2011年のビヨンセは、ライブでは出していた声の荒さを、アルバムでももっと使いたいと考えていました。
すでに人気歌手だった彼女にも、録音ではまだ十分に使っていない歌い方があったのです。
初期のデスティニーズ・チャイルドでは、言葉を細かいリズムに乗せる歌い方が印象を残しました。
ソロでは大きなバラードも歌い、その後はラップや、イタリア語の歌曲にまで表現を広げています。
ビヨンセの歌声の変遷を、声の強さだけでなく、どんな音の動きや質感を選んできたかからたどります。
1997年、R&Bの歌をラップのように細かく進める
ビヨンセがデスティニーズ・チャイルドのメンバーとして知られるきっかけになった曲の一つが、「No, No, No」です。
1997年のシングルで、翌1998年のデビューアルバムにも収められました。
ゆったりした「Part 1」と、ワイクリフ・ジョンが作り直した「Part 2」という、二つの版があります。
ワイクリフは、まず伴奏なしで彼女たちの歌を聴きました。
歌を聴いて気に入った彼は、ゆったりした元の曲に、別のリズムを与えようと考えます。
「Part 2」で考えたのは、R&Bの旋律に、ラップのような細かい言葉の運びを組み合わせることです。
旋律は歌っているのに、言葉の進み方にはラップの勢いがある。
ワイクリフは、当時の女性グループでは、この組み合わせはまだ一般的ではなかったと振り返っています。
長く声を伸ばす力と、短い音を素早く並べる力の両方が、初期の歌に関わっていました。
この時期からビヨンセを知っていると、後年のラップも、歌から突然別の仕事へ移ったようには見えなくなります。
言葉をリズムの細かい位置へ置くことは、すでに彼女が取り組んでいた歌い方の一部だったのです。
2011年、ステージの荒い声をアルバムにも持ち込む
2003年にソロアルバム『Dangerously in Love』を発表した後、ビヨンセは、ダンス曲もバラードも代表曲にしていきます。
2008年の「Halo」のように、声を大きく響かせる歌でも知られる存在になりました。
そして2011年の『4』では、本人が、さらに違う質感を録音へ加えたいと話しています。
それは、ライブでは聴ける、金管楽器のように張りのある声や、ざらついた声でした。
きれいに整えた声だけでなく、ソウルを強く歌い上げるときの荒さも、アルバムに残したい。
『4』で本人が説明したのは、もともと出せる声を、録音でもより自由に使うという変化です。

同じアルバムの「I Care」では、恋人が無関心でも自分には気持ちが残っている、という苦しさを歌います。
ギターソロと同じ旋律を声で歌う部分まである曲です。
歌い上げる力と、楽器の細かな音の動きを追う力が、一つの録音で使われています。
この曲での声の重ね方は、ビヨンセの歌い方で詳しく扱っています。
録音後にざらつきを加える処理も使われており、聴こえる荒さには、歌唱と音作りの両方が関わっています。
『4』の前には、ビヨンセが活動のペースを落とし、ほかの歌手の公演を客として見ていた時期もありました。
Museやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどの客席の熱気に触れ、自分の音楽でも、聴く人にあれほど自由になってほしいと話しています。
歌声をどう録るかに加えて、その音楽を聴いた人がどう反応するかにも、関心を向けていたのです。
2018年、長く伸ばす高音より、低い声と言葉の勢いを前へ
2018年には、夫のジェイ・Zとザ・カーターズ名義で『Everything Is Love』を発表します。
「APESHIT」では、ビヨンセ自身もラップを大きく担いました。
大きな高音でサビを歌う役を任されるだけでなく、言葉のリズムで曲を進める役にも入っています。
録音エンジニアのスチュアート・ホワイトは、この曲のビヨンセについて、低くハスキーな声で歌っていると説明しています。
その声をビートの中ではっきり聞こえるようにするため、響きや強弱を調整しました。
声を電子的に変えるAuto-Tuneの効果も、隠さず使った録音です。
ここで歌の印象を決めるのは、どこまで高く伸ばしたかよりも、言葉をどう区切り、どの位置で強調するかです。
低い声の質感や加工された響きも、曲の性格を作ります。
『4』で大きく歌う自由を求めた後も、ビヨンセは、すべての曲を同じような歌い上げ方へそろえてはいませんでした。
「No, No, No Part 2」で歌の中へ持ち込んだラップのリズムを思い出すと、この変化にはつながりも見えます。
初期からあった言葉の細かさが、後年には、より直接的なラップとして前へ出てきたのです。

2024年、カントリーのアルバムでイタリア語を歌う
2024年の『Cowboy Carter』は、カントリーとの関わりが話題になったアルバムです。
ところが「DAUGHTER」では、途中でイタリア語の「Caro mio ben」が歌われます。
クラシックの声楽で親しまれている歌曲が、一曲の中へ入ってくるのです。
「APESHIT」の細かく言葉を運ぶラップから進むと、ずいぶん違う歌い方に感じられます。
ここでは、旋律の線を長くつなぎ、響きを保つような、クラシック調の歌唱へ変わります。
ビヨンセは幼い頃にオペラ歌手のデイヴィッド・リー・ブルーワーから指導を受けており、こうした歌の世界にも早くから接していました。
ビヨンセ自身は、キャリアの最初から、さまざまな音楽を混ぜてきたと話しています。
R&Bの歌手だからこの歌い方、カントリーの作品だからこの声、と決められることには窮屈さを感じてきました。
カントリーの作品だと思って聴き始めた人が、途中でクラシック調の声に出会う。
「DAUGHTER」では、その驚き自体が、ビヨンセがどんな歌手なのかを考え直すきっかけにもなります。
ただ、クラシック調に歌ったことで、以前のリズム感や荒い声が不要になったわけではありません。
同じ『Cowboy Carter』には、ヒップホップへ大きく寄った「SPAGHETTII」もあります。
一枚の中で、長く旋律をつなぐ声と、言葉を細かく進める声を使っているのです。
昔の得意技を残しながら、違う歌い方を前に出す
初期のビヨンセは、「No, No, No Part 2」で、R&Bの旋律と言葉の細かなリズムを組み合わせていました。
2011年には、ライブで出していた荒い声を、録音でもより自由に使おうとします。
2018年の「APESHIT」では低い声とラップを、2024年の「DAUGHTER」ではクラシック調の歌唱を、曲の重要な表現にしました。
変わったのは、声の高さや強さだけではありません。
どの歌い方を、その曲で一番前に出すかが変わっています。
しかも新しい歌い方が加わるたびに、前の歌い方を捨てる必要はありませんでした。
昔の曲から後年の曲へ聴き進めるなら、長く伸ばすところだけでなく、言葉を素早く進めるところにも耳を向ける。
すると、違う種類の音楽に聞こえていた曲の中にも、初期から続くリズム感や、何度も形を変えて使われる声を見つけられます。
ビヨンセの変遷は、一つの歌い方を完成させて守る歩みよりも、持っている声の出番を増やしてきた歩みとして聴くと、よく分かります。
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