セリーヌ・ディオンほど歌える人に、歌い方を控えるよう頼む。
1995年のフランス語アルバム『D’eux』で、ジャン=ジャック・ゴールドマンが求めたのは、そんな方向でした。
声が足りなかったのではありません。
豊かな声で言葉を飾りすぎると、かえって歌の内容が伝わりにくくなると考えたのです。
その仕事から生まれた代表曲が「Pour que tu m’aimes encore」です。
恋人の気持ちを取り戻そうとする人の、切実な願いを歌っています。
1995年のパリ公演でも歌われたこの曲には、高音を大きく伸ばすだけでは分からない、セリーヌの歌い方の面白さがあります。
大きな声を、小さくするだけではなかった
セリーヌはカナダのケベックで育ち、フランス語で歌手活動を始めました。
1990年には英語のアルバム『Unison』を発表し、その後は「The Power of Love」などの大きなバラードでも成功します。
ゴールドマンと組む頃には、すでに声の力を十分に認められていた歌手でした。
それでも彼は、フランスの聴き手へ届ける歌では、発音や表情のつけ方を変えたいと考えました。
セリーヌが振り返っている具体例は、フランス語のRの音です。
彼女が舌を震わせるようにRを強調すると、ゴールドマンは、そこまで転がして発音しなくてもよいと伝えたそうです。

一つの言葉を、どれほど念入りに歌うか。
強く発音したり、音を揺らしたり、長く伸ばしたりすれば、その言葉は目立ちます。
けれど、どの言葉も同じように目立たせると、一文としての流れはつかみにくくなります。
会話で、すべての単語を力説されたら、肝心の話が入ってこなくなるのに少し似ています。
『D’eux』でセリーヌが見直したのは、そうした歌の飾り方でした。
単にマイクへ入る声を小さくするのではなく、言葉を必要以上に強調しない。
よく歌える人だからこそ、いつもの得意な表現を、毎回使わない選択が必要だったのです。
曲を書いた人は、声だけでなく性格も調べていた
ゴールドマンは、セリーヌの声を気に入って、この仕事を持ちかけました。
ただし、立派な高音を披露する曲を渡せばよいとは考えていませんでした。
彼女の録音を聴き直すとともに、インタビューや生い立ちを読み、どんな考え方をする人なのかを調べています。
「Pour que tu m’aimes encore」の主人公は、恋愛を軽い遊びとして片づけられない人です。
相手の気持ちが離れたからといって、自分まで簡単に諦めることはできない。
ゴールドマンは、そのひたむきさを、セリーヌの人柄と結びつけて曲にしました。
ここで、歌を飾りすぎないという話がつながります。
言葉の内容そのものが切実なら、歌手が一語ずつ大げさに強調しなくても、その人の必死さは伝わります。
声の美しさを聴かせながら、主人公が何を言っているのかも追える歌にする。
ゴールドマンの注文は、セリーヌの個性を薄めるためではなく、彼女に似合う人物の言葉を届けるためのものでした。
セリーヌ自身も、スタジオで渡された曲を歌うだけの役にはなりたくないと話しています。
自分の案や意見を出し、作り手と一緒に曲を仕上げたい。
ゴールドマンが、気に入らなければそう言ってよいという姿勢で接してくれたことを、彼女は喜んでいました。
次の年には、もっと高く歌うよう求められた
『D’eux』の翌年、1996年の『Falling into You』では、「All By Myself」の高音が強い印象を残します。
この録音では、プロデューサーのデイヴィッド・フォスターが、予定していたより高い音を歌わせるように編曲を変えました。
セリーヌが不安を感じると、隣のスタジオにはホイットニー・ヒューストンがいる、とまで言って発奮させたそうです。
一方では歌い方を控えるよう頼まれ、もう一方では、さらに高く歌うよう求められる。
これは、どちらかの注文だけが正しかったという話ではありません。
『D’eux』で表現を引き算した後も、声を大きく伸ばす歌を捨てたわけではないのです。
「All By Myself」のように、曲の大きな山場を高音で作る歌がある。
「Pour que tu m’aimes encore」のように、主人公の言葉を追わせるため、発音の癖や装飾を整理する歌もある。
同じ声を持つ歌手が、曲の中で何を目立たせたいかに応じて、違う仕事をしています。
セリーヌの迫力ある高音を知っていると、控えた歌い方を「まだ本気を出していない」と受け取ることがあるかもしれません。
しかし、強く歌えることと、いつ強く歌うかを決めることは別の力です。
『D’eux』の経験は、声を出せる範囲を狭めたのではなく、持っている声の使い道を増やしていました。
気持ちが強すぎて、歌えなかった「Vole」
歌に気持ちを込めれば込めるほど、よい歌になるのでしょうか。
『D’eux』を閉じる「Vole」の録音には、それだけでは済まない話が残っています。
この曲は、16歳で亡くなったセリーヌの姪、カリーヌを思って書かれました。
ゴールドマンは、必ず歌ってほしいという仕事の注文ではなく、彼女への贈り物として曲を渡しました。
セリーヌは歌いたいと思い、スタジオへ入ります。
ところが、カリーヌへの思いがあまりに強く、何度試しても歌えなかったと振り返っています。

いったん皆で食事に出かけ、戻ってから、彼女はピアノに合わせて歌いました。
大事な人への気持ちが足りなかったから歌えなかったのではありません。
その気持ちを抱えたまま、曲として最後まで歌える状態になる必要があったのでしょう。
発音を飾りすぎないことと、悲しみにのみ込まれず歌うことは、同じ作業ではありません。
ただ、どちらの話にも、強さを足せばそれだけ歌がよくなるわけではない、という難しさがあります。
大きく響く声も、深い悲しみも、聴き手に届く歌へまとめるには加減が要るのです。
その後、セリーヌは英語の作品でも、低い声や短い言い回しを試すようになります。
2013年に本人が説明した変化は、セリーヌ・ディオンの歌声の変遷でたどっています。
あの声で、何を伝えるか
セリーヌの高音は、曲の山場を作る大きな魅力です。
けれど「Pour que tu m’aimes encore」の仕事で求められたのは、さらに高い音を増やすことではありませんでした。
発音や装飾を整理して、恋人を諦められない人の言葉を、きちんと一つの訴えとして聴かせることでした。
そのためには、歌手本人が曲をどう理解するかも、作り手と意見を交わせるかも関わってきます。
『D’eux』は、声の力を認められた歌手が、その力をどこで使うかまで考え直した作品だったのです。
高音が出てくる瞬間を待つだけでなく、その前の言葉がどう続いているかにも耳を向ける。
すると、セリーヌの歌では、大きく伸ばす声と、飾りすぎずに進める言葉の両方が、一曲を聴かせていることに気づきます。
声の大きさを知った後で、その声をどう加減しているかを知ると、あの歌姫の見え方も少し変わってきます。
こちらの記事もおすすめ






コメント