トム・ヨークは、最初から自分の高く柔らかい声を気に入っていたわけではありません。
むしろ、好きな歌手の低い声へ近づこうとして、自分には合わないと感じていました。
その声を受け入れる助けになったのが、ニール・ヤングやジェフ・バックリィです。
しかし、自分らしい歌を見つければ、そのままずっと歌っていけるほど話は単純ではありませんでした。
2000年の『Kid A』では、今度はその声を加工し、歌い手が目立ちすぎない音楽へ進んでいます。
自分の声を見つけることと、同じ歌い方に留まらないこと。
トムはその両方を繰り返してきました。1995年の「Fake Plastic Trees」は、その歩みの大きな転機です。
1995年、隠していた柔らかさを歌に残す
若いトムが憧れたのは、マイケル・スタイプやデヴィッド・シルヴィアンのような、自分より低い声の歌手でした。
自分の声は高すぎる、柔らかすぎると感じ、そこを隠そうとしていたといいます。
変化のきっかけは、自分のデモがニール・ヤングに似ていると評されたことでした。
まだ彼を聴いたことのなかったトムは、『After the Gold Rush』を買います。
そこで、自分が隠そうとしていた柔らかさを持つ歌が、作品として成立していると知ったのでした。
それでも、ロックバンドで強く歌おうとする意識は、すぐにはなくなりません。
『The Bends』を作っていた時期、ジェフ・バックリィの公演を見たことが、もう一つの助けになりました。
プロデューサーのジョン・レッキーは、その経験によって、裏声でも弱々しいだけの歌にならずに歌えるとトムが気づいた、と振り返っています。
「Fake Plastic Trees」で残された歌は、トムが一人で歌ったものをもとにしています。
柔らかい声を避けるのではなく、その声で曲を歌い切る。
ここでようやく、本人が隠したかった部分が、Radioheadの歌の強みになっていきました。

2000年、『Kid A』では自分の声から離れてみる
ところが、『OK Computer』の成功を経たあとのトムは、歌い手としての役割に行き詰まっていきます。
ギターのエド・オブライエンは、トムが、自分自身の苦しみを歌う人物として見られることから、別の方向を探していたと説明しています。
どの歌も本人の心情として受け取られるなら、声を出すだけで、同じ人物像へ戻されてしまうわけです。
同時期のトムが好んでいた電子音楽には、歌のないものも多くありました。
惹かれている音楽の中で、自分はどう声を使えばよいのか。
『Kid A』では、歌をいつもの中心へ戻すのではなく、その役割を変えていきます。
表題曲「Kid A」では、トムが出す言葉の音に、ジョニー・グリーンウッドが弾く電子楽器の音程を組み合わせています。
声を加工するヴォコーダーを使い、トムが口で発する音と、ジョニーが動かす旋律を重ねたのです。
聞こえる歌の高さを、トム一人の声だけで作っているのではありません。
美しい裏声が突然変わったのは、歌う力が失われたから、という説明では捉えられません。
トムは、声の音色や言葉を、音楽を作る材料として使う方法を試していました。
一人の歌手が感情を語る形から離れることで、いつもの自分なら歌いにくい言葉も曲へ入れられるようになったのです。
2003年、バンドが気づいた「歌うことを楽しんでいる」変化
『Kid A』と『Amnesiac』での実験は、柔らかく美しい歌を捨てる結論にはなりませんでした。
2003年の『Hail to the Thief』について、ジョニーとエドは、歌の存在感が大きいアルバムになったと話しています。
二人が気づいたのは、トムがリラックスし、自信を持って歌っていることでした。
エドによれば、その前にトムがよく聴いていたのは、ゴスペル歌手のマヘリア・ジャクソンです。
声を一つの楽器として使う力に、強く惹かれていたといいます。
声を電子的に変える方法を探したあとで、今度は、人間が歌う声そのものから新しい刺激を受けていました。
この時期の「Sail to the Moon」では、トム自身も、歌うことへ戻ってきたと振り返っています。
歌を録音の中でどこへ置き、どう響かせるかは、プロデューサーのナイジェル・ゴドリッチへかなり任せました。
自分は歌い、その歌を作品の中で生かす仕上げを、信頼する相手に委ねていたのです。
声を加工する時期があり、そのあとに、歌うことを楽しむ時期が来る。
初期の声へ単純に戻ったのではなく、声の使い道を試した経験を経て、もう一度歌を前へ出せるようになったと考えると、この流れが分かりやすくなります。

2019年、「Dawn Chorus」ではほとんど一つの音で歌う
歌の印象は、旋律をどれほど大きく上下させるかだけでは決まりません。
ソロアルバム『ANIMA』に入った「Dawn Chorus」では、トムは、ほとんど一つの音で歌っていると説明しています。
その歌に合わせるため、できるだけ冷たく感じられるシンセサイザーの音を探していました。
必要な組み合わせが見つかるまで、何度も試したといいます。
大きく音程を動かして感情を盛り上げる代わりに、歌う言葉と周りの響きで曲を進めようとしたのです。
『The Bends』のころに見つけた、隠したかった自分の弱さは、ここで消えたのでしょうか。
『ANIMA』の取材でも、トムは、見せたくなかった傷つきやすい部分こそ大切だったと振り返っています。
声が大きく跳躍しなくても、個人的なものを歌へ込めることはできる。
柔らかい高音を伸ばすこととは別の形で、その感覚を使っているのです。
2023年、若いころの曲は難しくても、今の声を好んでいる
声の使い方を変える一方で、本人の声自体も、まったく同じままではありません。
2023年に公開された取材では、トムは、以前より声が柔らかくなり、歌声の中心も少し低いほうへ動いたと語っています。
そして、以前より今の自分の声を好んでいるとも話しました。
初期の曲には、難しくなったものもあります。
「Creep」の途中の高い部分を例に、裏声へ移れば歌えるものの、本人はなるべくそうせずに歌いたいと説明しています。
同じ高い音でも、どの声で歌いたいかまで含めると、本人にとっての難しさが変わるわけです。
ここには、若いころより歌いにくい部分と、今の声だから気に入っている部分の両方があります。
初期の高音だけを基準にしてしまうと、本人が現在の声に感じているよさを見落としてしまいます。
さらに、2025年のマーク・プリチャードとの『Tall Tales』でも、声の実験は続きました。
柔らかい歌を生かすだけでなく、自分で声を加工し、電子音に混ぜる方法を探しています。
その具体的な作り方は、トム・ヨークの歌い方で取り上げています。
自分の声を受け入れてからも、使い方は変え続ける
トムの歩みは、低い声への憧れを捨て、自分の柔らかさを受け入れたところでは終わりませんでした。
「Fake Plastic Trees」でその声を歌の中心へ置き、『Kid A』では、声を加工して歌い手の印象そのものを変えます。
『Hail to the Thief』では歌う楽しさを取り戻し、「Dawn Chorus」では、音程を大きく動かさない歌へ進みました。
美しい高音を手に入れたら、あとはそれを磨けばよい。
そうした一本道ではなかったからこそ、Radioheadやソロの作品を追うと、同じ人の声に何度も違う使い方が見つかります。
柔らかい声を隠さなくなったことと、その声を加工して変えることは、矛盾しているように見えるかもしれません。
けれど、前者では自分に合う声を見つけ、後者ではその声で何ができるかを試しています。
自分らしい声を一度見つけても、同じ歌い方に決めつけない。その繰り返しが、トム・ヨークの歌を変えてきたのでした。
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