2000年のアルバム『Hybrid Theory』に収められた「Crawling」は、チェスター・ベニントンの激しい歌声を印象づけた曲です。
その曲を、チェスターは2017年のツアーで、マイク・シノダのピアノと自分の声を中心にした編成で歌っています。
同じ歌詞と旋律でも、重いバンドの音と一緒に歌うときとは、声の聴こえ方が変わります。
この変化を、年を重ねて穏やかになった、という説明だけで片づけると、途中にあった試行錯誤を見落とします。
チェスターは、暗い気持ちを書いた歌詞を、あえて楽しそうに歌うことまで考えていました。
初期の「Crawling」から、曲の感情を声でどう表すかという選択が広がっていく過程をたどります。
2000年、「Crawling」のサビが代表になった
初期のリンキン・パークは、マイクのラップとチェスターの歌、重いギターと電子音を組み合わせたバンドでした。
その中でも「Crawling」は、チェスターがサビの高い音を長く保って歌うことが、大きな印象を残す曲です。
内面の不安や自分を制御できない感覚を歌う言葉が、切迫した歌声と結びついています。
チェスター本人にとって、この代表曲は簡単に歌える曲ではありませんでした。
2011年にライブで苦労する曲を尋ねられると、「Crawling」を挙げ、長い音を保ち続ける難しさを説明しています。
録音で強い印象を残した長い音が、ステージでは難所にもなっていたのです。
ただ、最初から「チェスターらしい声」が一つに決まっていたわけではありません。
マイクは後年、初期のチェスターには、曲によって影響を受けた別の歌手のように聞こえるところがあり、どの曲でも本人の声で歌ってほしいと伝えていたと振り返っています。
強烈な声を持っていることと、その声で自分たちの曲をどう歌うかが決まっていることは、別の話でした。
2003年から2007年、シャウト以外の歌が前に出る
2003年の『Meteora』には、ラップもシャウトもない「Breaking the Habit」が入りました。
初期の特徴をいくつか外しても、チェスターの旋律を歌う声が曲の中心に残ります。
「Crawling」のような歌を知ったうえで聴くと、彼が激しいサビ以外に何を歌えるのかが分かる一曲です。
この曲では、マイクが書いた歌詞にチェスター自身が強く反応し、録音やライブで歌うことに苦労しました。
歌詞への共感と、人前で歌い切ることの間にあった難しさは、チェスター・ベニントンの歌い方で詳しく扱っています。
2007年の『Minutes to Midnight』では、歌を作る順番にも変化が求められます。
それまでのバンドは、伴奏を細かく作り込んでから、そこに歌を合わせることが多かったとマイクは説明しています。
新しく制作に加わったリック・ルービンは、もっと早い段階で、歌と少ない楽器だけで曲を考えるよう促しました。

先に伴奏が完成していれば、歌手はその音程や速さ、曲の構成に合う歌を探すことになります。
一方、歌とピアノだけで考え始めれば、旋律がうまく歌えるか、言葉が曲に合っているかを確かめながら、周りの演奏も作っていけます。
歌を重い音の中へどう収めるかだけでなく、歌そのものから曲を組み立てる考え方が加わったのです。
チェスターは当時、新作でマイクのラップが少ないことを気にかけ、もっと参加しなくてよいのかと本人に尋ねたとも話しています。
マイクは、今回はチェスターが歌う曲なのだという姿勢でした。
二人が以前と同じ割合で歌わなければリンキン・パークにならない、という決まりより、その曲に必要な歌を優先していったのでした。
2017年、暗い言葉を楽しそうに歌う
2017年の『One More Light』では、メンバーが実際に抱えていたことを話し、歌詞を考えるところから制作を始めています。
先にある音楽へ言葉を合わせる順番を変えたのです。
ここでチェスターは、悩みを書いた歌詞なら、歌い方もずっと暗くするべきだとは考えていませんでした。
アルバムの最初の曲「Nobody Can Save Me」について、冒頭の言葉は暗いのに、自分は最高に楽しい時間を過ごしているように歌っている、と説明しています。
苦しいことを語る言葉と、楽しそうに歌う声を同じ曲に置く。
チェスターは、苦しさを分かってもらうだけでなく、自分自身も明るい方向を見ようとしていたと話しています。
歌詞が今の悩みを伝える一方で、声や音楽は、そこからどう進みたいのかを表しているのです。
初期の「Crawling」では、苦しさを歌う言葉と激しい声が、同じ方向を向いていました。
「Nobody Can Save Me」でチェスターが語ったのは、言葉と声の表情をあえて違える方法です。
音楽がポップになったという変化の中には、歌詞の感情をそのまま声でなぞらない、歌手としての選択がありました。
2017年の「Crawling」は、古い曲を静かに歌い直した
新作で歌い方を広げるだけでなく、チェスターは昔の曲の見せ方も変えています。
2017年のツアーで歌った「Crawling」は、マイクの鍵盤とチェスターの声を中心にした演奏でした。
ツアーの音源を収めた『One More Light Live』では、2000年のスタジオ版と大きく異なる編成で、この曲を聴くことができます。
2017年7月のロンドン公演を見た評者は、チェスターのシャウトの威力をたたえる一方で、ピアノに合わせて柔らかく歌った「Crawling」を公演の一番の見どころに挙げています。
同じステージに、激しく叫ぶ歌と、観客のすぐ近くで静かに歌う場面があったのです。
歌声の変化を考えるとき、後年の柔らかい一曲だけを取り出して、すべての曲を同じ歌い方に変えたと考えると、この幅が見えなくなります。
もちろん、初期のサビと重い演奏が好きだった人には、その迫力も「Crawling」の大事な一部でしょう。
実際、同じロンドン公演の別の評者は、ピアノ版の新鮮さを認めながらも、激しい曲で体を動かしたい観客には物足りない場面だったと受け止めています。
柔らかく歌えば、どの聴き手にも前より良い歌になるというわけではありません。

初期の録音では、サビの声とバンドの重い音が一緒に迫ってきます。
ピアノ版では、その重い演奏がなくなり、柔らかく歌う声と、よく知っている旋律が残ります。
大きな音に乗って一緒に歌いたくなる曲を、目の前で歌うチェスターの声に耳を澄ませる曲としても演奏できる。
2017年の「Crawling」には、同じ歌詞を聴いてもらう方法を変えた面白さがあります。
激しい声を知っているから、静かな歌の選択も分かる
チェスターの歌の歩みには、声の強さだけでは説明しきれない変化があります。
「Crawling」で苦しさを激しく歌い、「Breaking the Habit」ではシャウトを使わずに切実な歌を成立させた。
その後は歌を中心に曲を作る方法が広がり、「Nobody Can Save Me」では暗い言葉を楽しそうに歌うことまで選んでいます。
2017年のピアノ版「Crawling」は、そうした歩みの中で聴くと、単に伴奏を小さくした演奏とは違って見えてきます。
初期の形がよく知られている曲だからこそ、激しさを抑えて歌い直したときに、聴き手も自分が何に引かれていたのかを考えられる。
サビの声の強さなのか、その旋律なのか、自分にも覚えのある気持ちを歌う言葉なのか。
どちらの「Crawling」が好きかを一つに決める必要はありません。
同じ曲を激しくも静かにも歌えるところまで、チェスターは歌の選択肢を広げていました。
二つの録音を行き来すると、代表曲を作った声の強さと、代表曲を歌い直すときの工夫を、両方たどることができます。
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