YUKA(moumoon)の歌い方|「Sunshine Girl」だけでは分からない声の表情

moumoonのYUKA YUKA(moumoon)

YUKAの歌い方を一言で「優しい声」と呼ぶと、『Sunshine Girl』には似合っても『ハレルヤ』には足りない。
moumoonの曲では、同じ歌手が声を小さく置く場面も、気持ちを開いて歌う場面もある。
違いを生むのは単に高い音を出せるかどうかではなく、歌詞が描く人と、その曲に用意された音の空間をどう扱うかだ。
声を張らずに歌うための響きの研究や、自然に出たデモの表情を残す録音にも、その選択は表れている。

『Sunshine Girl』は、声を張る前に余白を作る

『Sunshine Girl』は明るい曲だが、迫力のある歌声を上から乗せて押し切る設計ではない。
YUKAは制作時、楽器の音やボーカルの入れ方を研究し、音数の少ないミックスの中に歌が現れる心地よさを学んだと語っている。
取材者がこの曲を「ウィスパーボイス」の印象と結び付けたのも、声だけでなくその置かれ方を考える手がかりになる。

歌を聴くときは「ずっと小声か」に注目するより、短い言葉が伴奏の間に入るところを追うとよい。
軽やかさは息の量だけの成果とは言い切れず、声の前後に楽器を詰めすぎない制作と一緒に成立している。
曲の空いたところへ言葉をきちんと届ける、という選択をまず理解したい。

この曲の歌唱について、YUKAは最初にさらりと歌ったデモの声がいちばんよく、それに近づけるよう意識したとも説明している。
何度聴いても気持ちよいことを重視した録音だった。
完成版を作るからといって、声をより強くしたり、語尾を大きく飾ったりする方向へ進めるとは限らない。
最初に出た軽さを、改めて歌うときにも保つことが、この曲では目標になったのだ。

moumoonのYUKA
2018年のライブで歌うYUKA。
写真出典:BARKSの2018年ライブ写真

『moonlight』では、同じ柔らかさでも曲の光が違う

2010年の『moonlight』は、『Sunshine Girl』と近い時期に発表されたが、歌詞の舞台は昼の開放感ではなく夜の時間だ。
YUKAは当時、moumoonには音数の少ない曲も歪んだギターの曲もあり、秋冬には切なさを出したいと語っている。
柔らかい声のままでも、曲の景色に合わせて引き受ける感情は変わる。

『moonlight』のタイトルを知ったうえで『Sunshine Girl』へ戻ると、どちらも強く叫ぶことを主題にしていないのに、同じ人物の歌として異なる色を持つ理由が分かりやすい。
歌うときは、一語ごとに大げさな抑揚を付けるより、詞の場面を先に決める。
YUKAは制作時、主人公が見ているものや性格について、MASAKIと話し合うことが多かったという。
同じ優しさでも、誰が何を見ている場面なのかを共有してから歌へ進んでいる。

その一方で、声の出し方も具体的に試していた。
『moonlight/スカイハイ/YAY』の取材では、音数を減らした曲は、厚い伴奏の中で歌うときとまるで発声の感覚が違うと述べている。
録音しながら、どのように響けば伴奏の中で華やかに聴こえるかを少しずつ研究し、この作品ではあまり声を張らずに歌ったそうだ。

小さく歌えば自動的に繊細になる、という説明ではない。
周りの音を聴き、自分の声のどんな響きが曲に合うかを確かめた結果として、張りすぎない歌を選んでいる。
声量を抑えることと、声の存在感を保つことを、同時に考えていたと読める。

『Chu Chu』は、主人公の気分まで引き受ける

『Chu Chu』の取材でYUKAは、楽曲と歌詞を作っている間ずっと楽しい気持ちで、その気分へ振り切って歌ったと説明した。
明るい曲を「明るく歌う」という一般論より具体的なのは、歌詞に書いた女の子と歌う自分の気持ちが重なる、という話だ。
別の取材箇所でも、歌詞の世界に入ると自分の状態までその曲に引き寄せられると語っている。

ここでは発音や高音の技だけでなく、主人公が何を楽しんでいるかが歌の輪郭になる。
『Sunshine Girl』と『Chu Chu』はどちらも親しみやすいが、前者は音の余白に声を置く面白さ、後者は楽しさをためらわず前に出す面白さがある。
二曲を同じ「かわいい声」にまとめると、YUKA自身が曲ごとに選んでいる役柄が見えなくなる。

moumoonのYUKA
2022年のライブで歌うYUKA。
写真出典:Billboard JAPANの2022年ライブ写真

『ハレルヤ』では、柔らかい声の印象だけでは足りない

2011年のインタビューで取材者は、『Sunshine Girl』のささやくような歌に対して、『青い月とアンビバレンスな愛』の感情の深さや『ハレルヤ』の開放的な高音に驚いたと話している。
YUKAはその反応を否定せず、明るい曲から入った人に苦しく切ない曲も聴いてほしい、と応えた。
声の種類を変えたというより、一人の歌手に複数の歌い方が共存することを知ってほしかったのだ。

『ハレルヤ』についての反応から見えるのは、高い音を含む開放的な歌も、YUKAの表現の一部だということだ。
柔らかく抑える選択を知ったうえでこうした曲に向き合うと、声を開く場面との対照が分かりやすくなる。
声を張る曲だけを基準にして『Sunshine Girl』の柔らかさを未完成としないし、逆も同じである。

録音する場所にも、歌へ入るための工夫がある

歌詞の景色へ入るという話は、録音する環境にもつながる。
2025年4月の本人の日記には、新曲のデモをハンドマイクで録り、本番では録音用のU67の前に立ったことが記されている。
その瞬間に背筋が伸び、気持ちが入ったと振り返っており、マイクの前に立つ時間そのものを特別に感じていた。

その日のボーカルブースには、MASAKIが満月のライトを用意していたという。
YUKAはその月を見上げ、心が和らぐ中で歌えたと書いている。
曲については、温かさや希望に加え、切なさや儚さもあると説明していた。
明るい曲だから一つの明るい表情だけで歌う、という単純な取り組みではない。

この日記で曲名は明かされていないが、本人がどんな状態で歌へ向かったかは具体的だ。
デモで生まれた歌を本番のマイクへ持ち込み、曲の景色を感じられる場所で声にする。
『Chu Chu』で主人公の気持ちに入り込む話と合わせると、YUKAにとって歌唱の準備は、音程を覚えるところだけでは終わらないと分かる。

YUKAらしさは一つの声色では決まらない

曲によって異なる主人公を迎え入れながら、言葉を自分の歌として届けることがYUKAの核にある。
静かなミックスの中で言葉を置く『Sunshine Girl』、夜の情景を持つ『moonlight』、楽しさへ踏み込む『Chu Chu』、大きく開く『ハレルヤ』。
一曲の印象で歌手全体を決めず、曲が変わるたびに何を選んだかを見ると、その声の幅が分かる。

昔のデモを歌い直した経験や、何度もライブで歌ううちに録音の表情が変わった経緯は、YUKAの歌唱変遷で詳しく扱っている。

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