Aimerの歌声はなぜハスキーなのに芯がある?ミックスボイスと声色を分析

Aimerの歌い方と発声 Aimer

Aimerさんの声は、不思議な矛盾を抱えています。
息が混じって輪郭がほどけているのに、メロディーはぼやけません。
静かな曲では耳元の独白のように聞こえ、激しい曲では大きな演奏の中央をまっすぐ進みます。

この声を「生まれつきのハスキーボイス」の一言で終えると、いちばん面白い部分を見落とします。
Aimerさん自身は、基本的にミックスボイスで歌い、曲によって地声と裏声の成分を変えていると説明しています。

つまり、あの声の正体は一種類の珍しい音色ではありません。
同じ声の中で、重さ、息、輪郭、距離を細かく動かし、曲ごとに別の人物が立ち上がるような聞こえ方を作っているのです。

その使い分けがよく分かる一曲が「春はゆく」です。

ハスキー声は、Aimerの「完成品」ではなかった

Aimerさんは15歳の頃、歌いすぎによって声が出なくなった経験を持っています。
沈黙の時期を経て戻ってきた声は、以前とは違う、甘さとざらつきを含む声でした。

ただし、この経歴を「喉を壊したから魅力的な声になった」という成功物語にしてはいけません。
声の不調は再現すべき方法ではなく、本人が長い時間をかけて向き合った出来事です。

重要なのは、その後に喉を守れる歌い方を探し、変化した声を表現の道具として育てたことです。
傷ついた声が偶然ヒットしたのではなく、戻ってきた声をどう扱うかという選択が、現在のAimerを作りました。

Aimerのハスキーな歌声

「息が多い」と「芯がない」は同じではない

Aimerさんの歌声を説明する時、ウィスパーボイスや息漏れ声という言葉がよく使われます。
確かに、語尾に息を残し、音の輪郭を柔らかくする場面は多くあります。

それでも、音程の中心まで息に溶けているわけではありません。
声の核は保ったまま、その周囲に息の膜を作るので、弱い音量でも言葉が消えず、近くで話しかけられているように聞こえます。

第三者の発声分析では、息の多さを重視する見方と、声帯の閉じ方やエッジの成分を重視する見方に分かれています。
説明が食い違うのは、Aimerさんがいつも同じ声で歌っていないからです。

柔らかい曲では息の層が目立ち、強い曲では声の芯が前へ出ます。
どちらか一方が本当のAimerではなく、その間を移動できること自体が特徴です。

息漏れ声と芯のある声の違いを知ると、息っぽさを単純な弱さと決めつけずに聞けるようになります。

地声か裏声かではなく、配分を変えている

Aimerさんは、自分の歌唱を基本的にミックスボイスと捉えています。
そのうえで、曲ごとに地声と裏声の成分比を変え、まっすぐ届く声と、薄いベール越しに届く声を使い分けています。

この説明は、「Aimerの高音は地声なのか、裏声なのか」という疑問への大切な答えです。
一曲を通して同じ声区に固定されているのではなく、歌詞と場面に応じて重心を動かしています。

「Ref:rain」では、声が強く前へ出るより、言えなかった感情が空気へにじむような距離感が生まれます。
一方、「残響散歌」では、リズムの速さと厚い演奏に埋もれないよう、音の輪郭と地声感がはっきりします。

それでも、低音の厚さをそのまま高音へ押し上げているわけではありません。
高い場所ほど声の重さを整理しながら、Aimerらしい息とざらつきを残しています。

ミックスボイスを一つの完成した声色だと思うと、この変化は理解しにくくなります。
ミックスボイスと地声の違いでも整理している通り、実際の歌では高さや表現に合わせて配分が動きます。

「きれいに歌う」ことが、いつも正解ではない

Aimerさんは、曲によっては自分が好ましく思っていなかった声の部分まで使っています。
逆に、個人的な癖をできるだけ抑え、美しい声そのものを探した歌もあります。

ここに、歌声を面白くする考え方があります。
歌手の個性とは、特徴的な癖を全曲へ同じ量だけ足すことではありません。

ざらつきを見せるのか、息を引くのか、輪郭を立てるのか、あえて自分らしさを薄くするのか。
その曲に必要な自分を選ぶことで、同じ声が別の表情を持ちます。

Aimerさんの歌を真似ようとして、語尾をすべてかすれさせると単調になります。
本当に特徴的なのはハスキーな表面より、どの瞬間にその表面を濃くし、どこで消すかという判断です。

Aimerのライブでの歌唱
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「残響散歌」で別人になったのではない

「残響散歌」は、それ以前の静かなAimer像と大きく違って聞こえます。
速いテンポ、鋭いリズム、華やかな演奏の中で、声は前へ出て、言葉の開始も明確です。

しかし、突然まったく別の発声を手に入れたわけではありません。
以前から持っていた配分の幅のうち、地声感、輪郭、勢いを強く見せる側へ針を振った曲と考える方が自然です。

同じ歌手が「カタオモイ」「Ref:rain」「残響散歌」を歌っていることに違和感がないのは、音色が違っても、息の流れと独特のざらつきが細く残っているからです。
変化の中に共通点があり、共通点の中に大きな変化があります。

この幅こそ、Aimerさんが長く聴かれる理由の一つです。
ハスキー声という記号だけなら一曲で理解できますが、次の曲では、その声が予想と違う場所へ連れていきます。

現在は、声を「音の中へ混ぜる」意識が深まっている

近年のAimerさんは、歌声を前面に置くだけでなく、一つの楽器として楽曲の中へ自然に溶け込ませる考えを語っています。
歌詞を届けるために声だけを突出させるのではなく、音色そのものが言葉を越えて感情を運ぶ状態を目指しています。

「太陽が昇らない世界」の録音では、感情があふれたライブに近い歌唱を残す一方、しゃくりを減らしたり、あえて音を下から当てない部分も作りました。
熱量を増やすことと、癖を増やすことを同じにしていません。

抑えた方が曲が強くなる場所では抑え、声が先に走るべき場所では感情を開く。
デビュー時から続く声色の選択が、現在はより細かくなっています。

Aimerの声を理解する鍵は、ざらつきより「選択」にある

Aimerさんの歌声は、珍しいハスキーボイスを持っているから魅力的なのではありません。
変化した声を守りながら、地声と裏声、息と芯、近さと遠さを曲ごとに選び直してきたから、同じ声で多くの物語を描けます。

静かな歌で見えるAimerも、強いロック曲で見えるAimerも、どちらも本物です。
一つの正体を暴くより、その間をどう移動しているかを聞く方が、歌はずっと面白くなります。

Aimerのような歌声へ近づくために必要なのも、声をかすれさせることではありません。
自分の声のどこを前へ出し、どこを引けば曲の感情が伝わるのかを考えることです。

その視点を持つと、ハスキーな一音の奥にある、Aimerさんの細かな選択まで聞こえてきます。

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