マシュー・ベラミー(Muse)の歌声の変遷|初期の「面白い声」から『Unintended』再録まで

2013年、メルボルン公演でのマシュー・ベラミー シンガー
swampa / CC BY 2.0

2020年、Museのマシュー・ベラミーは、デビュー作に入っていた「Unintended」をソロ名義で歌い直しました。
1999年の原曲から、すでに静かな曲です。
激しいロックを穏やかな曲へ作り替えたわけではありません。
それでも21年後に、ピアノを中心とする別の伴奏で、もう一度この歌を届けたのです。

マシューは新しい版を発表するとき、19歳ごろに書いた曲が「当時より今のほうが意味を持つように思える」と伝えました。
一方、2015年には、若いころは自分の声を十分に制御できなかったが、そこから生まれた不思議さも面白かったと振り返っています。

経験を積んでも初期の声を否定しない。
その間に、何を歌えるようになり、何を選べるようになったのでしょうか。

1999年|静かな「Unintended」も、初期のMuseにあった

『Showbiz』の「Unintended」は、マシューの歌にアコースティックギターが寄り添う曲です。
激しい演奏へ向かうMuseの初期作品に、静かな歌も最初から並んでいました。

2015年の取材で「『Showbiz』のころから歌い方はどう変わったか」と聞かれたマシューは、初めのころは歌の指導を受けていなかったと答えます。
声をあまり制御できていなかった、とも認めました。
ただし、だから当時の録音を失敗作だとは考えていません。
本人の言葉では、その制御の利かなさが、感情的で、奇妙で、謎めいた声を生んでいたのかもしれないのです。

静かな曲を歌えるかどうかと、望む表情をいつでも選び取れるかは、別の話です。
マシューの高い声がバンドの重い演奏にどう映えるかは、マシュー・ベラミーの歌い方でも扱っています。
ここでは、後にその声をどう使い分けたかをたどります。

2003年|強く押す歌と、抑えて聴かせる歌

転機を具体的に語っているのは、アルバム『Absolution』を制作したリッチ・コスティです。
彼によれば、当時のマシューは録音で自分の歌に自信を持っていました。
数テイクで必要な歌がそろい、別の方向を試しても、最初の直感に戻ることが多かったといいます。
2003年に突然「上手な歌手」へ変わったわけではありません。

「Time Is Running Out」では、マシューが声を強めていく場面で、コスティは録音機器をあえて歪ませ、声の強さを増しました。
あの荒さには、歌手が声を出したことに加え、制作側の音作りも関わっています。

同じアルバムの「Sing for Absolution」で、コスティが注目したのは逆の表情でした。
歌い出しの節でマシューは控えめに歌い、コスティは、その静かな声を美しいと話しています。
普段は強く押すことの多かった歌手が、制作の間に抑えて歌うことにも慣れていった、というのが彼の見方です。

2007年、トロント公演でのマシュー・ベラミー
2007年、トロント公演でのマシュー・ベラミー。
写真:Ian Muttoo from Mississauga, Canada / CC BY-SA 2.0

二曲を並べると、「強く歌う力」を失って静かになったのではないことが分かります。
強く押す場面と、声を引いて言葉を届ける場面の両方を、曲ごとに選べるようになっていったのです。
制作担当者が見た変化は、控えめな歌い方により慣れたことでした。

2015年|制御を得ても、初期の不思議さは覚えている

『Drones』を発表するころ、マシューは近年に何度か歌の指導を受け、以前より声を制御できるようになったと語りました。
けれど、その説明のすぐ隣に、初期の制御しきれない歌が持っていた感情や奇妙さへの評価があります。
新しい技術を得たから古い歌を消したい、という話ではありません。

この時期に変えたのは、声の扱いだけではありませんでした。
『Drones』では、セルフ・プロデュースを続けてきたバンドに、マット・ラングという外部の制作者を迎えています。
マシューは、身内だけで判断する状態から、もう一度歌ってみたらどうか、別の案はどうかと意見をもらえる状態にしたかったと説明しました。

ただ任せれば済んだのでもありません。
二人とも制作を自分で動かしたい気持ちがあり、折り合いを探す必要があったといいます。
それでもマシューにとってラングは、実績を尊敬し、意見を聴こうと思える相手でした。
声を思いどおりに扱う力を増やす一方で、その歌でよいかを他者と考える環境も選んだのです。

このアルバムでは三人のバンドの基本へ戻り、ギター、ベース、ドラムを中心にするとマシューは話していました。
ところが最後の曲「Drones」では、その楽器を外し、自分の歌声を重ねた無伴奏の合唱を作ります。
マシューは、この曲を無人機による攻撃の犠牲者への哀悼だと説明しています。
一人の声を前面に押し出す代わりに、いくつもの声で曲の結末を担わせたのです。

2017年、Reading Festivalで演奏するマシュー・ベラミー(右)
2017年、Reading Festivalで演奏するマシュー・ベラミー(右)。
写真:Raph_PH / CC BY 2.0

初期の予測しきれない声と、後年の重ね録りを優劣だけで比べることはできません。
2015年の本人は、声を扱いやすくなったと語りながら、昔の録音ならではの面白さも覚えていました。
ラングとの共同制作も、歌を習ったこととは別の経験です。
声を制御できるようになった理由をすべて制作陣の交代へ結び付けることはできませんが、歌を選び直す際の相談相手は増えました。

2020年|昔から静かだった曲を、別の場所で歌う

バンドの外で歌うと何が起きるのか。
2020年5月の取材で、マシューは、ドミニク・ハワードの激しいドラムとクリス・ウォルステンホルムの重いベースがないと、自分の音楽はもっと夢のようで穏やかな方向へ寄る、と話しました。
バンドのライブには収まりにくい、親密で柔らかな曲を作る場所にも関心があったのです。

その翌月に発表したソロ版「Unintended」は、1999年の曲をピアノ中心の伴奏へ置き直したものです。
この再録を「荒い若者が優しく歌えるようになった」とは説明できません。
同じ曲への本人の見方が年月とともに変わり、同じ旋律を別の編成で歌う選択が生まれました。

発表時に本人が語ったのは、原曲の欠点ではなく、19歳ごろに書いた歌が当時より今のほうが意味を持つという思いでした。
昔の曲を現在の声と伴奏で引き受けることは、若いころの歌を取り消すこととは違います。

面白かった初期の声に、別の選択肢を足した

2003年の『Absolution』では、制作担当者が強く押す歌と控えめな歌の両方に、マシューの新しい使い方を見ています。
2015年、本人は声の制御を得たと語る一方、初期の制御しきれない響きにも感情や不思議さがあったと認めました。

そして2020年、同じ「Unintended」を別の伴奏で歌い直しました。
初期の歌を面白いまま残し、抑えて歌うこと、声を重ねること、昔の曲を違う編成に置くことを選んできました。
他者の意見も受けながら、自分の声にできる仕事を増やした歩みとして見ると、再録は過去の否定ではなく、同じ歌をもう一度届ける機会になります。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました