二見颯一の歌声はどう変わった?民謡少年がポップスの重心を得るまで

二見颯一の歌声の変遷をたどる記事のアイキャッチ シンガー

二見颯一さんの歌声は、民謡を捨てて新しくなったのではありません。
5歳から山へ向かって育てた声を中心に置きながら、演歌、ムード歌謡、長編歌謡浪曲、ロック、シティポップへ使い道を増やしてきました。

最初の大きな変化は、デビュー3年目に「全部120%」の歌から卒業したことです。
その後は、民謡声をあえて抑える女性の歌、体の上へ重心を移すポップスまで進みました。

変わらないのは、声が遠くへ届くこと。
変わったのは、遠くへ届ける方法が一つではなくなったことです。

5歳〜2017年|山が最初の客席で、民謡が最初の言葉だった

宮崎県国富町で育った二見さんは、5歳から民謡を習い始めました。
家の近くの山へ向かって毎日歌い、季節や湿度で声の返り方が変わることを体で覚えます。

中学1年で民謡民舞少年少女全国大会の中学生部門、高校2年で正調刈干切唄全国大会の男性部門を制しました。
歌はすでに生活の中心でしたが、職業にする予定ではありませんでした。

大学卒業後は宮崎県庁で働き、定年後に民謡教室を開くつもりだったといいます。
転機になった新人歌手オーディションも、自分で応募したのではなく、ボーカルスクールの先生が内緒で送ったものでした。

2017年にグランプリを獲得した時、初めて歌手になる決断が現実になります。
民謡少年が夢を追って一直線に上京した話ではなく、用意していた公務員の人生を、予期せぬ合格がひっくり返した出発でした。

2019〜2021年|故郷の声から、恋と酒を背負う声へ

2019年のデビュー曲「哀愁峠」は、故郷・宮崎を舞台にした望郷演歌です。
ゆったりした曲調は民謡で培った長所を前へ出し、若い歌手の声と故郷の景色がほぼ重なる設計でした。

翌年の「刈干恋歌」も民謡のルーツと結びつきますが、2021年の「修善寺の夜」では本格的な恋の歌へ移ります。
さらに「夢情の酒」では、酒場で過去を思い出す男性を演じました。

山や故郷を歌えば、自分の経験がすぐ近くにあります。
恋や酒場を歌うには、自分とは別の人物を声の中に作らなくてはなりません。
この時期は、やまびこボイスが本人の故郷を伝える声から、架空の主人公を生きる声へ変わり始めた段階です。

2021年には日本ゴールドディスク大賞の新人賞も受賞しました。
民謡出身の若者という入口を残しつつ、正統派演歌歌手として扱う物語が増えていきます。

デビュー初期の二見颯一

2022年|「学生の歌」を終わらせた80%の声

「0時の終列車」の制作で、二見さんは、それまで最初から最後まで120%で歌っていたと気づきます。
指導されたのは、80%、100%、120%を使い分け、同じ言葉や同じ一文字にも違う色を付けることでした。

大学を卒業した自分に必要なのは、若々しさだけでなく大人の味だとも告げられます。
高音や伸びが足りなかったのではありません。
声が十分に出るからこそ、抑えた時間へ意味を持たせることが次の課題になったのです。

同年の「君恋列車」では、前作で別れた相手を追う続編を歌い、疾走感を作りました。
師匠からも、新曲を出すたびに声がよく出て進化していると評価されます。
ただ大人しくなったのではなく、抑制と前進を曲によって選び始めた年でした。

2023年|5周年に、演歌の外側を自分で設計し始めた

5周年の「一里塚」は、まだ旅の途中にいる自分を正面から歌う作品でした。
続く「罪の恋」では、年上の人妻へ思いを寄せる大人の男性を演じます。

カップリングの「さよならの街角」は女性視点のムード歌謡です。
本人は以前からムード歌謡を好み、作り手からも声が合うと言われていました。
民謡と正統派演歌だけでは見えにくかった自然体の声が、別ジャンルで表へ出ます。

同時にコンサートをセルフプロデュースし、シティポップ、カンツォーネ、長編歌謡浪曲にも挑みました。
初めての試みには不完全さもあったと本人は率直に振り返っています。
完成した声を守るのではなく、失敗点を拾って次の公演で直す姿勢が、5周年以降の変化を速くしました。

二見颯一さんの現在の歌い方では、全部120%だった歌に強弱が加わった意味を詳しく整理しています。

2024年|「泣けばいい」で、声を一つのジャンルにする

堀内孝雄さんが作曲した「泣けばいい」は、二見さんの民謡の声と伸びを消さず、それまでとは違うバラードへ運ぶ試みでした。
作り手側にあったのは、既存ジャンルへ合わせるより「二見颯一」という歌のジャンルを作る発想です。

前半は抑え、後半で伸びやかな声を開く。
2022年に覚えた80%と120%の差が、今度は一曲全体の大きな物語として使われます。

コンサートでは民謡、演歌、韓国民謡、カンツォーネ、ロック、長編歌謡浪曲を並べました。
言葉を長く語る浪曲と、生バンドでリズムへ飛び込むロックでは、声に求められる時間感覚が違います。
やまびこボイスは一つの歌い方ではなく、多ジャンルを往復する時に戻れる基準点になりました。

2025年|大先輩の歌を受け取り、自分の「手札」を言葉にした

2025年の「こころの声」は、北島三郎さんが次の世代へ託す思いを込めて作曲した作品です。
技術面ではなく、誰への感謝を歌うのかという感情の置き所を伝えられました。

二見さん自身は、水森英夫さんから学んだ音の出し方とメロディーの運び方を芯と呼んでいます。
そこへ堀内さん、北島さん、さまざまな作り手から受けた助言が加わり、使える手札が増えたと説明しました。

韓国の歌番組へ出演した経験も、歌詞との向き合い方を変えます。
日本では説明せず通じる古い歌の背景が、国を越えると細かく問われました。
意味を自分で説明してから歌うことで、受け継ぐとは同じ節回しを守るだけでなく、歌の物語を別の文化へ渡すことだと知ります。

やまびこコンサート2025で歌う二見颯一

2026年|民謡声を抑え、ポップスでは重心まで移した

冒頭の「古都の雪」は、初めて本格的に女性の心を歌った表題曲です。
力強くなりすぎる民謡の声をあえて抑え、しっとりした歌い方へ進みました。

同じ時期の「笹風峰唄」では、逆に民謡の声とこぶしを一度すべて出し、話し合いながら引き算しています。
抑えることが個性の喪失ではなく、個性を曲へ合わせて編集する作業になりました。

さらに80年代風シティポップの「月と恋」では、完全にポップスの声へ切り替えたと本人が語っています。
体の上へ重心を置き、音より少し前へ進む感覚でリズムを取る。
幼い頃に山へ長く飛ばした声が、都会的な伴奏の先頭へ軽く置かれるまでになったのです。

新浜レオンさんの歌唱変遷と比べると、同じ若手演歌でも、異ジャンルへの挑戦が元の個性を薄めるのではなく、何を残すかをはっきりさせる過程だと分かります。

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まとめ|変わらない声に、使い方が増え続けている

二見颯一さんの歌声は、5歳から山へ向かって育てた民謡の響きが出発点です。
2019年の「哀愁峠」では故郷の景色と声が重なり、恋や酒の歌を経て、2022年には全部120%の歌から卒業しました。

5周年以降は、自分で公演を設計し、ムード歌謡、浪曲、ロック、バラードへ進みます。
2025年には受け継ぐ歌の意味を国の外から問い直し、2026年には民謡声を抑える女性の歌と、重心まで替えるポップスを同時に手に入れました。

昔より声が太くなった、技術が増えた、というだけでは足りません。
一本の強い声しかなかったのではなく、一本に見えていた声の中から、抑制、軽さ、語り、リズムという別々の道を見つけてきた。
それが二見さんの歌唱変遷です。

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