。
二人の好みは、出会う前から少し重なっていました。
クラウスは後年、初対面でプラントがラルフ・スタンレーの録音を詳しく話したため、一緒にやれそうだと感じたと振り返っています。
プラントも、英国でラジオから彼女の声を聴き、違う音楽と制作の進め方に身を置きたいと思っていました。
歌い方の違いだけで組んだ企画ではなく、相手の歌と、その背景の音楽への関心があったのです。
「Gone Gone Gone」では、一人の歌手が後ろからもう一人を飾るだけではなく、二つの声を一緒に聴かせます。

写真:Ella Mullins / CC BY 2.0
この共演で何を学んだかを、プラント自身は後に具体的に語っています。
2009年のグラミー賞受賞時、クラウスに、曲がりくねるような歌い方ではなく、まっすぐ歌うことを教わったと話しました。
1983年に「歌い方は変えたくない」と語った人が、ほかの歌手と声を合わせる中で、新しい線の引き方を覚えたのです。
もっとも、以前の自由な歌い回しを捨てたわけではありません。
2021年の取材で、その「曲がりくねる」歌は今も時々使うが、二人のハーモニーではまっすぐにしておく、と本人は冗談まじりに話しています。
変化とは古い歌い方を消すことではなく、一人で動く声と二人で重なる声を使い分けることでした。
同じ2021年、二人は二作目『Raise the Roof』を出しました。
プラントは、二人の歌が落ち着いて聞こえるときも、そこに至るには互いをよく知る必要があると話しています。
2007年に新しい歌い方を教わって終わりではなく、共演を重ねる中で、相手の声とどう並ぶかを考え続けていました。
2024年の二人の対話では、変化が一方通行ではなかったことも分かります。
プラントは、声を織り合わせ、主旋律を担当する人を入れ替える仕事では、自分を学ぶ側だと説明しました。
クラウスもまた、予測しにくい彼の歌に合わせるため、それまで身につけた進め方を手放すことがあると話しています。
言葉の終わりをぴたりと合わせるときもあれば、二人で大きく自由に歌うときもある。
プラントが語ったのは、常に自分を抑えるという約束ではなく、その場でそろえるか、広げるかを分かち合う関係でした。
相手へ合わせることが、歌の自由を奪うとは限らないと分かります。
2025年――小さなバンドで、また別の声に出会う
クラウスとの二作目が2021年に出る前から、プラントは地元でも別の仲間と歌い始めていました。
2019年に始まったSaving Graceです。
スージー・ディアンとも声を重ね、初めは小さな会場で演奏しました。
録音を重ねて2025年のアルバム『Saving Grace』につなげています。
作品の録音期間は2019年4月から2025年1月までです。

写真:Tilly antoine / CC BY-SA 4.0
収録曲「Gospel Plough」では、屋外に置いたマイクから家の録音機材までケーブルを延ばして演奏を録った、と本人が明かしています。
長く計画された大きなスタジオ作品というより、集まれる場所で試した音を作品へ残していく作り方です。
録音をしたあとに公演へ出て、また都合の合う日に集まるという進め方でした。
本人は発売を急いでおらず、レーベルの責任者に促され、ようやく作品を送り出したと振り返っています。
一度決めた形を仕上げるだけでなく、仲間と歌う機会の中で、残したい演奏を見つけていきました。
「It’s a Beautiful Day Today」も、ディアンと共に歌うこのバンドの作品として発表されました。
2025年の取材でプラントは、活動の形を変え続けなければ自分でも信じられなくなる、と語りました。
1983年には声を支える音を変え、1988年には過去の声と歌い、クラウスと出会ってからは二人で重なるための歌い方を学んだ。
その先のSaving Graceで選んだのも、別の仲間と曲を作り、歌う場所を探すことでした。
かつて「歌い方は変えたくない」と話したのは、その後の変化を拒む宣言ではなかったのでしょう。
声の個性を持ったまま、周囲の音や相手との関係を変えれば、歌に必要なことも変わる。
プラントは今も、昔の自分を再現するためではなく、その場の演奏と声を合わせるために歌っています。

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