ディマシュの歌声はどう変わった?「S.O.S」で知られた声から、声でリズムも作る表現へ

2025年10月掲載のNuméro Netherlands本人取材に登場したディマシュ シンガー
2025年10月掲載のNuméro Netherlands本人取材に登場したディマシュ

ディマシュ・クダイベルゲンの歌には、聴く人を驚かせる声の広がりがあります。
その後の曲をたどると、声に任せる仕事が増えていることに気づきます。
壮大な旋律を歌う声が、ブルースやR&Bの流れに入り、やがてトラックの中でリズムを作る音にもなる。

カザフスタンから世界へ活動を広げた彼は、どんな音楽を歌いたくて、声の見せ方を選んできたのでしょうか。
本人と制作関係者の言葉から、「S.O.S」以降の歩みをたどります。

「Living for the Game」Voice Beyond Horizon・2026年公式公開の番組歌唱映像。

2017年、「S.O.S」で世界へ知られた声

国際的に広く知られる転機となったのが、中国の番組「Singer 2017」でした。
第1回で歌ったのが、フランス語の「S.O.S d’un terrien en détresse」です。
ディマシュは後年の取材で、22歳の自分は短期間で番組を去ると思われていたものの、決勝まで進み、初めて中国語でも歌う機会を得たと振り返っています。

「S.O.S d’un terrien en détresse」Singer 2017・第1回の番組歌唱映像。

その自信は、中国の番組だけで得たものではありません。
2025年にキルギスを訪れた際、本人は、若い頃に出た国際音楽祭「Meikin Asia」が、自信を持ち、もっと大きな目標へ向かう経験になったと語っています。
4、5歳からピアノや歌、ソルフェージュ、合唱を学んできた音楽教育に、実際の大舞台で人へ届ける経験が重なっていました。

ただ、本人が目指していたのは、もともと一つのジャンルに収まる歌手像ではありませんでした。
アスタナ・オペラから誘いを受けたときにも、いろいろなジャンルを歌いたいと考えていたといいます。
自分のコンサートなら、オペラを歌いたいときには歌える。
2024年の取材で話したその自由への思いは、曲の選び方を考える手掛かりになります。

2017年11月19日、アメリカン・ミュージック・アワードに登場したディマシュ(AP Photo)
2017年11月19日、アメリカン・ミュージック・アワードに登場したディマシュ(AP Photo)。
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2024年、ブルースやR&Bの流れへ声を置く

「When I’ve Got You」では、ディマシュ自身が以前から試したかった方向が形になりました。
制作を共にしたドミトロ・ゴードンによると、本人が望んだのは、ブルース、ジャズ、ロック、R&Bの境目にある曲です。
ゴードンは、新しい方向へ踏み出す作品で、従来のファンにとっても異なるものになると受け止めていました。

「When I’ve Got You」公式MV(2024年)。

重いドラムやギター、ピアノにオーケストラも重ね、リズムのうねりと映画のようなスケールを両立させるのが制作側の狙いでした。
壮大な編成と、ブルースなどのリズムが一緒にある曲を、自分のレパートリーへ加える。
ここでは、どんな音楽の流れの中で自分の歌を聴かせたいかを、本人が制作の初めから選んでいます。

「Smoke」では、声から伴奏を作り、言葉のないサビを選ぶ

ゴードンと新しい曲を作り始めた2023年の話からは、歌手としての要望が、具体的な制作へ進んでいることが分かります。
2024年に発表した「Smoke」は、ディマシュが持ってきた歌の旋律を、その場で歌って聞かせるところから形になりました。
ゴードンはその声を受け、どんな音で支えるかを探しています。

二人が話し合ったのは、言葉のない旋律なら、言語が違う人も口ずさめるということでした。
そこでディマシュは、サビをヴォカリーズ、つまり歌詞を使わず声で歌う旋律にすることを選びます。
いくつもの言語で歌ってきた人が、ここでは言葉を置かない部分を作り、歌の届け方を広げたのです。

「Smoke」公式パフォーマンス映像(2024年)。

編曲を聴いて気に入ると、カザフスタンの弦楽器ドンブラの音も思い浮かび、次の機会には楽器をスタジオへ持ち込んで、そのパートを作りました。
帰国後も制作は続き、歌詞が決まってから歌を録音し、ゴードンへ送っています。
本人の旋律から伴奏へ、伴奏から次の発想へと、歌と楽器の間を行き来して完成させた曲でした。

ゴードンによれば、「Smoke」は「When I’ve Got You」より楽器が少ないのに、自分の制作時間は倍以上かかったそうです。
一つ一つの音が前に出る分、どの音を選ぶかの重みが増したからでした。
新しい曲調へ声を乗せる挑戦には、声の周りに何を残すかを、細かく確かめる過程もありました。

2025年、長く育てた「Love’s Not Over Yet」も届ける

新しい方向を試す一方、クラシカルな大きな曲も育ち続けていました。
「Love’s Not Over Yet」は、2017年にフラヴィアン・コンパニョンとドミニク・ブルスが、ディマシュの声のために書き始めた曲です。
コンパニョンが思い描いたのは、「S.O.S」のように、ディマシュの声の大きな可能性を生かす曲でした。
しかし、最初の案がそのまま完成したわけではありません。

ウォルター・アファナシエフが制作に加わり、音や和音の組み方が変わり、サビにも手を入れ、新しい展開となるブリッジを作りました。
2020年にはパリでオーケストラを録音し、ロサンゼルスにいるアファナシエフが遠隔で監修しています。
最初の発想を、声だけでなく曲全体の展開として磨き直していったのです。

2025年10月掲載のNuméro Netherlands本人取材で紹介されたディマシュのステージ写真
2025年10月掲載のNuméro Netherlands本人取材で紹介されたディマシュのステージ写真。
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最終的な歌の録音では、本人は曲の届け方を理解していたと評価される一方、英語の発音は時間をかけて整えました。
歌詞にも修正が加わり、2025年に公式MVが公開されています。
長年温めた曲を仕上げるには、大きな旋律を歌えることに加え、言葉まで納得できる形へ近づける作業が必要でした。

「Love’s Not Over Yet」公式MV(2025年)。

以前から自分の声に期待されてきた表現を、時間をかけて一曲に仕上げる。
新しい音楽を試す活動と、こうした壮大な歌を届ける活動が、同じ時期に並んでいるところにディマシュらしさがあります。
ゴードンはこの歌の録音にも立ち会っており、壮大な曲と新しい試みは、制作する人たちの間でもつながっていました。

2026年公開の「Living for the Game」では、録音した声がリズムの一部にもなる

「Living for the Game」の制作は、ベースの音から始まりました。
当初はK-POPを意識した方向でしたが、ディマシュがサビを書くと、それまでの部分とは異なる勢いが生まれたといいます。
本人はサビも当初の方向へ合わせて書き直そうとしましたが、ゴードンは、その魅力を変えてしまうのは惜しいと考えました。
そこで二つの流れを共存させ、サビにはロックの要素を加えることにしたのです。

「Smoke」で言葉のない旋律を選んだ時のように、ここでも曲の形は、最初から一つの型に決まっていたわけではありません。
作る中で生まれた良さを共同制作者が受け取り、本人の案にも働きかける。
声をどう見せるかが、やり取りの中で変わっていく様子がうかがえます。

さらに面白いのが、デモ録音中にディマシュが即興で出した、クリックのような声の音です。
制作側はその場で音を取り込み、トラックの中にも使いました。
長い旋律を歌う声に加え、短い音でリズムを作る声まで作品の材料になっています。

2026年には「Voice Beyond Horizon」の番組歌唱映像も公式公開され、歌とダンスを組み合わせて届ける姿を見せました。
録音の中で短い声を音楽の材料にすることと、ステージで身体を動かして歌を届けること。
声の使い方を広げる挑戦が、制作と実演の両方へ及んでいます。

ディマシュは、自分の音楽を語る際、曲が求める感情に沿ってジャンルを組み合わせると話しています。
「S.O.S」で知った声を、その後の曲で聴き直すと、壮大な旋律、言葉を運ぶリズム、トラックに残す短い声の音へと、使い方が広がってきたことに気づきます。
その変遷を動かしているのは、自分の声で次に何を作りたいかという具体的な選択です。

曲ごとの歌声の組み立ては、ディマシュの歌い方で詳しく扱っています。

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