ビヨンセの歌声の変遷|映像作品より先に声を聴いてほしかった理由

2023年、ロンドン公演でのビヨンセ シンガー
Raph_PH / CC BY 2.0

ビヨンセは、音楽と映像を一体にした作品を作ってきた歌手です。
ところが2022年の『Renaissance』と2024年の『Cowboy Carter』では、発売時にかつてのような全曲の映像作品を付けませんでした。
その理由を尋ねられ、本人は、まず声と音楽そのものに集中してほしかったと話しています。

なぜ、映像を強みにしてきた人が、声だけを前に出したかったのでしょう。
1997年のデスティニーズ・チャイルドでは、R&Bの歌をラップのように進める。
2011年にはライブで使っていた荒い声を録音へ持ち込み、2018年には低い声でラップを担う。
2024年の一枚には、イタリア語の歌曲を歌う場面まであります。
時代ごとに、声のどの働きを曲の中心に置いたのかをたどります。

1997年|歌い始めから、言葉を速く運ぶ声があった

デスティニーズ・チャイルドの初期曲「No, No, No」には、ゆったりした「Part 1」と、ワイクリフ・ジョンが手を加えた「Part 2」があります。
曲を作り直す前、ワイクリフは四人に伴奏なしで歌ってもらいました。
ビヨンセが主旋律を担う姿を見て、彼はR&Bの歌にラップのような細かい言葉の進め方を組み合わせる案を出します。

「Part 2」は1997年のシングルとして発表され、翌年のデビューアルバムにも収められました。
ワイクリフが後年振り返ったのは、歌の旋律を保ちながら、言葉を倍の速さで刻む発想です。
これは当時の四人に、制作側から与えられた歌の形でもありました。

後年のビヨンセは、自分でラップを曲の前面に出します。
しかし、そのためのリズム感が、歌い上げる高音とは別の仕事として突然現れたわけではありません。
初期のヒットには、言葉を細かく動かしながら歌う役がすでにありました。

ワイクリフは、彼女たちが前座を務めた公演でのビヨンセも覚えています。
自分たちの出番を終えた後、彼女は舞台の脇に立ち、彼のショーを見ていたといいます。
与えられたパートを歌うだけでなく、先に活動する人の舞台から学ぼうとしていた姿です。

2011年|ライブでは出していた荒さを、録音にも残す

ソロで成功した後も、ビヨンセは「レコードに残る自分の声」に足りないものを感じていました。
アルバム『4』を作ったとき、本人が挙げたのは、ライブで聴かれる張りやざらつきです。
舞台では使っていたその質感を、録音でももっと自由に使いたい。
声が新しく生まれたという話ではなく、残す声の選び方を変えようとしたのです。

2024年に当時を振り返った彼女は、流行していたダンスポップを否定したかったのではなく、自分はもっと深いR&Bやソウルへ進みたかったと説明しました。
その例に本人が挙げたのが「1+1」と「Love On Top」です。
大きく歌う力は前からありましたが、同作では整った響きだけを優先せず、歌に必要な熱も録音へ入れようとしています。

その希望を支えたのが、曲を完成と決める前に何度も戻れる制作でした。
録音を担当したDJスウィヴェルによると、ビヨンセは届いた曲の案へ自分の考えを加え、歌詞を自分に合う形へ変えてから歌い始めました。
新しい節が欲しければ制作者と追加し、気に入らない部分は作り直しています。
自分の声を、完成した伴奏の上に置く最後の作業だけにしていなかったのです。

録音の側にも、その声へ合わせる仕事がありました。
スウィヴェルは、低く柔らかな歌から強く張る歌まで変わるため、いつも同じ設定では録れないと説明しています。
大きく歌う場所では入力を下げ、静かな場所では上げ、歌の動きに合わせていました。
荒さを残すことも、ただ大きな声を録音へ押し込むことではなく、強弱を含めた歌を作品の中で生かす仕事でした。

2008年、MTVヨーロッパ・ミュージック・アワードでのビヨンセ
2008年、MTVヨーロッパ・ミュージック・アワードでのビヨンセ。
写真:Andy Miah / CC BY-SA 2.0

この時期の「I Care」には、ギターの旋律へ声を重ねる別の工夫もあります。
声を楽器のように使う一曲の仕組みは、ビヨンセの歌い方の記事で詳しく扱っています。
ここでの転機は、その曲だけの技巧よりも、ライブで使えていた声の荒さまでアルバムに残そうとしたことです。

2016年|ロックの曲では、録り方も声の表情に合わせた

『Lemonade』の「Don’t Hurt Yourself」では、ジャック・ホワイトが持ち込んだ曲の断片が、ビヨンセの強い歌へ育ちました。
ジャック自身、彼女がその素材を激しい曲に変えたことに驚いたと振り返っています。
2011年にはソウルのために録音へ荒さを求めた歌手が、今度はロックの激しい演奏の中で、その表情を使いました。

制作を担当したスチュアート・ホワイトによれば、ジャックが持ち込んだ素材は八トラックのアナログ録音で、楽器の音が互いに混ざっていました。
ビヨンセの声はライブでも使われる型のマイクで録り、歪みも加えています。
ホワイトは録音中のスピーカーを大きく鳴らしたとも話しました。
きれいな声を別の曲へ載せただけではなく、曲全体の荒い質感に合わせて声の録り方まで変えたのです。

この荒さを、声帯がどう変わったかの証拠と見ることはできません。
歌い方に加え、マイクや音の加工も関わっています。
ただ、作品ごとに欲しい声を探す姿勢は、2011年の発言からさらに具体的になりました。
ホワイトも、彼女は曲によって声を大きく変えるため、その曲に合う声を一緒に探しながら制作したと説明しています。

2018年|大きく伸ばすより、低い声と言葉で押す

夫ジェイ・Zとの共同名義ザ・カーターズで発表した「APESHIT」では、ビヨンセ自身がラップを大きく担います。
録音したホワイトが語ったのは、彼女がこの曲で使った低くハスキーな声でした。
彼はその声をビートの中で生かすように調整し、息づかいまで拍の一部に聞こえるように仕上げています。
Auto-Tuneも効果として使った録音です。

1997年の「No, No, No Part 2」では、ワイクリフの発想で、歌の中にラップの流れを入れました。
「APESHIT」では、ビヨンセが低い声で言葉を刻み、曲を進める役そのものに入っています。
二曲の編曲も制作体制も違うため、同じ能力を比べる材料にはなりません。
それでも、言葉のリズムが初期の持ち味から、後年の曲を動かす主役へ変わったことは分かります。

2023年、ロンドンで「America Has a Problem」を歌うビヨンセ
2023年、ロンドンで「America Has a Problem」を歌うビヨンセ。
写真:Raph_PH / CC BY 2.0

2024年|同じ一枚で、イタリア語の歌曲とラップを選ぶ

『Cowboy Carter』を「カントリーのアルバム」とだけ思って聴くと、「DAUGHTER」は意外な曲です。
途中でビヨンセは、イタリア語の歌曲「Caro mio ben」の一節を歌います。
歌の流れをラップへ寄せた「APESHIT」とは、言葉と旋律の担わせ方がまるで違います。

しかも同じ『Cowboy Carter』には、ラップを前に出した「SPAGHETTII」もあります。
こちらにはカントリー歌手リンダ・マーテルの声も入り、ジャンルという枠について語る言葉から曲が始まります。
ビヨンセの声が、何か一つのジャンルへ移住したのではありません。
一枚の中で、違う役を次々に引き受けています。

本人は2024年、デビュー以来ずっと複数のジャンルを混ぜてきたと語り、ジャンルで歌手を囲う見方に違和感を示しました。
「DAUGHTER」を含む作品で、ブラックミュージックの先人へ目を向けてほしいとも話しています。
1997年には制作側に提案されたラップの流れを歌い、2011年には自分が録音に残したい荒さを示し、2016年と2018年には制作陣と曲に応じた声と音作りを重ねる。
その積み重ねを知ると、2024年の多彩さは思いつきの寄せ集めには見えません。

発売時に従来型の全曲映像作品を付けなかった理由を、ビヨンセは声と音楽に耳を向けてほしかったからだと説明しました。
声を一種類の完成形に固定せず、曲ごとに別の働きを与えてきた。
「DAUGHTER」と「SPAGHETTII」が同じアルバムにあることにも、その選択が表れています。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました