八代亜紀の歌い方・発声|ハスキーボイスを「7割」で届けた理由

八代亜紀の歌い方とハスキーボイスを解説する記事のアイキャッチ シンガー

八代亜紀さんの歌い方を、かすれた低い声だけで説明することはできません。
生まれつきのハスキーボイス以上に重要なのは、悲しい歌を全力で埋め尽くさず、聴く人の気持ちが入る余白を残したことです。

本人は、レコーディングでは7〜8割ほどの力で歌うと話していました。
残りの2〜3割は不足ではなく、聴き手が自分の悲しみを重ねるための場所です。

だから「舟唄」は静かなのに深く刺さり、「雨の慕情」は大きな舞台でも一人の心情に聞こえます。
この記事では、嫌いだった声が武器へ変わった経緯から、歌を録り直しすぎなかった理由まで、初心者にも分かる言葉でたどります。

八代亜紀の歌は、声を足すより「余白を残す」

ハスキー声の歌手というと、強いかすれや低音を目立たせる人を想像しがちです。
けれども、八代亜紀さんが大切にしたのは、自分の声だけで悲しみを完成させないことでした。

悲しい歌を最初から最後まで全力で歌えば、聴き手は圧倒されます。
一方で、歌の主人公へ自分を重ねる隙間は小さくなります。
八代さんのいう7〜8割は、声量を弱くするだけでなく、感情を説明しすぎないための加減だったと考えると分かりやすいでしょう。

この考え方は、演歌特有の技を知らなくても理解できます。
映画で俳優が泣き叫ぶ場面より、涙をこらえて黙る場面の方がつらく感じられることがあります。
八代さんの歌にも、声を出し切らないからこそ、聴く側が続きを感じる時間があります。

嫌いだったハスキー声を、ジュリー・ロンドンが肯定した

あの声は、後から作った歌唱効果ではありません。
本人は生まれつきハスキーだったと語り、子どもの頃にはその声を嫌っていました。

転機は、小学生の時に父親が買ってきたジュリー・ロンドンのレコードです。
自分と同じようなハスキー声の女性が、一流の歌手としてジャケットに写っている。
それは、欠点だと思っていたものが職業になり得ると知る出来事でした。

しかも、レコードの紹介文を読んだ八代さんは、「一流の歌手はクラブで歌う」と受け取りました。
やがて上京し、本当にクラブ歌手になります。
本人が後年笑って話したように、少し早合点の混じった進路でしたが、その勘違いが声の居場所へ連れていきました。

クラブで歌うと、客だけでなくホステスたちも立ち上がり、フロアで踊り始めました。
そこで初めて、自分の声を「いい声だ」と思えたそうです。
ハスキー声が変わったのではなく、その声を受け取る人と出会ったことで、本人の見方が変わったのです。

歌声について語る八代亜紀

クラブの舞台裏で、「誰のために歌うか」を覚えた

クラブ歌手時代に得たものは、ジャズや流行歌のレパートリーだけではありません。
客の前で明るく振る舞いながら、店の裏で泣くホステスたちを間近で見ました。

のちに八代さんが歌うことになるのは、別れを耐え、帰らない人を待ち、言えなかった思いを抱える人物です。
本人に同じ経験がなくても、クラブで出会った人たちの表情が、歌の中の人物へつながりました。

八代さんは自分を、つらい人や悲しい人の代弁者だと考えていました。
「自分はこんなに悲しい」と前へ出るのではなく、言葉にできない誰かの代わりに歌う。
7〜8割という加減は、ここでも意味を持ちます。

歌手が感情をすべて所有しないため、歌を聴いた人は「これは自分の話だ」と感じられます。
長年の聴き手が「舟唄」に自分の店、自分の家族、自分の別れを重ねるのは、声の珍しさだけが理由ではありません。

録音で顔を隠したのは、技巧より人物を守るため

レコーディングでは、ボーカルブースを仕切り、モニターカメラも切って、歌っている顔を人に見せなかったそうです。
悲しい人物になっている表情を見られるのが恥ずかしい、というのが本人の説明でした。

さらに、同じ曲を何度も録りませんでした。
通して歌うのは多くても3回ほどで、別々のテイクをつないで完成させる方法も避けたと語っています。

歌唱技術を軽く見ていたわけではありません。
一回目と三回目では、同じ言葉でも浮かぶ人物や感情が少しずつ変わります。
きれいな一音だけを集めると、最初から最後まで生きていた一人の人物が途中で切れてしまう、と考えていたのです。

この録音法を、準備をしなくても歌える天才の逸話だけで終えると核心を外します。
クラブで多くのリクエストへ応え、舞台を重ねてきた土台があってこその一発勝負です。
初心者がそのまま「練習しない方がよい」と受け取るべき話ではありません。

「舟唄」は、ハスキー声を誇示しないから情景が残る

本人は「舟唄」の詞を初めて読んだ時、冒頭だけで大きな歌になると感じたと振り返っています。
その反応から分かるのは、まず声をどう聞かせるかではなく、言葉が見せる場面を受け取っていたことです。

酒場、遠くの海、帰らない人という情景は、派手に説明されません。
歌も同じで、全部の言葉を強く押し出す必要がありません。
ハスキーな音色は夜の暗さを連れてきますが、主役になるのはあくまで歌の中の景色です。

「なみだ恋」でも、八代亜紀という歌手が売れたことを本人が実感したのは、順位表を見た瞬間ではありませんでした。
夜の街で、見知らぬ男性が信号待ちをしながら曲を口ずさんでいた時です。
一人の声で録った歌が、知らない人の日常へ移った瞬間でした。

「雨の慕情」は1980年に日本レコード大賞を受賞し、より大きな舞台の歌になりました。
それでも、八代さんは聴き手の余白を消す方向へは進みませんでした。
華やかな衣装と大きな身振りの奥で、歌の人物が一人のまま残ることが、八代亜紀のスケール感です。

リズムの「溜め」は、遅く歌うことではない

八代さんはリズムとテンポへのこだわりを明確に語っています。
特に「おんな港町」は、速すぎると気持ちを乗せられず、リズムの「溜め」が大切だと考えていました。

溜めとは、伴奏から遅れてしまうことではありません。
拍の流れを失わず、言葉をほんの少し手元に置いてから渡す感覚です。
話し言葉でも、大切な一言の前に短く間を置くと意味が強くなります。

八代さんは、伴奏する楽器にも「歌」が必要だと話していました。
歌手だけが感情を動かすのではなく、演奏と一緒に呼吸し、その中へ声を置く。
だから演歌でもジャズでも、声だけが音楽から浮き上がりません。

この点は、森進一の歌い方・発声と比べても興味深いところです。
どちらも一度で分かる声を持ちながら、かすれそのものより、言葉をいつ置くかで歌の人物を作っています。

ジャズを歌っても、「別の八代亜紀」にはならない

2012年のジャズアルバム『夜のアルバム』は、演歌の女王による意外な挑戦として受け止められました。
しかし本人にとって、ジャズは新しく借りた衣装ではなく、歌手を志した出発点でした。

演歌では、待つ女性や働く人の悲しみを言葉へ預けました。
ジャズでは、声を少し軽くし、リズムとの会話を前へ出せます。
ジャンルが変わっても、生来の声、言葉を急がない姿勢、聴き手の余白を残す考えは続いています。

ブルースを歌う八代亜紀

個人の聴き手による記録でも、英語のジャズと日本語の演歌が別物に聞こえないという感想が見られます。
専門用語で発声を分類するより、「一つの声が違う物語へ入った」と捉える方が、八代さんの幅を理解しやすいでしょう。

ジャズへの回帰がどの時期に始まり、50周年の新録で過去の曲をどう受け止め直したのかは、八代亜紀の歌声の変遷で年代順に整理しています。

八代亜紀の声を真似るなら、かすれではなく距離を見る

八代亜紀さんらしく歌おうとして、喉をこすったり、声が枯れるまで歌ったりするのは危険です。
生来のハスキー声を、後から作る効果と同じようには扱えません。

参考にしやすいのは、歌の人物と聴き手の間にどれほどの距離を置くかです。
全部を大声で説明せず、重要な言葉の前後に余裕を残す。
感情を見せつけるのではなく、誰かの代わりに渡すと考えるだけでも、歌は変わります。

高音の張り上げを直す考え方にも通じますが、強い声は常に最大音量ではありません。
音量を上げても物語を守れること、必要な時に引けることが、本当の強さです。

痛み、強いかすれ、普段と違う話し声が出た場合は、歌うのを中止してください。
不調が続く時は、耳鼻咽喉科などの専門機関へ相談しましょう。

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八代亜紀の歌い方は、聴く人のために未完成で残された

八代亜紀さんのハスキーボイスは生まれつきでした。
けれども、その声が人を泣かせる歌になった理由は、珍しい音色だけではありません。

ジュリー・ロンドンに自分の声を肯定され、クラブで声を受け取る人と出会い、舞台裏で悲しむ人たちを見た。
その経験が、歌手は自分を見せる人ではなく、誰かの代弁者だという考えへつながりました。

7〜8割で歌い、残りを聴き手に渡す。
八代亜紀の歌が時代を越えて個人的に聞こえるのは、完成度が低いからではなく、聴く人が入って初めて完成するように作られているからです。

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