北山たけしさんの歌を説明するなら、低く力強い声、端正な節回し、北島三郎さん譲りの演歌魂という言葉が並びます。
どれも間違いではありません。
しかし、北山さん自身が「歌唱法を変える大きな挑戦」と語ったのは、高音でも長いこぶしでもなく、最初の一文字でした。
長年、歌い出す直前に小さな「ン」を置き、鼻へ響きを集めてから言葉へ入っていたそうです。
ところが歌手生活17年目、その助走を封印し、いきなり言葉の頭から声を出すよう求められました。
一拍にも満たない入口を変えると、一曲の人物まで変わる。
この出来事からたどると、北山たけしさんの魅力は「いつも同じ形でうまく歌えること」ではなく、身につけた型を壊してでも、曲の主人公を前へ出せることだと分かります。
北山たけしさんは、なぜ歌い出しに「ン」を置いていたのか
北山さんは、これまで「男はよ」と歌うなら、その前に小さく「ン」を挟む感覚を使ってきたと説明しています。
文字には現れない準備音を置き、鼻に響きを感じてから本来の言葉へ入る方法です。
歌の出だしは、まだ伴奏の中へ声がなじんでいない瞬間です。
いきなり母音を出すより、一度響きの場所を確かめてから入る方が、本人にとって声をまとめやすかったのでしょう。
しかも北山さんは、4歳頃から歌い始め、9歳で北島三郎さんの「風雪ながれ旅」を歌ってのど自慢に優勝した人です。
21歳からは8年間の内弟子生活を送り、師匠のすぐそばで息遣いや舞台の作法を学びました。
歌い出しの小さな癖も、思いつきではなく、長い経験の中で体へ入った型でした。
だからこそ、それを外すことは難しいのです。
長く使った助走をなくすと、声が裸のまま一音目へ出るような不安が生まれます。
それでも北山さんは、2021年の「風物語」で自分の歌い方を一度ゼロにしました。
「ン」を外すと、歌の人物が港へ踏み出した
「風物語」は、海で働く男と、帰りを待つ女性を描いた曲です。
作曲した浜圭介さんが求めたのは、言葉の前で響きを整える歌い方ではなく、最初の文字を頭から強く出す歌い方でした。
「男はよ」の前に助走を置かず、「お」の瞬間から声を前へ出す。
北山さんは、その一文字によって、これから命がけの漁へ向かう男の勢いや意志が表せたと振り返っています。
ここで面白いのは、声そのものが別人になったわけではないことです。
低く厚い音色も、演歌で育てた言葉の粘りも残っています。
変わったのは、聞き手が最初に受け取る印象です。
助走を置けば、言葉は内側からにじむように始まります。
頭から出せば、人物が一歩踏み出すように始まります。
発声は音をきれいにする道具だけではなく、歌の中で誰がどう動くかを決める演技でもあるのです。

低い声は、大江裕さんとのデュオで輪郭がはっきりした
北山さんの声は、北島兄弟で大江裕さんと並ぶと役割がよく見えます。
二人は同じ師匠のもとで学びましたが、声の個性は同じではありません。
「ブラザー」では、大江さんの高音と北山さんの低音をぶつけ合い、互いに吠えるようなロック演歌を作りました。
一方の「兄弟連歌」では、競争ではなく会話のように声を受け渡します。
北山さんの低音は、ただ低いだけではありません。
言葉の輪郭を崩さず、相手の高い声を受け止めるため、二人の歌に床を作ります。
ソロでは端正に聞こえる声が、デュオでは進行役のように働くのです。
北山さん自身も、大江さんの方が師匠に近い声質だと認めています。
似ていることを競わず、自分は低い側を引き受ける。
この判断があるから、北島兄弟は同じ型を学んだ二人の重唱ではなく、違う色を持つ二人の掛け合いになります。
うまさを見せる前に「技術へ逃げない」
北山さんは、デビュー前に師匠から、世の中にはもっと歌がうまく、いい声の人が大勢いると告げられました。
そのうえで、人を感動させるのはハートであり、客へ届ける思いを大事にするよう教えられています。
15周年の「津軽おとこ節」でも、民謡調の装飾を足す案を考えた北山さんに対し、求められたのは技術へ走らず、真っすぐ歌うことでした。
長く歌ううちに覚えた、自分なりに崩して楽に歌う方法も一度拭い去り、デビュー曲「片道切符」の頃へ戻っています。
熟練した歌手ほど、手元には選べる技術が増えます。
その多さを全部見せると、歌詞より歌手の腕前が先に見えることがあります。
北山さんの強さは、節回しを増やすことより、曲に必要でない手癖を外せる点にあります。
細川たかしさんの歌い方も、音の頭から声を出す考え方を知る比較対象です。
細川さんからも、ためて入る形だけでなく、頭から声を出す方法を覚えるよう助言されたことで、北山さんの新しい入口は一曲限りの実験ではなくなりました。
「前へ歌う」は、大声になることではない
北島三郎さんは「津軽おとこ節」の録音で、北山さんへ何度も前へ歌うよう伝えました。
北山さん自身、デビュー時から控えめで、前へ出る気持ちが見えにくいと言われていたそうです。
ここでいう前とは、単純な音量の方向ではありません。
聞き手に届く前に、自分の中で声を整えすぎないことです。
北山さんは、強く歌う曲でも、曲の背景を理解せずに声だけを押し出してはいません。
「津軽おとこ節」では故郷を離れて夢へ進む人物へ自分を重ね、「風物語」では海で働く人の生活を思い浮かべました。
先に人物の進む方向が決まるため、強い一音が怒鳴り声ではなく、意志として聞こえます。
声を大きくすることと、言葉を前へ渡すことは別です。
喉や首を固めて北山さんの力強さをまねる必要はありません。
痛みや強いかすれが出る場合は歌うのをやめ、話し声の異常が続くなら耳鼻咽喉科などへ相談してください。

ギターや和楽器を持つと、歌が「伴奏の上」から降りてくる
北山さんは、ギターだけでなく、和太鼓、尺八、篠笛、三味線も舞台で扱います。
作曲した作品もあり、歌手として旋律を受け取るだけではなく、音を組み立てる側にも足場があります。
楽器を弾きながら歌う時は、好きな場所で自由にため続けることはできません。
右手の動きや拍の流れと、言葉を置く位置が結びつくからです。
北山さんがテンポの違う歌謡曲やポップスへ移っても、言葉の輪郭を失いにくい背景には、こうした「拍の中に歌を置く」感覚もあります。
北島兄弟では相手の声を待ち、弾き語りでは自分の手を待ち、「風物語」では言葉の頭を待たずに出す。
北山さんの歌は、声量よりも、いつ入るかという時間の設計で表情が変わります。
独立後に借りたのは、前田亘輝さんの「まっすぐさ」だった
2023年に北島音楽事務所から独立した後、最初のシングルに選んだのは、TUBEの前田亘輝さんと春畑道哉さんが作った「夏の終わりが来る前に」でした。
北山さんは、前田さんの歌から、余計な技巧を前に出さず、歌詞をストレートに届ける部分を少し取り入れたと話しています。
それは演歌を捨ててポップス歌手になることではありません。
木の根には演歌を残し、いつでも戻れる距離で別の歌い方を試すという選択です。
2025年には、自分の得意な力強い男唄だけでなく、ムード歌謡にも取り組みました。
本人は、年齢とともに声質も変わるから、さまざまな曲を歌いたいと考えています。
かつては、北島三郎さんの弟子という大きな看板に追いつくために歌いました。
現在は、自分で船のかじを取り、後輩をプロデュースする立場です。
だから声を前へ出すことも、若さや強さの証明ではなく、次の人物へ歌を手渡す動きへ変わっています。
北山たけしさんの声を聞くなら、一音目と役割を見る
北山たけしさんの歌唱を楽しむ時、長いこぶしや最高音だけを探す必要はありません。
歌い出す直前に助走を置くか、言葉の頭から出るかを見ると、曲ごとの人物が立ち上がる瞬間をつかめます。
「津軽おとこ節」では、自分の手癖を外して初心へ戻る声。
「風物語」では、一文字目から港へ踏み出す声。
「兄弟連歌」では、相手の言葉を受ける低い声。
「夏の終わりが来る前に」では、演歌の根を残しながらまっすぐ届く声です。
八年間かけて得た型は、守るためだけにあるのではありません。
必要な時に捨てられるほど身について初めて、別の歌へ渡れます。
北山たけしさんの発声が面白いのは、立派な一音を出すことより、その一音へ入る道を何度でも選び直しているからです。
8年の内弟子生活から独立後の変化までは、北山たけしさんの歌声の変遷で年代順にたどっています。






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