さだまさしの歌い方|日本語の抑揚と、言葉を伸ばす強さをどう選ぶ?

さだまさし公式プロフィールの写真 さだまさし
さだまさし。写真出典:さだまさしオフィシャルサイト

さだまさしは、ナオト・インティライミとの録音で、いつもとは違う歌い方を求められました。
声を伸ばすところで音量を保ち、リズムの位置をそろえる。
長年歌ってきた本人が、普段はそう歌わないと返したほどの注文でした。

言葉を聴かせる歌手の仕事は、歌詞を明瞭に発音するだけでは終わりません。
一つの子音を柔らかくすること、伸ばした声をどの強さで保つか、伴奏が動いた時にどう応じるか。
さだまさしが語ってきた制作や舞台の経験には、声で言葉を届けるための、こうした細かな選択があります。

鼻濁音を学んだのは、聴き手から届いた言葉がきっかけ

さだはグレープ時代、ラジオのリスナーから鼻濁音を使ってほしいと頼まれたことがあります。
目の不自由なその人は、強く発音された「ガ」に驚くと伝えたそうです。
それを機に勉強し、鼻濁音を意識するようになったと本人は振り返っています。

ここで気にかけているのは、声全体の大きさだけではありません。
鼻にかかる柔らかな濁音を選ぶことで、言葉の一部分が耳へ届く時の当たり方を変える。
同じ言葉を正しく発音できていても、その音を聴き手がどう受け取るかまで考えるところに、さだのこだわりがあります。

これは、歌全体を鼻声にするという話ではありません。
本人が説明しているのは日本語の発音への工夫であり、特定の高音発声法や、すべての「ガ行」を同じ音に置き換える方法ではないのです。
「言葉をはっきり」という目標の中にも、強く区切る以外の選択肢があることを教えてくれるエピソードです。

日本語の抑揚を、旋律の中でどう生かすか

さだは歌詞を書く時、文字で見た美しさと、耳で聞く美しさを分けて考えています。
音として届くことを前提に言葉を選び、日本語のイントネーションからなるべく外れないようにする。
文章として整えるだけでなく、実際に声にした時の姿を作詞の段階から考えているのです。

話し言葉にも、歌のメロディーにも、音の上がり下がりがあります。
両者の関係を意識すると、歌い手が強調したい言葉と、旋律の中で目立つ音をどう結びつけるかが問題になります。
歌詞の意味を声の強さだけで押し出す前に、言葉がどんな音の流れに置かれているかを確かめる。
さだの作詞への姿勢は、歌唱を考える時にも手がかりになります。

その声が聴き手の反応まで引き出した例が「雨やどり」です。
本人によれば、できたばかりの曲をコンサートで披露すると客席が大きく笑い、その録音をシングルにする話が進みました。
雨を避けた先での出会いから結婚へ進む物語が、歌詞カードを読む時間のない客席にも伝わったのです。

ただ、笑い声が入っていることから、特定の発声や間の取り方まで断定はできません。
この出来事で注目したいのは、歌の言葉が、その場で出来事を理解できる形で届いていることです。
声の美しさと物語の伝わりやすさを、切り離さずに考えたい曲といえるでしょう。

「パスワード シンドローム」で変えた、声の伸ばし方

2018年の「パスワード シンドローム」は、ナオト・インティライミとの共作です。
パソコンのパスワードを覚えられないという話から生まれ、クラブでもかけられるさだまさしの曲を目指して作られました。
親しみやすい題材を、いつもとは違う音楽の中で歌う試みです。

さだまさしの2018年のアルバム『Reborn ~生まれたてのさだまさし~』のジャケット
「パスワード シンドローム」を収めた『Reborn ~生まれたてのさだまさし~』(2018年)。
画像出典:ビクターエンタテインメント

録音で求められたのは、リズムの位置をそろえることと、ある箇所で音量を変えずに声を伸ばすことでした。
さだが普段の歌い方と違うと答えても、ナオトは試してほしいと返したそうです。
歌い慣れた自分の流れを優先せず、そのトラックに合う声の置き方を探しています。

一つの音を伸ばす時にも、途中から弱めるのか、終わりまで同じ強さを保つのかで、フレーズの輪郭は変わります。
また、音の長さが合っていても、歌い出す位置が変われば伴奏との重なり方は変わる。
この曲の注文は、音程を合わせるだけでは決まらない、声の強さと時間の使い方に向けられていました。

さだはこの制作で、Auto-Tuneによる声の加工も初めて経験しています。
ただし、加工を使ったことと、本人が録音時に音量やタイミングを調整したことは、分けて考える必要があります。
完成した声の印象を加工だけの成果と見なすと、歌う段階で求められた選択が見えなくなってしまいます。

自分の声に合うか迷った、高見沢俊彦のアレンジ

伴奏によって歌い方を考え直す機会は、この曲だけではありません。
2014年のアルバム『第二楽章』では、高見沢俊彦が「死んだらあかん」と「君は歌うことが出来る」の編曲を担当しました。
さだはアレンジを気に入りながらも、初めは自分の声が似合うか、うまく乗るかという不安もあったと語っています。

その不安は実際には杞憂に終わりました。
また「死んだらあかん」については、中途半端に取り組むと照れが出るため、高見沢の編曲に後押ししてもらったとも説明しています。
編曲は声を包む背景であると同時に、歌い手がどのくらい思い切って言葉を出せるかにも関わっていたのです。

ここから、さだがロック用の特別な発声へ切り替えたとまでは言えません。
むしろ興味深いのは、自分の声に合う曲の範囲を、歌う前から狭く決めなかったことです。
似合わないかもしれないという迷いも含め、実際の伴奏と声を合わせて判断する姿勢が見えてきます。

オーケストラの中では、声も一つの楽器になる

オーケストラとの共演で、さだが大事にするのは、歌手も合奏に参加する一つの楽器になることです。
自分の歌へ全員を従わせるのでなく、演奏の動きに応じて一緒に進み、時には抑える。
指揮者と呼吸を合わせながら、その中で何を伝えるかを考えると話しています。

「パスワード シンドローム」では、決まったリズムに声の位置や強さを合わせることが具体的な課題になりました。
一方、オーケストラとの説明では、その場で動く演奏を受け止めることが前に出ています。
どちらも伴奏を聴く仕事ですが、歌い手が応じる相手や、求められる合わせ方は同じではありません。

さだの歌い方を考える時には、歌声だけを取り出して、いつも柔らかく、いつも語るようにと決めないほうが、その選択がよく見えます。
子音の当たりを和らげる場面もあれば、声の強さを保つよう求められる場面もある。
言葉を大切にする姿勢が同じでも、実際の歌い方は曲と演奏によって変わるのです。

父から歌の成長を認められた日を経て、代表曲を低い高さで歌い直すまでの歩みは、さだまさしの歌声の変遷でたどれます。

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