「Falling Forever」の歌を録り終え、スタジオで聴き返したデュア・リパは、自分でも驚いていたそうです。
録音を担当したキャメロン・ガワー・プールも、それまであまり聴いたことのない彼女の歌だったと振り返っています。
2024年に発表されたアルバム『Radical Optimism』を作っていたときの出来事です。
デビュー時には、低い声で言葉を進める曲が、自分らしい音楽を見つける決め手になりました。
そこから、かつて試さなかった声域を使う歌、長く声を伸ばして感情を届ける歌へと、何が変わったのでしょうか。
本人と制作に携わった人たちの話をたどると、持ち味の低音を残したまま、曲ごとに選べる表現を増やしてきた歩みが見えてきます。
2016年「Hotter Than Hell」――低い声で、自分の曲を見つける
歌手として動き出したころ、デュアは共作者たちと、自分がどんな音楽を作りたいのかを探していました。
ラッパーのJ・コールと歌手のネリー・ファータドを合わせたような音楽、と説明しても、周囲にはなかなか伝わらなかったといいます。
手応えを得た曲が「Hotter Than Hell」でした。
本人によると、制作途中の伴奏はピアノとキックドラムだけ。
そこへ低めの声域で、ラップにも近い言葉の流れを乗せ、サビではポップな旋律に開いていきました。
暗い雰囲気と踊れるサビ、低い声と素早い言葉の運びが、一曲の中で結びついたのです。
デュアは、この曲で自分の求める音楽が見え、レコード契約にもつながったと語っています。
後の歌を考えるときも、この低い声は出発点として残ります。
2020年『Future Nostalgia』――成功した型から離れ、使っていなかった声域へ
2017年のデビュー作が広く聴かれ、「New Rules」は大きなヒットになりました。
次のアルバムでデュアが怖かったのは、同じヒットをもう一度作ろうとして、先へ進めなくなることでした。
そこで『Future Nostalgia』では、子どものころに親しんだダンス音楽を手がかりに、前作とは違う明るさを探します。
「Cool」は、最初から気に入っていた曲ではありません。
初めて聴いたときには、もう聴かせないでほしいと思うほど拒んだものの、一年ほど後に歌のない伴奏だけを聴き、考えが変わりました。
歌手のトーヴ・ローと一緒に作り直すなかで、それまで試していなかった声域にも踏み込んだと、本人は話しています。
最初に聴いた歌入りの形を、そのまま自分で再現する必要はなかった。
伴奏から入り直したことで、自分の声と、実感のある恋の言葉を置く余地が見つかりました。
一度断った曲を選び直すことが、低音で知られた歌手の次の挑戦になったのです。
曲に合うか分からなかった声の使い方を、制作の場で試してみる。
「Hotter Than Hell」の陰りある曲調から離れ、夏の恋に浮き立つ気持ちを歌う機会になりました。
デュアは同じ2020年に、自分は低い声で、高音は苦手だったため、ボーカルコーチと練習して声域を広げているとも明かしています。
完成した曲の背後には、歌いながら学び続ける本人がいました。
このアルバムで、低い声をダンスのリズムにどう乗せたかは、デュア・リパの歌い方で「Don’t Start Now」と「Levitating」を中心に扱っています。
2024年『Radical Optimism』――声の幅と、歌に込める感情を広げる
3作目では、かねて一緒に作りたかったケヴィン・パーカーを含む、少人数のチームで曲を作りました。
「Illusion」ができたことで、この顔ぶれで一つのアルバムを作れるという自信が生まれたと、本人は話しています。
同じ部屋で出来事を率直に話し合える関係も、以前より個人的な言葉を歌にする支えになりました。
共同制作者のダニー・L・ハールによると、制作中は演奏や音の加工を同じ部屋で並行して進めていました。
デュアは思いついたときにマイクを取り、録音担当者がすぐにその歌を残せるようにしていたそうです。
伴奏を全て仕上げてから歌手を呼ぶのではなく、声もその場で曲を動かす材料になっていました。
浮かんだ歌い方を、制作仲間とすぐに確かめられる環境だったのです。
「These Walls」では、相手の言った「永遠」を問い直す言葉に合わせて、伴奏が一瞬、夢想的なシンセサイザーの響きへ移る場面があります。
ハールは、考えがふっと遠くへ向かい、また戻ってくる動きを音楽でも表したと説明しています。
曲を派手な音作りの見本にせず、歌の物語へ仕えることを重視したそうです。
デュアの声が見せる感情の幅も、この曲の聴きどころだと話しました。
同じアルバムの「Falling Forever」は、さらに違う試みです。
ハールは、「how long」の「long」を長く歌う着想を曲へ入れ、デュアの声を大きく生かす場にしたと振り返っています。
録音を担当したプールが驚き、歌った本人も再生した声に驚いたのは、この曲でした。
プールが大切にしていたのは、デュア固有の声を見つけ、その邪魔をしないことでした。
聞けばデュアだと分かる個性を生かす作業の中で、これまであまり使っていなかった歌の表情が出てきたのです。
初期からの低い響きは残り、その上に選べる歌の表情が増えました。
「These Walls」と「Falling Forever」は、揺れる言葉を届ける声と、長く伸ばす声を、同じアルバムの中で聴かせます。
終曲「Happy for You」では、歌う気持ちにも変化が表れました。
かつての恋人が次へ進んだ姿を見て、その幸せを喜ぶ曲です。
デュアは、この地点に来るまで書けなかった歌であり、過去を受け入れて進めるようになった自分を映していると話しています。
強気に別れを乗り越えるだけでなく、相手の新しい生活まで祝えるようになった。
声で表す感情の幅には、そうした歌い手自身の視点の変化も重なっています。

写真:Raph_PH / CC BY 2.0
2024年ロイヤル・アルバート・ホール――新しい歌を、別の編成で届ける
同年10月、デュアはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで、53人のオーケストラ、合唱団、バンドとともに歌いました。
『Radical Optimism』の曲に加え、それ以前のヒット曲も、この日のために編曲し直して披露しています。
「Falling Forever」も、スタジオ録音とは違う伴奏と客席のある場所へ持ち込まれました。
デュア自身は、オーケストラの中に立つと、歌詞や音楽の感じ方まで変わったと話しています。
録音室で見つけた新しい歌を、人前で別の形にする。
同じ「Falling Forever」をたどっても、ここで加わるのは、その日の演奏者たちと作る歌です。
スタジオで長く声を伸ばすことに挑んだ曲を、今度は大勢の演奏者と一緒に届けたのです。
低い声を残したまま、歌の選択肢が増えた
「Hotter Than Hell」では、低い声と言葉の勢いが、デュアの音楽の輪郭を作りました。
「Cool」では未経験の声域を試し、「These Walls」では揺れる気持ちを残す歌を作り、「Falling Forever」では録った本人も驚く声を引き出しました。
さらにホール公演では、その曲を別の編成と空間へ移しています。
これらの曲と公演は、伴奏も録音条件も違います。
一つの音の高さや声量を並べて、上達の順位をつけることはできません。
確かなのは、本人がかつて苦手と話した音にも取り組み、制作仲間とともに、曲に応じた歌い方を増やしてきたことです。
低い声で始まった歌は、そこを出発点にして、まだ違う表情を見せています。

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