プリンスの歌声の変遷|一人で重ねた声から、客席と歌うピアノへ

2008年、コーチェラのステージに立つプリンス シンガー
penner / CC BY-SA 3.0

プリンスの初期の歌を聴くと、高いファルセット、いわゆる裏声がまず耳に残ります。
1979年の「I Wanna Be Your Lover」も、明るく軽やかな高い声で、恋の相手に自分の気持ちを伝える曲でした。
その声は、後年の多彩な歌い方を知ってから戻っても、すぐプリンスだと分かる魅力を持っています。

ただ、彼の歌の歩みは、その高音が年齢とともにどう変わったかだけでは語りきれません。
録音では別人のような声まで作り、ライブでは昔の曲を観客との会話に変えていきます。
同じ「How Come U Don’t Call Me Anymore」でも、1982年の録音と2002年のライブでは、歌の進め方が違います。
晩年のピアノ公演までたどると、声の高さに加えて、曲の形や聴き手とのやり取りも、彼の歌を変えてきたことが分かります。

初期の高い声は、本人にもなじんだ歌い方だった

「I Wanna Be Your Lover」の高い声には、軽さがあります。
甘い旋律を、重く押し出す声で歌い上げるのではなく、弾む演奏に乗って素早く歌っていく。
相手を振り向かせたい歌なのに、深刻なお願いだけにならないところが、この曲の楽しさです。

初期のプリンスを支えたマネージャー、オーウェン・ハスニーも、出会う前にデモを聴いたとき、その高い歌声に強く引かれたと振り返っています。
いくつもの楽器を一人で演奏していることに驚いたあと、ファルセットが入ってきた。ハスニーが受け取ったのは、器用さだけでなく、思わず抱きしめたくなるような無防備さでした。
まだ本人に会っていない段階で、声が先に人柄を想像させていたわけです。

プリンス自身は、1983年に『Musician』に掲載された取材で、初期に低い声で歌おうとすると痛みを感じ、ファルセットのほうが歌いやすかったという経験を話しています。
ここから、あの声のすべてを身体的な理由で説明することはできません。
それでも、奇抜な個性を見せるためだけに選んだ声と考えるより、本人にとってなじみのある歌い方が、そのまま強い個性になったと受け取ると、初期の歌が少し身近になります。

1982年、ピアノと声だけでも感情をふくらませる

1982年の「How Come U Don’t Call Me Anymore」は、電話をくれなくなった相手を思う歌です。
踊るための大きなビートを期待すると、ピアノが中心の伴奏は、ずいぶん小さく感じられるかもしれません。
けれども、歌まで小さく収まっているわけではありません。

高い声を柔らかく伸ばしたかと思うと、相手へ訴える勢いが強くなり、声の重なりも加わります。
そのまま静かに諦める歌にはならず、問いかけを繰り返すほど、寂しさに切実さが加わっていく。
「I Wanna Be Your Lover」の身軽な高音と比べると、同じ高い声にも、かなり違う役割があることが分かります。

この頃のプリンスは、重ねる歌声も自分で作る音楽家でした。
1980年代に録音を担当したエンジニア、スーザン・ロジャースによると、まず主役の歌を録り、そのあとでハーモニーになる声を一つずつ加えていきます。
一人で歌っていても、最終的な録音の中では、複数の声が主役を支えられるのです。

後に公開された『Piano & A Microphone 1983』には、翌1983年に自宅でピアノを弾きながら歌った録音も残っています。
「Purple Rain」などを完成したステージの形とは違う状態で歌う、私的なリハーサルでした。
晩年にピアノを選んだ姿を知っていると、ずっと前から、この楽器と歌だけで曲を試す時間があったことにも興味を引かれます。

1986年、ブリュッセルでステージに立つプリンス
1986年、ブリュッセルでステージに立つプリンス。写真:Yves Lorson / CC BY 2.0

1980年代後半、歌い分けるだけでなく、録音で声を変える

一方で、プリンスは声の使い方を、自然な高低の切り替えだけにはとどめませんでした。
1987年の『Sign O’ The Times』に収められた「If I Was Your Girlfriend」では、細く、少し現実離れした歌声が聞こえます。
これは、単にいつもより高い裏声で歌った結果ではありません。

ロジャースの説明では、テープを遅く回した状態で歌を録り、通常の速さで再生することで、声の高さや質感を変えていました。
録音した声を速く再生すると、声も高くなる。その仕組みを使い、プリンスはカミールという別名でも知られる声を作ったのです。
本人の喉から出る声と、レコードから聞こえる声が、ここでは意識的に変えられています。

この曲の主人公は、恋人が友人には見せる姿を、自分にも見せてほしいと願います。
親しいはずなのに、まだ入っていけない部分がある。そんなもどかしい歌に、普段の話し声とは違う、どこか不思議な声が重なります。
プリンスが別の人物を演じているようにも聞こえるのは、歌詞の設定に加え、録音そのものが声の印象を変えているからです。

「Kiss」で高い声から低い声へ切り替える方法とは、別の工夫です。
そちらの歌唱の組み立ては、プリンスの歌い方で詳しく取り上げています。
年代の違うプリンスを比べるときには、声が高く聞こえる理由が、歌い方なのか、録音の工夫なのかでも、話が変わってきます。

2002年、昔の歌を、目の前の観客とのやり取りに変える

声を重ねたり加工したりする録音に対して、ライブには、その日の観客がいます。
2002年の『One Nite Alone… Live!』に収められた「How Come U Don’t Call Me Anymore」は、1982年の歌がステージでどう育ったかを楽しめる演奏です。
原曲から20年後のプリンスは、曲の最後まで、レコードと同じ順序で同じ気分を保とうとはしていません。

ピアノから始まる演奏にバンドが加わり、強い叫びに達したあとにも、歌はさらに続きます。
後半ではリズムを弾ませ、ゴスペルを思わせる節回しで歌い直していく。最初の旋律を歌い終えたところが、公演では新しい展開の始まりになります。
原曲の寂しさを残しながら、歌を続けること自体の楽しさも増えていく演奏です。

しかもプリンスは、その途中で観客に声をかけます。
レコードの中で電話を待っている人物のまま、最後まで閉じこもってはいない。目の前の客席を見て、冗談を挟める歌手でもあります。
一人の失恋の歌だったものが、その場にいる人たちを巻き込む時間になるのです。

1982年の録音と比べて変わっているのは、声の調子だけでなく、曲の長さ、後半の進み方、聴き手に話しかける間の取り方です。
若い頃からプリンスはステージに立っていましたが、ここでは昔の短い曲が、バンドと客席のいる場所で、さらに長く展開できる歌になっています。

2016年、最後のツアーでピアノとマイクを選ぶ

2016年、プリンスは「Piano & A Microphone」の公演で、ピアノと歌だけのステージに立ちました。
2002年のバンドを交えたライブとも違い、自分が弾くピアノと、自分が歌う声で、曲を進めていく形です。
ギターの見せ場や大勢の演奏者がいなくても、彼の歌を待つ観客が会場を埋めました。

4月のアトランタ公演に居合わせたCNNのリサ・コックスは、プリンスが曲をメドレーでつなぎ、ピアノを弾きながら観客に話していたと振り返っています。
カバー曲から自分の曲へ移り、また戻ってくることもあったそうです。
決められた曲を一つずつ歌うだけでなく、演奏しながら話を広げられる形式でした。

同じツアーで歌った「How Come U Don’t Call Me Anymore」も、公式録音で残りました。
2026年発売の『Timeless』に収められたのは、2016年3月4日、オークランドのオラクル・アリーナでの演奏です。
アトランタの最終公演とは別の日ですが、この曲を最晩年まで歌っていたことが分かります。

アルバム制作側がこの録音について挙げている魅力の一つは、観客の歌声や拍手も聞こえることです。
若い日のプリンスが録音の中で自分の声を重ねたのに対し、ここでは会場にいる人たちの声が加わる。
一人でピアノに座る公演でも、聴こえてくる声まで一人だけにはならなかったのです。

2009年、パリのファッションショーに出席したプリンス
2009年、パリのファッションショーに出席したプリンス。写真:nicolas genin / CC BY-SA 2.0

高い声を持つ歌手から、声の使い道を広げる歌手へ

初期のファルセットは、プリンスの歌の大切な土台でした。
その高い声で恋を軽やかに歌うことも、ピアノに合わせて寂しさを訴えることもできる。
1980年代後半には録音速度まで使って声を変え、レコードごとに違う人物のような印象を作っていきました。

そしてライブでは、同じ曲を何年も歌いながら、長さや節回しを変え、観客へ話しかける余地を増やしていきます。
「How Come U Don’t Call Me Anymore」の1982年の録音と2002年のライブを並べる面白さは、若い声と年を重ねた声の違いだけにはありません。
電話を待つ歌が、目の前の人たちと過ごす歌へ変わっていくところにあります。

晩年のピアノ公演では、伴奏の人数は減っても、観客の歌声が加わりました。
曲をつなぎ直したり、演奏しながら話したりする自由も、そこにはあります。
高い声に驚かされて聴き始めた人が、何年もあとには同じ曲を客席で一緒に歌う。プリンスの長い活動は、聴き手と歌との付き合い方も広げていったのです。

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