ケリー・クラークソンの歌声の変遷|歌えていたソウルを2017年にアルバムの主役にした理由

2013年、大統領就任式でのケリー・クラークソン ケリー・クラークソン
Kathy Reesey / Public domain

2017年、ケリー・クラークソンはソウル寄りのアルバム『Meaning of Life』を発表しました。
力強いポップ・ロックのヒット曲で知った人には、新しい歌い方を身につけたようにも見えたはずです。
ところが本人は、声を鍛え直す必要はなかったと話しています。
ツアーで他人の曲を歌うときには、以前からこういう声を使っていたからです。

では、変わったのは何だったのでしょうか。
2003年の「Miss Independent」から『Meaning of Life』までをたどると、ケリーが歌えることと、録音作品で聴かせられることは、必ずしも同じではなかったと分かります。
その後、カバーを作品にし、2026年には新曲のライブ映像を公式MVとして出した歩みも、この問いにつながります。

2003年、R&Bのヒットにも彼女の好みがあった

『American Idol』初代優勝の翌年、デビューアルバム『Thankful』から「Miss Independent」がヒットしました。
リズムを前に出したこの曲を、ケリーは後年、自分のお気に入りだと話しています。
2017年の取材では、当初は発売まで強く働きかける必要があったとも伝えられました。
ソウルやR&Bへの好みは、後から突然生まれたものではありません。

2002年9月、米国国歌を歌うケリー・クラークソン
2002年9月、米国国歌を歌うケリー・クラークソン。
写真:撮影者不詳(USAID掲載) / Public domain

もっとも、デビューからずっとソウル作品だけを作りたかった、という話でもありません。
ケリーはポップ・ロックの曲も楽しんで歌ってきたと明言しています。
「Miss Independent」と次の大ヒットを並べると、好みを一つに決めず、別の方向にも自分から踏み込んでいたことが見えてきます。

2004年、自分で望んだギターと高いサビ

『Breakaway』の「Since U Been Gone」は、ケリーの声と強いギターを結びつけた曲です。
2015年に制作を振り返った本人は、ギターを多く入れ、サビで音が一段高く跳ね上がる形にしたかったと話しました。
新しい制作チームでは曲の方向をめぐって行き違いがあり、その希望を通すのは簡単ではなかったそうです。

この曲のサビへどう気持ちを運ぶかは、ケリー・クラークソンの歌い方で一曲の中から詳しく扱っています。
ここで大切なのは、後のソウル作品と違う歌を、本人も望んで形にしたことです。
2017年の新しい方向を理解するために、初期のヒットを「本当は歌いたくなかった曲」と決めつける必要はありません。

2006年に「Walk Away」の録音を振り返った制作関係者レイン・メイダは、そのときのケリーをソウルフルな声の持ち主だと評しています。
ロック寄りの曲を録っていた時期にも、後にアルバムの主役となる声の一面を周囲は感じ取っていました。
2017年に彼女の声そのものが突然別物になった、という説明だけでは、この経緯を言い表せません。

2006年、冬季五輪の記者会見でのケリー・クラークソン
2006年、冬季五輪の記者会見でのケリー・クラークソン(元写真をトリミング)。
写真:andymiah / CC BY-SA 2.0

2007年、今度は一曲のサビよりアルバム全体で語る

『My December』でケリーが重視したのは、曲を一つずつ強くすることだけではありません。
収録曲の多くを自分で書き、さまざまな曲の中から、一枚を通して話が続く組み合わせを選びました。
当時の取材では、アルバム全体で一つの物語を語る作品は自分にとって初めてだと説明しています。

「Never Again」の激しい気持ちと、「Sober」のすぐには答えの出ない気持ちは、同じアルバムの中にあります。
「Sober」について本人は、困難を乗り越えると言うことより、その後も歩み続ける難しさを表した曲だと話しました。
強いサビ一つで結論を出すのではなく、気持ちが変わっていく時間まで作品に残そうとしたのです。

この作品を2017年のソウル・アルバムと同じものとして扱うことはできません。
ただ、「自分の声で何を伝え、どの曲を録音に残すか」をケリーが選ぼうとした時期としてつながります。
後の自由が突然与えられたというより、作品の方向を自分で決める試みを重ねていました。

2017年、ツアーにあった声を録音でも前に出す

転機は『Meaning of Life』です。
以前の契約を終えてアトランティックへ移ったケリーは、このアルバムを、長く作りたかった作品として語りました。
目指したのは、昔のソウルをそのまま再現することではありません。
アレサ・フランクリンらに惹かれてきた自分が、2017年の曲でどう歌うかを考えました。

本人は一方で、『American Idol』に優勝した直後なら、この形のアルバムにはならなかったとも話しています。
憧れの音楽は昔からあっても、それまでに経験した難しさがなければ、今の状況の意味を同じようには受け止められなかったというのです。
子どもの頃の好みへ戻ることと、その頃の自分に戻ることは違う。
歌える声を持っていたことに、その声で伝えたい経験が重なっていました。

「新しい方向のために、声を鍛え直したのか」と問われたとき、本人の答えは「必要なかった」でした。
ツアーではすでにソウル寄りのカバーを歌っていたのです。
一方、過去のスタジオ制作では、音を作り込みすぎたため、ライブにあるソウルフルな感触が薄まることもあったと振り返っています。
新しい声を手に入れたというより、以前から舞台で使っていた声を、アルバムの中心にも置けるようになりました。

その意思が具体的に表れた一曲が、「I Don’t Think About You」です。
ケリーは作り手に、誰もが簡単には歌えないバラードを求めました。
自分にも難しいほどの曲が届いたと笑いながら、仕事上の窮屈さを離れ、ようやく息をつける思いを託した歌だと説明しています。
持っていた声を十分に使いたいという希望が、曲を依頼する段階から形になったのです。

その変化は、聴いた人にも一様に歓迎されたわけではありません。
当時の『Los Angeles Times』の批評は、以前のきっちり組まれたポップ曲より、歌の節回しや即興的な声を広げられる部分を評価しました。
同時に、音を重ねすぎた曲はまだ残る、とも指摘しています。
本人が望むライブらしさと、出来上がった録音のすべてが同じだったわけではない。
その差まで含めて、このアルバムは声の置き方を変える試みでした。

2022年、他人の歌を録音作品として残す

2017年の取材でケリーが挙げたのは、ツアーで歌ってきたカバー曲でした。
2019年に始まったテレビ番組の「Kellyoke」でも、ほかの歌手の曲を歌う機会が続きます。
そして2022年、ビリー・アイリッシュの「Happier Than Ever」などを収めたカバーEP『Kellyoke』が発売されました。

これは『Meaning of Life』と同じソウル作品ではありません。
けれど、舞台や番組だけで終わらせず、他人の曲を自分の名義の録音として残した点では、2017年の発言の先にあります。
別の人が書いた歌を選び、番組での一場面から、繰り返し聴ける自分名義の作品へ育てたのです。

2023年以降、ひとつの感情にも音楽の形にも固定しない

『chemistry』(2023年)では、恋愛関係の終わりをめぐる曲を集めながら、傷ついた気持ちだけのアルバムにはしませんでした。
本人は「favorite kind of high」を、関係が始まったころの高揚を残すために大切な曲だったと説明しています。
さらに、私生活の事情をそのまま詳しく明かす曲だけでなく、他の人も自分の経験を重ねられる歌を選んだと話しました。

2026年の新曲「I’d Be Lyin’」では、ラスベガス公演で撮られた映像を、本人の公式MVとして発表しています。
2017年にソウルをアルバムの中心へ置いたことは、その後の曲を一つのジャンルに固定する宣言ではありませんでした。
ポップ・ロックの勢いを持つ新曲も、舞台で歌う姿とともに世に出しています。

最初の「Miss Independent」を好み、「Since U Been Gone」のギターと高いサビを望み、『My December』では一枚の感情の流れを作る。
ケリーは、人気の高い歌い方を捨てて別人になったのではありません。
2017年には、長くツアーで歌っていた声を録音の中心へ移し、その後はカバーや新曲にも選択肢を広げました。

歌声の変遷を考えるとき、音の高さだけを比べると、この話の大事な部分を見落とします。
彼女にとっての転機は、すでに歌えていた声を、どの作品で聴かせるか選べるようになったことです。
2017年のアルバムはその一つの答えであり、近年の録音とステージは、その答えだけにとどまらない歌手の現在を示しています。

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