ギターがソロを弾き始めたら、歌手はいったん休む。
そんな役割分担を飛び越えて、ビヨンセはギターと同じ旋律を声で歌ってしまいます。
2011年のアルバム『4』に収められた「I Care」でのことです。
高い声で目立つだけなら、長く一音を伸ばす方法もあります。
ここでビヨンセが選んだのは、ギターの細かい音の動きに、自分の声を重ねることでした。
この曲には、力強い歌を聴かせると同時に、声を楽器のように使い、一曲の響きまで組み立てる彼女の歌い方が表れています。
気にしていない相手へ、「私は気にしている」と歌う
「I Care」は、恋人との気持ちの差を歌う曲です。
自分が傷ついていると伝えても、相手は意に介さない。
だからといって、自分まで平気なふりはできない。
相手の無関心を前に、まだ気持ちが残っている人の訴えです。
タイトルだけを見ると、優しく相手を気遣う歌のようにも思えます。
しかし、この曲の主人公は、落ち着いて誰かの世話をしているわけではありません。
自分はこんなに苦しいのに、なぜ相手は何も感じてくれないのか。
そのもどかしさがあるため、声が強くなることにも、恋愛の言葉をきれいに歌う以上の意味が生まれます。

「I Care」は、打楽器やキーボードと歌を中心とする始まりから、サビで管楽器も加わる曲です。
途中には、ギターのソロも入ってきます。
ビヨンセはそこで、歌詞を伝える役から、ギターと一緒に旋律を奏でる役へ移ります。
相手へ訴える言葉と、その後に続く言葉のない声。
後者まで歌の一部として聴くと、ギターソロは、歌が終わって楽器だけになる休憩時間ではなくなります。
言葉を離れても、ビヨンセの声は曲の山場に加わり続けているのです。
ギターと競うより、同じ音の動きを歌う
録音を担当したDJスウィヴェルが面白がっていたのは、ビヨンセがギターソロ全体の音の動きを声でなぞったことでした。
ギターに負けない大声を出した、というだけの話ではありません。
音が上下する順番や、短く動くところまで、声で合わせています。
楽器と声が同じ旋律を演奏すると、聴き手は、二つの音を一緒に追えます。
ギターの音だけを聴くときとも、歌手が独立した旋律を歌うときとも、響き方が変わります。
「I Care」での技巧は、どれだけ難しい音を出せるかという披露に加え、ギターの音に何を足すかという工夫でもあります。
その声は、録音した後にも仕上げられています。
この部分では声を二重にし、そのうち一つに、ギターアンプのようなざらつきを加える処理をしたとDJスウィヴェルは説明しています。
ビヨンセの歌い方と、録音後の音作りが合わさって、ギターに重なる声になっていたのです。
声が荒く聞こえると、歌手が喉だけでその音を作っていると思いがちです。
けれど、この録音では、歌っている本人の表情に、音を歪ませる処理も加わっています。
声とギターが似た質感で重なる部分には、歌い手と録音担当者の両方の工夫があったのです。
前で歌う声の周りに、別の声も作る
「I Care」の録音では、声のために40本のトラックが使われていました。
主旋律や後ろのハーモニーなどを、別々に録って重ねたものです。
40人が初めから一斉に歌っている、という意味ではありません。
ビヨンセは、主旋律を録った後に、自分でハーモニーを考え、バックの歌を重ねることも多いといいます。
つまり、前に立つ歌手であると同時に、その歌の周りで、どの高さの声を鳴らすかを決める人でもあります。
主旋律と違う高さの音を重ねれば、和音になります。
同じ旋律をもう一度歌って重ねれば、声に厚みが生まれます。
高音を一人で強く歌うことと、複数の歌を合わせて大きな響きを作ることは、別の作業です。
ビヨンセの録音では、その両方が一曲の中で使われています。
ギターと同じ旋律を歌う声も、このハーモニーの声も、主旋律とは違う役を担っています。
歌詞を一番はっきり伝える声だけが、歌手の仕事のすべてではない。
ビヨンセは、自分の声をどこへ加えると曲がよくなるかまで考えて歌っているのです。
何度も重ねるからこそ、一回ごとの歌い方が大事になる
2012年からビヨンセと仕事をしている録音エンジニアのスチュアート・ホワイトも、ハーモニーを重ねる作業について話しています。
バックの歌では、同じハーモニーを4回重ねることが多く、すぐ録音できるように準備しているそうです。
ビヨンセが次々に出す音のアイデアを逃さないため、担当者にも速さが必要でした。

一度の歌をそのまま複製するのではなく、歌い重ねると、一回ごとの声のわずかな違いも音に含まれます。
その一方で、言葉を始めるタイミングや伸ばし方が大きくずれると、一緒のフレーズには聞こえにくくなります。
厚みのあるハーモニーを作るには、自由に歌うだけでなく、前に録った自分の歌へ合わせる力も要るのです。
DJスウィヴェルも、ビヨンセは録音を重ねた声同士をよく合わせられる歌手だと評価しています。
目立つ一回の高音だけでなく、後ろの歌を何度も積み重ねられること。
その精密さがあるから、歌声の数が増えても、一曲のまとまった響きとして作り込めます。
こうした声の使い方は、時期とともに曲の中で違う形を取っています。
初期の細かなリズムから、後年のラップやクラシック調の歌唱へ広がる歩みは、ビヨンセの歌声の変遷でたどっています。
一人の歌姫の声に、いくつもの役がある
「I Care」でビヨンセは、恋人へ訴える主旋律を歌い、ギターソロにも加わります。
さらに録音では、主旋律の周りにハーモニーや重ねた声を置き、一人の声だけでは得られない厚みを作っています。
歌の迫力は、声の大きさに加えて、そうした役割の組み合わせから生まれていました。
ギターと声が重なるところでは、同じ音の動きをしているのに、音色は違うことに耳を向ける。
ハーモニーが加わるところでは、前に出る声の周りに、ほかの声がどう響いているかを聴いてみる。
すると、ビヨンセが一曲の中でしている仕事を、高音の見せ場以外にも見つけられます。
「I Care」のギターソロを歌う声は、難しい音を出す見せ場であると同時に、ギターと混ざって新しい響きを作る声でもあります。
ビヨンセは、主旋律を歌い、その周りのハーモニーや、楽器と重なる音も、自分の声で作っているのです。
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