2017年、リンキン・パークがツアーで演奏していた「Crawling」について、マイク・シノダは、当時のセットでチェスター・ベニントンの声をひどく消耗させていたのはこの曲だけだったと語りました。二人はその代表曲を、ピアノと歌を中心にした形で演奏し始めました。
初期の激しい歌を、後年になって静かな歌へ変えた。それだけなら単純な話に見えます。ところが、2000年の「Crawling」にも、感情を近くで語るような部分がありました。ギターの音を小さくして初めて、チェスターに柔らかい歌声が生まれたわけではありません。
彼はどのような歌を経て、昔の「Crawling」を別の形で歌うようになったのでしょうか。2017年のライブでの選択から、最初の録音へ戻ってたどります。
1990年代|Grey Dazeから「自分の歌」を探す
リンキン・パークに入る前、チェスターは地元アリゾナのロックバンド、Grey Dazeで歌っていました。ドラマーのショーン・ダウデルは、15歳だったチェスターが加入のために歌ったとき、すでに曲の細かな表情をつかんでいたと振り返っています。バンドは1994年に『Wake Me』、1997年に『…No Sun Today』を発表しました。
1997年にアリゾナ州テンピで演奏された「B12」には、この時期のチェスターの歌が残っています。
1999年ごろ、のちにリンキン・パークとなるバンドのデモを聴いたチェスターには、そこで歌う旋律が次々と浮かびました。本人は後年、それが加入を決める理由の一つになったと話しています。新しい曲に、ただ決められた声を乗せに来たわけではありません。
一方、マイクの記憶では、このころのチェスターは好きな歌手の歌い方に引っ張られることもありました。マイクたちは彼と曲を書きながら、その声をどんな方向へ使えるか試します。マイクが求めたのは、曲ごとに誰かのように聞こえる歌より、どの曲でもチェスター自身だと分かる歌でした。もともとの豊かな声を、バンドの歌としてどう生かすか。その試行錯誤から『Hybrid Theory』へ進みます。
2000年|「Crawling」には、初めから二つの表情があった
『Hybrid Theory』の「Crawling」は、高く長く伸びるサビで知られています。しかし、同じアルバムの先行曲「One Step Closer」と比べたとき、DJのジョー・ハーンが強調したのは、激しさだけではありません。彼は「Crawling」には親密な部分と、サビで感情が大きく噴き出す部分が一緒にあると語っています。
マイクにとっても、スタジオで録ったチェスターの歌は特別でした。その日に現れた強い声を記録できたことが、曲の大きな力になったと振り返っています。語りかけるような近さから、抑えきれない感情へ移る。その幅が、原盤の「Crawling」に既にありました。
だから2017年のピアノ版を、激しい声しか知らなかった歌手が、初めて静かに歌えた記録として見るのは違います。変わったのは、声の一面が突然加わったことより、よく知られた曲のどの部分を前に出すかでした。ただ、その選び直しに至るまでに、バンドは別の曲でも歌の置き方を試していきます。
2003~04年|叫びを前提にしない「Breaking the Habit」をシングルへ
『Meteora』の「Breaking the Habit」には、リンキン・パークの曲でおなじみだったラップやシャウト、歪んだギターがありません。ピアノの反復、弦の音、打ち込みのリズムの中で、チェスターの旋律が曲を担います。
マイクは後年、この曲ができたことで、バンドにはさらに多くの選択肢があると分かったと話しました。レコード会社には、いつか必ずシングルにしてほしいと伝えていたそうです。翌2004年、この曲は実際にシングルになりました。リンキン・パークは叫びと大きなギターだけのバンドではない。それを聴き手にも知らせたかったのです。
歌詞との個人的な距離が近すぎて、チェスターがこの曲を最後まで歌うには別の難しさもありました。その一曲の中で何が起きていたかは、チェスター・ベニントンの歌い方を扱った記事で詳しくたどっています。ここで重要なのは、激しく歌える声を持ちながら、叫びを前提としない曲をバンド自身が表に出したことです。
2010年|伴奏に声を合わせるだけではなくなった
曲作りにも変化がありました。以前のリンキン・パークは、先に伴奏を作り込み、そこへ声を入れることが多かったとマイクは説明しています。プロデューサーのリック・ルービンは、歌と演奏を同時に考える方法を勧めました。旋律が変われば和音を変え、和音が変われば歌も考え直せます。

2010年の『A Thousand Suns』に収めた「Waiting for the End」について、マイクは、この作り方でなければ生まれなかった曲の一つだと言っています。声を完成した演奏の中へ押し込むだけでなく、歌と周囲の音を一緒に動かす。チェスターが何を歌えるかを探る場所も、曲の作り方そのものに広がりました。
ただし、ここで歌詞を必ず最初に書くバンドへ変わったわけではありません。曲の言葉を先に置き、その意味に合わせて伴奏を作る方法を本格的に試したのは、2017年の『One More Light』でした。
2017年|暗い言葉を、暗い声のままにはしない
『One More Light』の制作では、メンバーがその日何を考えているかを話し、歌詞から曲を組み立てました。ギタリストのブラッド・デルソンによれば、まず約70曲の骨組みを書き、候補を絞ってからそれぞれの演奏を形にしたそうです。
最初の曲「Nobody Can Save Me」には、重い言葉があります。それでもチェスターは、冒頭から自分がとても楽しい時間を過ごしているように歌ったと説明しました。暗い言葉と明るく進む音楽の間に、あえて引っ張り合う力を作ったのです。歌詞の感情を、そのまま同じ色の声でなぞるとは限らない。曲の中でどちらを向くかまで考えた選択でした。
彼が当時どんな気持ちで暮らしていたかを、一曲の歌い方だけで決めることはできません。ただ、ここで本人が説明した歌の狙いは、2000年の「Crawling」とは別の感情の届け方を示しています。同じ2017年、バンドは「Crawling」そのものにも手を入れました。
2017年|負担のある代表曲を、別の歌として聴き直す
マイクは「Crawling」をそのまま演奏することが、当時のセットではチェスターの声を特に消耗させていたと語りました。そこでチェスターとマイクは、ピアノと歌を中心にした形で曲を見直します。ブラッドは、編成を小さくして聴くと、昔の曲の旋律と感情が『One More Light』の新曲とも意外なほど近く感じられたと話しています。
同年7月のロンドン公演を見た評者は、この「Crawling」を柔らかい歌だと表し、チェスターが最前列の観客へ近づいて歌ったことを記録しています。伴奏だけでなく、客席との距離も変えた演奏でした。

2000年の「Crawling」はスタジオで録ったフルバンドの曲です。一方、2017年の演奏は観客の前で、伴奏も大きく変わっています。二つの版を、若いころには歌えて後年には歌えなくなったという証拠にはできません。同じ歌詞と旋律のどこに聴き手の注意を向けるかが変わったのです。
マイクが語ったステージでの負担は、歌い直しの具体的な理由です。しかし、その結果は初期の「Crawling」を捨てることではありませんでした。ジョーが語ったように、原盤にも親密さと感情の爆発がありました。2017年には、ピアノと歌でその旋律を届け直しています。チェスターの歌声の変遷は、叫びを失って静かになった一直線の変化ではなく、同じ曲の別の表情を聴き手へ示せるようになった歩みです。







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