Museのマシュー・ベラミーは、自分の高い声がロックに合わないと思っていたことがありました。
ところが、今ではその高い声が、Museを聴き分ける大きな特徴になっています。
重いギターと同じように声を荒々しくしなくても、ロックの歌は強い印象を残せる。
マシューの歌には、そのことがよく表れています。
2006年の「Supermassive Black Hole」では、重くひずんだ演奏に、高い裏声を合わせています。
なぜ、この組み合わせがちぐはぐにならず、一曲の魅力になるのでしょうか。
声だけでなく、マシューが歌うためにバンドの演奏をどう組み立てているかを見ると、その理由が分かってきます。
自分の声では、ロックを歌えないと思っていた
マシューが歌い始めた頃は、ニルヴァーナが大きな存在だった時代でした。
本人が思い浮かべていたロックの声は、荒々しくざらついた声です。
それに対して、自分は声が高く、裏声もよく使う。
その違いから、自分の声はロック向きではないと思っていたと振り返っています。
その考えを変えたのが、ジェフ・バックリィのアルバム『Grace』でした。
マシューは、高く柔らかな声でもロックの中で十分に生きることを、この作品から教えられたと話しています。
柔らかい声を無理に変えなくても、ロックを歌えると思えたのでした。
裏声というと、大きな声で届かない高音を、弱い声に切り替えて出す方法を想像するかもしれません。
けれど、歌の中での役割はそれだけではありません。
重い演奏の上に軽い声があれば、聴き手は伴奏と声の違いにも引かれます。
声まで楽器と同じ質感にそろえないことで、歌が目立つ場合もあるのです。
マシューにとってバックリィとの出会いが大きかったのは、高音の出し方を一つ知ったからというより、自分がすでに持っていた声を使ってよいと思えたからでしょう。
その後のMuseを聴くと、高い声を隠そうとするどころか、その声でどんな曲を歌えるかを試しているように見えてきます。
高い声で踊りたくなった「Supermassive Black Hole」
「Supermassive Black Hole」の裏声は、壮大なクライマックスにだけ登場するものではありません。
曲を通して高い声を使い、低いギターのリフや踊れるリズムと組み合わせています。
マシュー自身、この音楽を聴くと、おかしなくらい高い声で歌って踊りたくなった、と話しています。
この曲が生まれた頃、バンドは録音の場所をフランスの田舎からニューヨークへ移していました。
人里離れたスタジオにこもっていた生活から、街へ出て踊り、人と会う生活へ変わった。
マシューは、その開放感が「Supermassive Black Hole」のような曲につながったと振り返っています。

音楽の面でも、プリンスに影響されたR&Bやファンクの感覚を取り入れています。
Museの重いギターをなくして別のバンドになるのではなく、そこへ違うリズムや歌い方を持ち込んだのでした。
この曲の高い声には、悲しみや不安を訴えるだけでなく、体を動かしたくなる音楽を楽しむ役目もあります。
同じ裏声でも、曲の中で何をしているかは変わります。
「Supermassive Black Hole」を高音が出るかどうかだけで聴くと、本人が面白がっていた、少し気取って踊るような歌の表情を取りこぼしてしまう。
高い声を使うこと自体が、曲の遊び心になっているのです。
ギターの音を、歌声とぶつけすぎない
重い演奏の上で高い声を目立たせるには、歌手が頑張るだけでは足りません。
マシューは、ギターの音を作るときも、自分の声とどう重なるかを考えています。
本人が好むのは、ベースより上、自分の歌声より下のあたりを強調した、厚みのあるギターの音です。
ギターのひずみが低い音から高い音まで広がりすぎると、ベースや歌声と重なりやすくなる。
そのため、エフェクターを選び、録音した音のバランスを整えて、自分の歌う場所へギターが入り込みすぎないようにすると説明しています。
これは、ギターの音を小さくすれば歌が聴こえる、というだけの話ではありません。
ギターの音のどの成分を強調するかも調整しています。
低めの音の厚みを残しつつ、歌声と重なるあたりの響きを強くしすぎない。
こうしてギターの音色を整えることが、声の軽さと演奏の重さを同時に生かす工夫になっています。
マシューは自分の声を、典型的なロックのうなり声よりも、クラシック的で演劇的なものとして捉えています。
だから、その声を無理にギターと同じ質感にするより、声とギターがそれぞれ目立つ組み合わせを探す。
かつてロックに合わないと感じた声が、バンドの音を考える基準にもなっています。
歌いながら細かいリズムを弾くのは、本人にも難しい
ステージでは、もう一つ問題があります。
マシューは歌うだけでなく、ギターやピアノも演奏しなければなりません。
ギターの細かなリズムに気を取られれば、歌で自由に表情をつけにくくなります。
本人は、正確なリズムを刻むギターと歌を同時に行うのは難しい、と率直に話しています。
そのためMuseでは、ドミニク・ハワードのドラムと、クリス・ウォルステンホルムのベースだけでも、曲のリズムや雰囲気が成り立つようにしているのだそうです。
二人の演奏が曲をしっかり進め、その上にマシューが歌やギターを加えます。

声を長く伸ばしたり、言葉に表情をつけたりしても、曲のリズムはベースとドラムが保ってくれる。
歌うためにギターの弾き方を少し自由にしても、演奏全体まで頼りなくなるわけではありません。
マシューの歌い方の自由さは、三人の役割分担にも支えられています。
さらに、音を一つずつ順番に鳴らすアルペジオも、和音の流れと細かなリズムを示すのに役立つと話しています。
ギターや歌ですべてを同時に受け持たずに、別のパートで曲に必要な動きを作っておく。
何でも器用にこなす姿の裏には、歌いやすくなるように曲を作る工夫があるのでした。
声そのものの扱い方も、活動の中で変わっています。
初期の声を本人がどう振り返り、静かな歌や重ね録りへ表現を広げたかは、マシュー・ベラミーの歌声の変遷でたどっています。
あの声が映えるように、Museの演奏がある
「Supermassive Black Hole」の高い声は、重いギターに負けまいとして同じように荒々しく歌う声ではありません。
ギターとは違う質感で、曲の踊れるリズムや遊び心を表しています。
その声が自由に動けるように、ギターの音色や三人の演奏の役割も考えられています。
バックリィの歌から得た、自分の声でもロックを歌えるという自信。
その声を曲ごとに面白く使おうとする発想。
そして、歌う本人が無理なく表現に集中できるように、演奏の組み立て方まで工夫すること。
マシューの歌がMuseの重い音の中で際立つ理由は、このつながりにあります。
高い声だけを取り出して聴くのも楽しいですが、その後でベースやドラム、ギターへ耳を向けると、歌の聴こえ方も変わります。
あの声がたまたま重いバンドに乗っているのではなく、あの声を生かす工夫が演奏の中にもある。
そこまで含めて、Museの歌の面白さなのです。
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