ささきいさおの歌声の変遷|ロカビリーから「ヤマト」の再録、堀江美都子との新曲まで

ささきいさおの公式アーティスト写真 ささきいさお
ささきいさお。写真:日本コロムビア掲載

2018年、ささきいさおは「宇宙戦艦ヤマト」を『宇宙戦艦ヤマト2202』のために再び録音しました。
その際、2012年の『宇宙戦艦ヤマト2199』版を振り返って、「きれいに歌いすぎたかもしれない」と話しています。
長く歌ってきた代表曲なのに、なぜもう一度、荒々しさを取り戻そうとしたのでしょうか。

ロカビリーに憧れてデビューした人が発声を学び直し、作品ごとに声を使い分け、同じ「ヤマト」にも別の答えを出す。
その積み重ねをたどると、変えた歌い方と、変えたくなかったものの両方が見えてきます。

1960年のロカビリーから、発声を学び直すまで

ささきは1960年、「和製プレスリー」としてロック歌手デビューを果たしました。
エルヴィス・プレスリーが好きで歌手になったという本人は、後年、当時の自分の録音を聴くのが恥ずかしいとも語っています。
最初から、のちの「宇宙戦艦ヤマト」を歌える声と技術が完成していたわけではありません。

ロカビリーの人気が過ぎた後は、演劇やミュージカルの舞台に立ちました。
その時期、作曲家の島田敬穂から、発声を基礎から習うよう勧められます。
ささきの回想では、それは20代後半から30代前半のこと。
舞台の仕事を続けながら歌手としての基礎を身につけ、次にアニメの歌との出会いが訪れました。
デビュー時の録音についての本人の厳しい自己評価と、学び直した後の歌を一続きに見ると、低音の主題歌が突然生まれたわけではないことが分かります。

1973年から、作品ごとに違う声の出し方を覚えた

1973年の『新造人間キャシャーン』が、ささきにとって最初のアニメ主題歌でした。
その前年には『科学忍者隊ガッチャマン』のコンドルのジョーを演じています。
幼稚園に通う子どもがその仕事を喜んでいたため、今度はアニメの歌も歌う姿を見せたいと思ったそうです。
子ども向けの歌へ進むことに、本人は抵抗を感じていませんでした。

本人は、アニメの歌には歌謡曲調、フォーク調、行進曲調など、さまざまな曲があったと振り返ります。
ひとつの得意な歌い方をどの曲にも当てはめるのではなく、曲によって声の出し方を変える。
その工夫を覚えてから、歌が面白くなったそうです。

ささきの回想によれば、昔の歌を知っていた作曲家の菊池俊輔も、『キャシャーン』の歌のテストを聴いて上達を認めたといいます。
学び直した基礎を実際の仕事へ結び付け、それまでと違う曲でさらに工夫を重ねる時期が始まりました。

翌1974年には「宇宙戦艦ヤマト」を歌います。
のちに代表曲となる低い出だしには、歌手の選び直しや、作曲家とプロデューサーの異なる注文がありました。
ささきはロカビリーで始めた声を、作品の求める曲へ合わせられる歌手になっていたのです。
録音時の譜面や歌唱指示から、あの低音と勢いがどう両立したかは、ささきいさおの歌い方で詳しく扱っています。

一方、アニメや特撮の歌へ進んでも、ロカビリー時代を捨てたわけではありません。
1975年の『秘密戦隊ゴレンジャー』のエンディング曲では、プレスリーを意識して歌ったと本人が語っています。
家族から、子ども向けの番組なのにそんなに色っぽくていいのか、と言われたほどでした。
「ヤマト」の勇壮さと「ゴレンジャー」の遊び心を、同じ歌手が作品に合わせて選んでいたのです。

2012年の「ヤマト2199」を、本人は後からどう振り返ったか

『宇宙戦艦ヤマト2199』では、ささきが新たに主題歌を歌い、2012年にシングルが発売されました。
編曲は、原曲を作った宮川泰の息子・宮川彬良が担当。
発売元は、原曲の形を忠実に再現する作品として紹介しています。
かつての代表曲を、新しい作品のためにもう一度録る機会でした。
それから数年後、次の『2202』版を歌う際、本人は『2199』版について、少し丸くなり、きれいに歌いすぎたかもしれないと振り返りました。

歌い慣れた曲を整えて歌うことはできても、次の作品では同じ表現が求められるとは限りません。
かつて歌った主題歌の形を守るだけでは終わらない問いが、もう一度生まれていました。

2016年、過去を歌うだけでなく、新しい曲にも向き合う

『2199』と『2202』の間にも、ささきは新曲を歌っています。
2016年のデビュー55周年作品「今の向こうの今を」は、ささきのファンだった畑亜貴が作詞した曲です。
畑はこれまでの歩みをたたえるだけでなく、その先を見つめる言葉を託そうとしました。
ささきも、周年作品が過去を振り返るだけにならなかったことを喜んでいます。

本人によれば、新しい作家の曲には昔とは違う細かな譜割りや予想外の転調があり、かなり練習が必要でした。
年を重ねた今の自分が、若い作家の曲をどう解釈するかを、改めて考える仕事でした。

このシングルの録音を振り返ると、初めに力強く歌ってみたものの、本人にしっくり来なかったそうです。
次は柔らかく歌い、そこへもう少し男性的な表情を求める注文を受けて、歌の方向を定めていきました。
畑は力を出し切らない余裕が言葉を届かせると考え、ささきも、歌いすぎないことの大切さを実感しています。

一方、同じシングルに入った「始まりは何度でも」では、畑の提案でプレスリーを意識した歌い方を選びました。
詞がしっかりしているから歌では遊べる、と本人は考えたといいます。
『ゴレンジャー』でも使ったロカビリー由来の表情が、新しい作家との曲でも求められたのです。
学び直すとは、昔の持ち味を消すことではなく、それを使える場面を増やすことでもありました。

同じ年、長く歌ってきた「ヤマト」については、若い頃は力をぶつけるばかりだったが、今は歌を受け止め、必要なところで力を出すと説明しています。
新曲では新しい旋律や言葉を覚え、持ち歌ではどこに力を置くかを選び直す。
二つは別の課題ですが、どちらにも、昔の自分をそのまま繰り返さない姿勢があります。

2018年、同じ「ヤマト」に荒々しさを選び直した

『宇宙戦艦ヤマト2202』の第四章では、制作側から最初に「ヤマト」を歌ったときのような感じを求められました。
ささきは『2199』版をきれいに歌いすぎたかもしれないと考え、今度は何かへ立ち向かって旅に出るような荒々しさと勇壮さを意識した、と作品公式の対談で話しています。

同じ対談で、編曲した宮川彬良は、作品の展開に合わせて楽器を加え、テンポも変えたと説明しました。
第四章以降に描かれる、個人や国家を越えた愛について、羽原信義監督が持っていたイメージに寄り添う編曲でした。
テンポも、最初のテレビ版や『宇宙戦艦ヤマト2』のものに合わせたといいます。
新しい物語の方向と、初期の曲が持っていた勢いを、演奏と歌の両方で結び直す仕事だったのです。

その中で、ささき自身も歌に込める力の向きを変える選択をしています。
2012年の歌が間違いで2018年が正解というより、同じ主題歌を新しい作品へ渡すたびに、何を前に出すかを考え直したのです。

2018年のアニソンライブで両腕を掲げるささきいさお
2018年のアニソンライブでのささきいさお。
写真:ふたまん+掲載

2021年、堀江美都子との新曲では「合わせ方」に悩んだ

さらに2021年、ささきは堀江美都子と「全界合体!ジュラガオーン」を録音しました。
『機界戦隊ゼンカイジャー』のための新曲です。
二人は長くステージをともにしてきましたが、ささきは新しい曲で相手のフレーズをどう受け、次へつなぐかをつかむのが難しかったと話しています。

録音中、堀江はある音をもう少し伸ばす案を出し、ディレクターも二人の歌い方を寄せるよう求めました。
ささきは当時、人前で歌う機会が少なく、自分一人の発声練習では限界まで声を使わなくなるとも説明しています。
かつての曲を一人で歌い続けるのとは違う、新曲で相手の声と響きを合わせる仕事がここにありました。

言葉の出し方にも、小さな変更がありました。
慣れている鼻濁音をなるべく使わず、「ガ」をはっきり濁らせるよう求められ、初めは戸惑ったといいます。
長年の習慣をそのまま当てはめず、曲名にも入る「ジュラガオーン」の音を、今回の歌に合う形で出す。
共演者に合わせるだけでなく、一つの子音の扱いまで新曲に応じて選び直していました。

2025年の65周年記念盤には、1970年代の主題歌から「今の向こうの今を」、この2021年のデュエットまでが収められました。
さまざまな時期の作品を集めたベスト盤で、収録曲をすべて2025年に歌ったわけではありません。
それでも収録曲を年代順に見れば、ロカビリーから学び直した声が、作品ごとの歌い分けを経て、同じ「ヤマト」の再録と新しい共演へ進んだ道筋が見えます。

ささきいさおデビュー65周年記念ベストコレクションのジャケット
2025年発売『ささきいさお デビュー65周年記念 ベストコレクション』のジャケット。
日本コロムビア掲載

ささきいさおの変遷は、代表曲を持った時点で止まっていません。
『2199』の歌を本人が見直し、『2202』では荒々しさを選ぶ。
その間には新しい作家の歌を練習し、後にはデュエットの相手と一音の長さを相談する場面もありました。
昔の録音を守りながら、次に歌う曲と相手に合わせて選び直すことが、長く続く歌の中身なのです。

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