「Ocean Eyes」で知られるようになったころ、ビリー・アイリッシュは、自分の声はこの先もずっと同じだと思っていました。
柔らかく、歌える範囲も限られ、大きく張るようには歌えない。
ところが、2024年の『HIT ME HARD AND SOFT』では、本人ができると思っていなかった高い歌にも挑んでいます。
初期の静かな声を、本人はどのように受け止めていたのでしょうか。
13歳の録音から、怒りを声にした「Happier Than Ever」、歌を学び直した時期へとたどると、ビリー自身の思い込みも少しずつ変わっていたことが分かります。
2015年、「Ocean Eyes」はダンスのための歌だった
「Ocean Eyes」は、もともと兄のフィニアスが自分のバンドのために書いた曲でした。
彼は妹の声にも合うと考え、ビリーに歌を教えます。
ちょうどダンスの先生から振り付け用の曲を求められていたビリーは、この曲を使うことにしました。
2015年に公開した録音が広まったとき、彼女はまだ13歳です。
自宅で録った歌から突然現れたように見えても、歌そのものを始めたばかりではありませんでした。
8歳からロサンゼルスの児童合唱団に入り、そこで歌い方を学んでいます。
2016年の本人は、合唱団で得た技術が自分の土台になったと説明していました。
ただし、歌の経験があることと、これから自分の声がどう育つか分かることは別です。
後年のビリーは、初期の囁くような歌について、意図的にそのスタイルを選んだのではなく、当時はそう歌っていたのだと話しています。
世間が新鮮な個性として受け取った声を、本人は自分にできる範囲として捉えていたのでした。

2021年、怒りを小さな声の中に収めなくなった
2作目のアルバム『Happier Than Ever』には、静かな歌から激しい歌へ移る表題曲があります。
穏やかな前半が続いたあと、後半では伴奏とともに歌も激しくなります。
このアルバムは、ツアーが止まった時期に、フィニアスの新しい家の地下スタジオで制作されました。
ビリーは録音の操作も学び、以前は苦手だった曲作りを楽しむようになっています。
2021年当時、声の成長を喜ぶと同時に、作品に怒りや失望があり、叫ぶことには満足感があったと話していました。
この変化を、声量が増えたという一言で片づけると、歌う理由が抜けてしまいます。
ここでの強い歌には、抑えていた感情を外へ出す役割があります。
静かに始まる時間があるから、その後の激しさも、一曲の中で感情が変わる出来事として受け取れます。
ビリーが獲得したのは、いつでも大声で歌う新しい決まりではありません。
曲の途中で感情が抑えきれなくなる場面を、自分の歌でも表せるようになったことでした。
2024年のアルバム制作中、歌を学び直す
強い歌を作品に残せても、自分の声を十分に理解できたとは限りません。
ビリーは『HIT ME HARD AND SOFT』を作る時期に、改めて歌の先生について学び始めました。
合唱団にいた子どものころ以来のことで、始める前にはためらいや気恥ずかしさもあったそうです。
すでに世界的に知られている歌手でも、習いに行くことに抵抗を感じる。
そこに、録音を聴くだけでは分からない転機があります。
本人はこの指導によって大きく変わったと話し、長年のツアーや成長も含めて、自分の声が育ってきたと振り返っています。
かつては、柔らかい声と狭い歌唱範囲が、そのまま一生の自分なのだと思っていました。
2024年の作品では、声をどのように使えるかを自覚し、実際に試せるようになったのです。
声が変わることに加えて、その変化を本人が信じられるようになることも必要でした。
最後のサビで、避けていた高さを試した
その話を具体的な一曲にすると、「BIRDS OF A FEATHER」になります。
ビリーは最後のサビを、それまでと少し違う旋律にしたいと考えました。
高いほうへ進む案はあったものの、自分には歌えないと思い、ほかの方法を探していたそうです。
それでも最後には、試してみることにしました。
完成した歌の中でも、本人が驚いたと話しているのが、この最後のサビです。
ただ高い音を足したのではなく、同じ曲の終盤に変化をつけたいという発想が、歌唱の挑戦につながっています。
「Happier Than Ever」で強い歌を聴いたあとでも、2024年のこの話には意味があります。
一度激しく歌えたからといって、あらゆる高い旋律を自由に歌えるつもりになったわけではなかったからです。
ビリーは曲ごとに、自分ができると思っている範囲を確かめ直していました。
小さな声を捨てたのではなく、選べる声が増えた
「Ocean Eyes」からの変化を、弱い声が強い声に置き換わった歩みとして見る必要はありません。
2024年のアルバムも、繊細な歌を持つ「SKINNY」から始まります。
ビリーは、そこから「LUNCH」へ移る落差を意識して作ったと説明しています。
柔らかさも強さも、同じ作品の中で生かすようになったのです。
静かな歌をどのように作り込んできたかは、ビリー・アイリッシュの歌い方で詳しく扱っています。
強く歌えるようになったあとに初期の録音へ戻っても、声の近さや重なりを楽しむ理由は残ります。
この歩みで変わったのは、出せる声だけではありません。
自分の声はもう決まっている、という本人の考えも変わりました。
「BIRDS OF A FEATHER」の最後のサビには、以前なら避けていた歌を試し、作品に残せたビリーがいます。
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