ディマシュの歌を聴くとき、声の高低に加えて注目したいのが、一つの曲にどんな声と言葉を選んでいるかです。
オペラのような響きを使う曲でも、歌詞のない声を入れる場合と、細かく動く旋律に言葉を乗せる場合とでは、歌が担う役割が変わります。
「Smoke」「When I’ve Got You」「Love’s Not Over Yet」の制作・録音の話から、その違いをたどります。
「Smoke」公式パフォーマンス映像(2024年)。
クラシックの基礎を、違う表情の歌へつなげる
ディマシュは2025年の会見で、呼吸のコントロールを含むクラシックの学習を、自分の歌を考える土台として説明しています。
ただし、別のスタイルを歌う時には、技術や声の置き方を調整すると話しました。
本人が大切にしているのは、学んだ基礎を持ち、曲に応じて使い方を変えることです。
同年のNuméro Netherlandsの取材でも、日々のボーカル練習に加え、ツアー前にはステージを動き回るための体力作りを強めると語っています。
高い音が出る一瞬だけでなく、公演を通して歌い、動いて届ける準備があるのです。
その上で曲を聴くと、どこで大きな響きを使い、どこで言葉やリズムの細部を見せるかという選択に目が向きます。
「Smoke」のオペラ的な声は、歌詞のない旋律として入る
「Smoke」のプロデューサー、ドミトロ・ゴードンは、サビにオペラ的なヴォカリーズがあると説明しています。
ヴォカリーズは、歌詞の言葉を使わずに声で旋律を歌うことです。
意味を持つ文章を届ける歌に、声そのものの響きで展開を作る部分が組み合わされています。
ゴードンによれば、この曲の旋律や楽器の組み方は、要素を絞って余白を持たせたものです。
音を一つ足すか引くかでも全体の釣り合いが変わるという説明からは、声も伴奏との関係で選ばれていることが分かります。
大きく響く声を使う場面だからこそ、周りにどんな音が置かれているかも、聴きどころになります。
また、作詞を担当したキャンディス・ケリーは、「Smoke」ではディマシュに旋律と歌い方の明確な意図があり、複雑なリズムへ一語ずつ収める作業をしたと話しています。
歌詞のないサビの響きと、言葉を細かく配置する部分。
同じ曲の中で、声が旋律を伸びやかに描く役割と、言葉をリズムへ乗せる役割を持っていることが分かります。
本人は「Smoke」に、カザフスタンの弦楽器ドンブラの音を加えたいと感じたことも話しています。
ロサンゼルスでの制作時に楽器を持っていたため、すぐ試せたそうです。
オペラ的な声と伝統楽器を、曲から受けた感覚に沿って組み合わせる。
どのジャンルの歌い手かという分類より、一曲の中でどんな音を響かせたいかという発想が表れています。
「Smoke」は、オペラ的な声を現代的な曲のサビに置くという、具体的な選択をたどれる曲です。
「When I’ve Got You」では、細かく動く旋律に言葉を合わせる
同じ制作チームによる「When I’ve Got You」では、声の動きの細かさが別の形で生かされます。
ゴードンが挙げた特徴の一つが、歌の旋律に多くのメリスマがあることでした。
メリスマとは、一つの音節を複数の音へ動かして歌う表現です。
「When I’ve Got You」公式MV(2024年)。
こうした曲で言葉を乗せるには、意味だけでなく、旋律の中にどう収まるかも大切になります。
ゴードンは作詞のキャンディス・ケリーとの作業を振り返り、言葉が多すぎると歌いづらく、音節が少なすぎると勢いや明瞭さが失われることがあると説明しています。
そこで自分でも語句を調整し、ディマシュの旋律が生きる形へ整えていきました。
細かな旋律を歌う技術と、英語の語句を置く作業が、一つの歌の中で結びついています。
聴くときは、一つの言葉の中で声が動く部分と、次の言葉へ進む部分に耳を向けると、旋律と言葉の関係を追いやすくなります。

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歌の中の人物によって、届ける感情も変わる
二曲の違いは、旋律の作り方だけではありません。
ケリーによると、「Smoke」で求められたのは、危うさのある男性のイメージでした。
一方、「When I’ve Got You」で彼女が描いたのは、強い男性が恋の相手に少し弱さを見せる姿です。
曲の人物像が違うので、声に託す感情の向きも変わります。
強さを示す言葉と、相手へ心を開く言葉を、どう歌い分けるのか。
こうした人物像を手掛かりにすると、細かな音の動きを技巧として数えるだけでなく、その動きがどんな気持ちを運ぶかを考えられます。
ケリーは録音には立ち会っていませんが、仕上がった歌が、自分の意図した歌詞の届け方を実現していたと話しています。
「Love’s Not Over Yet」では、英語の発音も録音の中心になる
「Love’s Not Over Yet」の録音について、プロデューサーのウォルター・アファナシエフは、ディマシュが曲をどう届けるかを理解していたと話しています。
そのうえで、英語は本人の第一言語ではないため、発音が重要となり、そこを時間をかけて調整したと説明しました。
「Love’s Not Over Yet」公式MV(2025年)。
どれほど広い旋律を歌える人でも、歌詞を届けるには言葉の仕上げが必要になる。
この録音の話を知ると、華やかな声が現れるところだけでなく、英語の一語が次へどうつながるかにも耳を向けたくなります。
外国語で歌うことについて、本人は、その国の歴史や文化に入り込み、学んできた知識や、その文化に特徴的な旋律を思い出すと説明しています。
発音を整える作業には、言葉を正しく発することに加え、その曲が持つ感情を理解するという背景もあります。
英語の歌詞の意味と、長く伸ばす音に残る感情を一緒に追うと、言葉と声の響きを結びつけて聴けます。
「Living for the Game」では、短い声もリズムになる
声を旋律以外へ使った具体例もあります。
「Living for the Game」のデモ録音では、ディマシュが即興で出したクリックのような声の音を、その場で取り込み、トラックに使ったとゴードンは説明しています。
歌声の周りに楽器を重ねる制作の中で、短い声そのものも打楽器的な材料になりました。
長い音を保つヴォカリーズ、一つの音節を細かく動かすメリスマ、短い音でリズムへ加わる声。
この三つを並べると、ディマシュが声に任せる仕事の違いがはっきりします。
大きな旋律の見せ場に加え、伴奏の中へ組み込まれた声にも注目できる曲です。
「Smoke」では言葉を離れた声の響きが曲を動かし、「When I’ve Got You」では細かい旋律と言葉を結びつけ、「Love’s Not Over Yet」では発音まで磨いて曲を届ける。
ディマシュの歌い方は、使える声の多さに加え、その曲で声と旋律と言葉をどう組み合わせるかという選択から見ると、より具体的に捉えられます。
そうした選択が作品ごとにどう広がってきたかは、ディマシュの歌声の変遷でたどっています。

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