『キン肉マン』の主題歌「キン肉マン Go Fight!」を思い出すとき、メロディーの前に、短い一声が浮かぶ人もいるでしょう。ところが、その冒頭の掛け声は、当初から歌詞にあったわけではありません。串田アキラは、歌い出しに勢いがほしいと考え、作り手たちと相談する中で後から加えたと話しています。
長い旋律を歌う前に、なぜその一声が客席まで動かすのか。答えは単なる大声ではありません。本人の言葉、共演者の証言、別の作品での歌への向き合い方から、歌の始め方と相手への渡し方を見ていきます。
歌が始まる前に、客が入れる場所を作った
「キン肉マン Go Fight!」には、力強い主旋律の前に、一緒に叫びたくなる短い掛け声があります。串田によれば、その部分は元の歌詞にはなく、曲頭に勢いをつけたいと考えて加えたものです。だから、歌い出しの飾りというより、曲を始める合図として働きます。歌手が先に声を出し、聴く人はその短い形を覚えて次に参加できる。長い歌詞を知らなくても入れる場所が、曲の入口にあります。
串田は、その言い方にもこだわります。『キン肉マン』の声優・神谷明が語ったところでは、串田は「マッスル」ではなく「マッソー」だと強く主張していました。本人の説明は、前者で止めると勢いが出ない、というものです。英語として正しく発音することが目的なら、そこまで執着する必要はないでしょう。ここで優先したのは、歌の中を前へ走る短い響きです。
神谷はさらに、ステージの客もその言い方で合いの手を返すと驚いています。串田の癖を客がただ真似した、というだけではありません。歌い手が一声の形を決め、それが大勢に渡って、会場で同じ合図として機能する。本人が録音で工夫した小さな部分が、ライブでは客の声を呼び込む場所になりました。
この掛け声に、正しい発声法という単一の答えがあるわけではありません。重要なのは、本人がどこで勢いが切れると感じ、どう言い直したかです。曲の顔になる短い言葉を、聴く人が次に口にできる長さと形にまで絞った。その選択が、主旋律に入る前から作品の熱を共有させています。
強い声を、何のために使うのか
掛け声が大きければ、いつでも人を巻き込めるわけではありません。串田はヒーローソングについて、強く押すだけでは足りず、優しさをどこかで感じさせたいと語っています。『宇宙刑事ギャバン』の録音を振り返るときも、勇ましい言葉と問いかける言葉で気持ちの置き方を変えたと説明しました。声を張ることは手段であり、作品の主人公が誰に向けて話すのかが先にあります。
『キン肉マン』では、本人がまっすぐ歌う声に、主人公を茶化すようなコーラスが重なりました。串田はその完成形を知らず、最初は驚いたそうです。それでも作品の楽しさとして受け取った。歌手一人で勇ましさも笑いも全部演じるのではなく、自分の声を中心に置きながら、別の声が入る余地を残す。冒頭の掛け声が客に渡ることと、曲中のコーラスが主旋律に応えることは、どちらも一人で歌を閉じない構造です。
ここでの「優しさ」は、小さな声で歌うことと同義ではありません。勢いを与える言葉は強く、相手の心へ届く言葉には別の表情を選ぶ。ヒーローをただ威圧的に見せず、聴く人がついて行ける人物として歌う。その考えが、掛け声にも主旋律にも通っています。
会場を一つにするには、観客が返せる言葉がいる
串田はデビュー50周年のライブを語った際、これまで歌ってきた曲を客と一緒に歌い、会場全体で楽しみたいと話しました。歌を最後まで聴かせるだけでなく、客が声を返すことを公演の喜びにしています。本人が『キン肉マン』の掛け声を大切にする理由も、ここから分かりやすくなります。曲を知っている人が一緒に入れる入口を、自らの歌い方の中に持っているからです。
それは言葉だけの理想ではありません。かつて子ども向けのディナーショーで高いステージに立ったとき、串田は途中で舞台を降り、子どものそばで歌ったと振り返っています。スタッフから舞台へ戻るよう言われても、離れたところで歌って帰るだけでは子どもが寄ってこない、と考えたのです。すると終演後には子どもたちが話しかけてきた。歌の上手さを見せる位置と、相手が参加したくなる距離は、同じではなかったのでしょう。
別の屋外公演では、司会者が呼んでも子どもが前へ来なかったため、自分で少し挑発するように声を掛けたと語っています。子どもたちが集まると、今度は一緒に歌うよう促した。優しく静かに呼びかけるだけが、ここでいう優しさではありません。目の前の相手が何に反応するかを見て、歌い始めるきっかけを変えることです。冒頭の掛け声が曲中の入口なら、舞台を降りて声を掛けるのはライブそのものの入口でした。
『機界戦隊ゼンカイジャー』の挿入歌「ダイヤル回せ! ゼンリョクゼンカイオー」についても、串田は短く繰り返す「決めろ」の箇所で、みんなが応えて一緒に歌ってくれるように感じたと語っています。この曲をめぐる説明は、「マッソー」と同じ語感にしたという話ではありません。覚えやすい短い言葉なら、客が返せる。別の作品で、その関係をもう一度自分の言葉で説明しているのです。

もちろん、客が実際にどう歌うかは会場ごとに違います。それでも串田が目指すのは、聴く人を置いてけぼりにしない歌です。子どもにも大人にも届けたい、強さだけでなく優しさも入れたい、共に歌える公演にしたい。そうした本人の発言を並べると、短い掛け声へのこだわりは偶然の思いつきで終わっていません。
「歌い切る」ための身体も、客への約束
『キン肉マン』の曲を待っている客を落胆させたくない。串田はそう話し、弱々しくは歌えないから筋力トレーニングを続けていると語りました。これは特定の発声筋を鍛えると音域が広がる、といった一般的な練習理論の証明ではありません。あの曲をその場で歌い切るために、自分の身体を保とうとする本人の考えです。
長い曲「あっぱれ!ジモトがイチバン!!」では、同じ旋律が続かないので正確に歌い続けるのが大変だとも語っています。短い掛け声なら勢いだけで済む、と本人が考えているわけではないのです。覚えやすい一声と、最後まで崩さずに届ける長い曲とでは、求められる準備が違う。彼にとって大切なのは、どちらも客の前で「歌い切る」ことです。
歌い方の核を声量だけに置くと、掛け声は単なる絶叫に見えます。けれども本人は、言い方を選び、客が返せる入口を作り、曲の人物を強さだけで終わらせないようにしています。その選択を支えるために歌い続ける身体を用意する。『キン肉マン』の一声が客席を巻き込むのは、一瞬の音量より、その前後に歌う相手を想像しているからでしょう。
なぜ串田がヒーローの歌で強さと優しさを考えるようになったのか。その道筋は串田アキラの歌声の変遷でたどれます。

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