さだまさしは、父親から思いがけない言葉をかけられたことがあります。
コンサートを終えて楽屋に戻ると、父が飛び込んできて、「ようやく自分の歌に追いついたな」と言ったのです。
自分で作詞も作曲もしている歌手に、どうして「追いついた」と言うのでしょうか。
さだまさしはこの言葉を、自分が歌に込めたものを、ようやく歌手として伝えられるようになった、という意味で受け止めました。
歌詞を書き上げることと、その言葉を聴き手に伝わるように歌うことは、本人にとっても別の仕事だったのです。
言葉の抑揚を大事にしながら、曲によっては声を伸ばす力加減を変え、昔より低い音の高さを選ぶ。
さだまさしの歌い方には、歌詞に込めた意味を、声でどう伝えるかという工夫があります。
「雨やどり」――公式リリックビデオ。
父が聴いていたのは、歌を作る才能とは別のこと
父の言葉が出たのは、本人の記憶では2000年頃、大阪のフェスティバルホールで歌った日のことです。
その日は、さだ自身も歌の調子がよいと感じていました。
父は音楽の専門家ではありませんでしたが、息子のコンサートには何度も足を運んでいました。
父には、息子の作詞・作曲の力に、歌唱力がまだ追いついていないと感じられていたのだろう、とさだは説明しています。
それだけに、この日の一言は、歌手として認めてもらえたという実感につながりました。
自分の曲なら、何を伝えたいかは誰よりも知っているはずです。
それでも、その気持ちが歌声から相手へ伝わるとは限らない。
この父子の話は、さだまさしを「よい歌詞を書く人」として知っているほど、意外に感じられます。
では、言葉を声にする時、本人は何を大切にしているのでしょうか。
歌詞は、目で読む前に耳へ届く
さだまさしは歌詞を書く時、文字としての見栄えより、音として聴いた時の美しさを重視すると話しています。
日本語の抑揚をなるべく壊さず、旋律と言葉を一緒に考える。
作詞の段階から、歌われた時にどう聞こえるかが判断に入っているのです。
ここでいう抑揚は、単語の中で声が上がったり下がったりする、日本語の調子です。
歌ではメロディーにも音の上がり下がりがあるので、話す時の調子をそのまま使えるとは限りません。
どんな言葉を、どんな旋律にのせるかを選ぶことが、歌った時の伝わりやすさにも関わってきます。
たとえば「雨やどり」は、雨を避けた先での出会いから、偶然の再会を経て結婚へ進む物語です。
歌詞カードを見ずに聴く人は、流れてくる歌声を追いながら、その展開を受け取ります。
誰に何が起きたかが分かって、初めて次の展開を楽しめるのです。
1977年にヒットした「雨やどり」は、客席の笑い声も入ったライブ録音でした。
それまでグレープの「精霊流し」や「無縁坂」に親しんでいた人へ、さだまさしの別の一面を広めた曲でもあります。
笑いが起きているということは、少なくともその場の聴き手には、歌の中のおかしさが伝わっている。
言葉が聞き取れることに加えて、物語についていけることが大切な歌なのだと分かります。
ただし、言葉を伝えるための歌い方が、いつも同じとは限りません。
別の音楽に挑んだ時には、長年歌ってきた本人も、声の出し方を変えるよう求められています。
「いつもの歌い方」を変えてほしいと言われた録音
2018年の「パスワード シンドローム」は、ナオト・インティライミと作った曲です。
パソコンのパスワードが覚えられない、という身近な困り事から始まりました。
ナオトが目指したのは、クラブでもかけられるさだまさしの曲でした。

録音では、歌のタイミングをリズムにそろえることや、ある箇所では音量を変えずに声を伸ばすことを求められました。
さだが普段の歌い方とは違うと伝えても、ナオトは試してほしいと返したそうです。
声を伸ばす時、だんだん弱くするのか、同じ強さを保つのか。
言葉を出すタイミングを、伴奏の拍へどれくらいきっちり合わせるのか。
歌詞とメロディーが同じでも、こうした選択で歌の運び方は変わります。
この録音では、その選択をナオトが具体的に指定したわけです。
さだは初めてAuto-Tuneによる声の加工も経験し、この制作を楽しかったと振り返っています。
声を一定の強さで伸ばすよう求められた話を知ると、「語るように歌う人」という印象だけでは捉えきれないことが分かります。
言葉をどう聴かせるかは、その曲のリズムや伴奏とも相談しながら決めていくのです。
元の高さで歌えても、低く歌うことを選ぶ
声の出し方を選び直す機会は、新曲だけにあるわけではありません。
自分の代表曲を歌い直した2021年のアルバム『さだ丼~新自分風土記III~』にも、はっきりした意図がありました。

この時、さだまさしは、今も音域は変わらず、原曲のまま歌えると説明しています。
その一方で、落ち着いて聴いてほしい作品は、あえて少し音の高さを下げて歌いました。
高い声が出るかどうかと、その高さで歌うのがよいかどうかを、分けて考えていたのです。
選曲にも、聴き手の置かれている状況が関わっていました。
コロナ禍で自分や家族の命について考える人が増える中、誰かの気持ちが少し楽になる曲を選んだと話しています。
「道化師のソネット」も、その時期に歌ってほしいと求められる機会が増えた曲でした。
落ち着いて聴いてもらうために、歌える高さから、少し下げて歌う。
高音が出なくなったのだろうか、と気になる選択にも、今回は本人のはっきりした狙いがあったわけです。
昔と同じ声を再現することより、今の聴き手にふさわしい歌い方を選ぶことを、この録音では大切にしていました。
歌詞を知っている人にも、初めて聴く人にも
さだまさしは、コンサートで歌う時の考え方について、大勢へまとめて歌うのではなく、聴いている一人ひとりへ伝えることが大切だと話しています。
客席が大きくても、受け取るのはそれぞれ違う暮らしをしている人です。
「雨やどり」で物語を楽しんでいる人もいれば、前から知っていた「道化師のソネット」を、ある時に切実な気持ちで聴く人もいる。
同じ歌詞でも、歌う場や聴く人が変われば、どう歌いたいかを考える余地が残ります。
父に「自分の歌に追いついた」と言われた後も、さだまさしは、声を伸ばす音量を変え、リズムへの合わせ方を試し、歌う高さを選び直してきました。
何度も歌った曲であっても、昔と同じように歌うかどうかを、その都度考える。
その曲を今聴く人にどう伝えるかを考え続けているところに、作詞家だけでは説明しきれない、歌手・さだまさしの仕事があります。






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