HANAのNAOKOさんには、「実力の暴力」という強烈な呼び名があります。
歌もダンスも隙がなく、何を任せても成立させる人という評価です。
ところが本人は、その言葉を誇りにしながら、何度も心の中で唱えるうちに自分を追い詰めてもいました。
上手く歌えることが、いつしか「NAOKOなら毎回すごくなければならない」という命令へ変わったのです。
現在のNAOKOさんの面白さは、最大出力を見せ続けることにはありません。
低い声を滑らかに運び、言葉の置く位置を細かく変え、必要な一瞬だけ声の輪郭を立てられることにあります。
滑らかなのにリズムがぼやけない。
その一見矛盾した歌い方こそ、「実力の暴力」の先で見つけたNAOKOさんらしさです。
「実力の暴力」は、ほめ言葉だけでは終わらなかった
No No Girlsの2次審査で、ちゃんみなさんはNAOKOさんのパフォーマンスを「実力の暴力」と表現しました。
長く積み重ねてきた努力が報われたように感じ、本人は涙を流しながら帰ったと振り返っています。
その評価は、プロになった現在も大切な誇りです。
一方で、自分を奮い立たせるために言葉を繰り返しすぎた結果、「これほど期待された自分は失敗できない」という重圧にもなりました。
「Drop」の歌割りが変わった時には、別のメンバーが歌う方が格好よく聞こえ、自分が次に歌うことを怖がったそうです。
完成度の高さを期待される人ほど、わずかな迷いを能力不足のように受け取りやすくなります。
そこで、ちゃんみなさんから渡されたのが「NAOKOに歌ってほしいから選んだ」「NAOKOらしく歌っていい」という言葉でした。
正解を再現するのではなく、自分がどう感じたかを歌い方へ戻す許可だったのです。
滑らかな声を作るのは、長い音より細かな時間差

ボイストレーナーによる分析では、NAOKOさんの声は「滑らかなのにキレる」と説明されています。
矛盾して聞こえますが、歌声の滑らかさとリズムの鋭さは、同じ場所で作られるものではありません。
声そのものは柔らかくつなぎながら、言葉を置く瞬間だけをわずかに前後させる。
音の始まりを強く当てる部分と、息を含ませて入る部分を切り替える。
こうした細かな選択があると、声を途切れさせなくても拍の形が見えます。
初心者向けに言い換えるなら、線はなめらかなのに、その線の上を走る速度が一定ではない歌い方です。
すべての言葉を同じ強さ、同じ長さ、同じ位置で歌うと、音程が合っていても平らに聞こえます。
NAOKOさんは10年以上ダンスを続け、No No Girls参加時には歌唱歴よりはるかに長いダンス経験を持っていました。
リズムを頭で数える前に、身体の動きとして細かく扱ってきた背景が、歌のタイミングにもつながっていると考えると理解しやすいでしょう。
低音が目立つのは、太さを足すより言葉を沈められるから
NAOKOさんの歌声は、HANAの中でも低い音域に存在感があります。
ただし、低音を出すたびに声を暗くしたり、喉の奥へ押し込んだりしていると断定できるわけではありません。
複数の分析で共通するのは、低い声でも言葉の輪郭とリズムが消えにくいという見方です。
音の高さが下がっても息だけにならず、かといって重さでテンポを遅らせないため、低音が曲の土台として残ります。
これは、声の大きさより「どこに言葉を置くか」が効いている例です。
低音を太く見せようとして一音ずつ粘ると、ヒップホップやR&Bの流れから遅れてしまいます。
NAOKOさんの場合、低い声の落ち着きと、拍に対する細かな反応が同居しています。
低音歌手というより、低い場所でもグルーヴを失わない歌手と捉える方が近いでしょう。
「Blue Jeans」で強い自分を作る必要がなくなった

以前のNAOKOさんは、曲へ入る前に「強い自分」を作ることが、自分を表現する最も確かな方法だと考えていました。
「Blue Jeans」では、その鎧をいったん着ないことを選びます。
担当した言葉にある自信のなさや嫉妬を、堂々と克服した人物として歌うのではありません。
もし自分がその主人公になったらどう感じるかを考え、弱さやひねくれた気持ちまで自分の側へ引き寄せました。
ここで重要なのは、声を小さくしたことではなく、感情を隠すための強さを作らなくなったことです。
本人も、この曲によって、はかなさやもろさも自分の一部だと認められるようになったと話しています。
歌声の幅は、高音と低音の広さだけでは決まりません。
強く見せたい自分と、見せたくなかった自分の両方を曲へ置けるようになった時、同じ声でも使える色が増えます。
この変化がどの審査から始まったのかは、NAOKOさんの歌唱変遷の記事で時系列にたどれます。
「Burning Flower」は強さ、「Bloom」は細かさを選んだ
「Burning Flower」でNAOKOさんが担うのは、高い音が長く続くサビです。
本人は、激しく踊りながら苦しそうに見せないことを目標にし、終演後には酸欠になりそうなほど全力を注ぐ曲だと説明しています。
対して1stアルバムの「Bloom」では、スタッフから評価された細かなビブラートを生かし、繊細さを出すことに挑戦しました。
「ROSE」で評価された息を含む声も、そのまま繰り返すのではなく、今回は声の存在をもう少し聞かせる方向へ調整しています。
大きく強い声と、細かく揺れる声は、優劣ではなく役割の違いです。
どちらも出せること以上に、曲ごとに一方を選べることが現在の強みになっています。
「実力の暴力」という言葉だけを追うと、毎回すべてを最大にする歌手に見えます。
実際には、出力を上げる曲と、細部へ集中する曲を分ける判断が、完成度を支えています。
表面だけ真似すると、低音もエッジも重くなる
NAOKOさんらしさを真似しようとして、低音を暗く作り、言葉の頭をすべて強く当てるのはおすすめできません。
本人の魅力は、常に圧をかけることではなく、柔らかな線の中に必要な角だけを作る点にあります。
聞く時は、声の大きさより、フレーズの途中で言葉が少し前へ出る場所と、後ろへ溶ける場所に注目すると分かりやすくなります。
「Blue Jeans」と「Burning Flower」を比べれば、同じ人が強さを固定せず、曲の人物に合わせて別の自分を選んでいることも見えてきます。
ラップと歌を途切れさせずに運ぶ考え方は、ちゃんみなさんの歌い方・発声の記事でも詳しく整理しています。
高音を前面に出すCHIKAさんとの違いは、CHIKAさんのパワフルボイスを扱った記事と比べると明確です。
まとめ
HANA・NAOKOさんの歌い方が滑らかなのにキレて聞こえる理由は、強い声を出し続けるからではありません。
声をつなぐ柔らかさを保ちながら、言葉のタイミング、立ち上がり、息の量を細かく変えられるからです。
長いダンス経験に支えられたグルーヴ、低音でも消えない言葉、曲ごとに変える声の圧が現在の中心にあります。
そして最大の変化は、「実力の暴力」に応え続ける歌から離れ、弱さを含めてNAOKOらしい表現を選べるようになったことです。
本当の実力は、毎回もっと強く歌うことではありません。
必要な場面で強さを使い、必要のない場面では手放せることにあります。
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