MAHINA(HANA)の歌声はどう変わった?3次審査の見送りから現在まで

3次審査の見送りからHANAの現在までMAHINAの歌声の変遷をたどる記事のアイキャッチ MAHINA(HANA)

HANA・MAHINAさんの歌声で最も大きく変わったのは、音域そのものよりも「自分の声をどう使えばよいか」という理解です。
No No Girlsでは3次審査で一度見送りになりましたが、特別な3.5次審査で初めてラップへ挑みました。

その寄り道が、歌唱経験の少ない最年少候補を、低音とラップで曲の空気を変えるHANAの一員へ導きます。
一本道ではなかったからこそ、MAHINAさんの歌唱変遷には「上手くなった」だけでは語れない面白さがあります。

No No Girls以前は、長いダンス歴に歌が追いついていなかった

MAHINAさんは幼い頃から9年以上ダンスを続けていましたが、歌唱とラップは本格的に学んでいませんでした。
アーティストを志したのは中学3年生の頃で、ライブ会場の観客が笑顔になり、感動している姿を見たことがきっかけです。

つまり、最初から歌の技術で完成していた候補者ではありません。
人前で体を使って表現する経験は長い一方、自分の声にどんな役割があるのかは、オーディションの中で初めて探すことになります。

2次審査の個人歌唱は、その出発点を確認できる公式記録です。
後の姿を知ってから見ると、この時期にまだ答えが決まっていなかったこと自体が、変化の大きさを分かりやすくします。

3次審査の見送りで、歌が比較の道具になってしまった

3次審査ではASHAさん、CHIKAさんとチームを組み、「GET OUT」を制作しました。
しかし、MAHINAさんはここで4次審査への通過者に選ばれませんでした。

本人は、ほかの候補者と自分を比べ、自分を責めてしまったと振り返っています。
歌唱経験の差が見えやすい環境で、声は自分を表すものではなく、合否を測るものになっていたのでしょう。

この時点だけを切り取れば、「経験不足の候補者が落ちた」という普通の話で終わります。
けれども、プロデューサーは歌唱とは別の場所に可能性を感じ、ラップによる3.5次審査を提案しました。

3次審査の見送りが新しい表現を探す入口になったMAHINA

特別な3.5次審査で、初めて「自分の声が面白い」と知った

3.5次審査は、通常の選考にもう一度挑む敗者復活戦ではありませんでした。
それまで経験のなかったラップで、自分でも知らなかった適性を確かめる特別な機会です。

MAHINAさんはRei©hiさんの「UCHIRA」に挑み、4次審査への追加通過を決めました。
本人によれば、この提案を境に音楽の世界が広がり、少しずつ自分を好きになれたといいます。

さらに、ステージでは緊張が先に立っていた状態から、パフォーマンスを楽しむ気持ちの方が上回るようになりました。
技術を一つ覚えた以上に、自分の声へ向ける感情が変わったのです。

この転機は、現在の歌い方を詳しく扱うMAHINAさんの発声分析にもつながります。
低音やラップが武器になった理由は、最初から完成していたからではなく、見送りの後で使い道を発見したからです。

4次審査の「GET OUT」で、発見した声をチームへ戻した

追加通過後、MAHINAさんは再びASHAさん、CHIKAさんと組み、「GET OUT」を制作しました。
個人の可能性を示した3.5次審査に対し、4次審査ではその声を三人の作品へ置き直す必要がありました。

ここが歌唱変遷の二つ目の転機です。
自分だけが目立てばよいラップではなく、ほかの二人の言葉や声を受け取りながら、自分の色も残さなければなりません。

当時のレポートには、チーム内で意見がぶつかりながらも、候補者同士がMAHINAさんの見せ方を真剣に考えた過程が残っています。
声の個性は一人で完成するものではなく、誰と並ぶかによって役割が生まれると学んだ時期でした。

最終審査の「SAD SONG」で、競争相手を仲間として歌った

No No Girls THE FINALで最も思い出に残った場面として、MAHINAさんは11人で歌った「SAD SONG」を挙げています。
選ばれるための審査でありながら、ステージ上では「まだずっと一緒にいたい」と涙をこらえていたそうです。

3次審査では比較するほど自分を責めました。
最終審査では、同じ候補者を失いたくない仲間として見ながら歌っています。

声の技術だけを比べれば、この変化は数値にできません。
けれども、歌う相手への意識が競争から共有へ変わったことは、HANAで七人の声をつなぐ現在の役割を考えるうえで欠かせません。

「Drop」と「ROSE」で、低音とラップがグループの色になった

2025年、HANAは「Drop」でプレデビューし、「ROSE」で正式デビューしました。
オーディションで偶然見つかったラップは、ここで一度きりの審査技ではなく、グループの楽曲を形作る要素になります。

本人は、周囲から魅力的だと言われた低音を生かしたいと語りました。
同時に、自分の声を目立たせるだけでなく、特徴的な声によってほかのメンバーまで引き立てたいとも考えています。

3.5次審査では「自分にもできる」と知り、HANAでは「七人の中で何に使うか」へ問いが変わりました。
この変化によって、低音とラップが個人の合格理由から、楽曲全体の色を動かす役割へ進んだのです。

HANAとして自分の声をメンバーの中へ置くようになったMAHINA
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「Blue Jeans」で、強い曲以外にも居場所を広げた

デビュー後のHANAは、力強い「Burning Flower」と、異なる表情を持つ「Blue Jeans」を続けて発表しました。
MAHINAさんは「Blue Jeans」によって、HANAにはこういう歌い方もあると示せたことを喜んでいます。

これは本人の役割にも当てはまります。
ラップで道を開いたからといって、強い言葉を放つ場面だけが居場所になったわけではありません。

曲調が柔らかくなるほど、声の圧を抑えながら本人らしさを残す必要があります。
低音や勢いで場面を変える段階から、曲の性格に合わせて自分の色の濃さを選ぶ段階へ進みました。

1stアルバム以降は、声を使う人から音楽を作る人へ向かう

2026年には1stアルバム「HANA」が発表され、グループの表現はさらに広がりました。
MAHINAさん自身も、ほかの言語や音楽を深く学び、将来は作詞や作曲に挑戦したいと話しています。

No No Girls以前は、歌唱とラップの経験がほとんどありませんでした。
現在は、与えられたパートをどう歌うかだけでなく、HANAにしか作れない表現を自分でも生み出そうとしています。

3次審査の見送りから始まった変化は、声の技術を増やすだけで終わりません。
自分の声の価値を知り、仲間の中での役割を見つけ、次は音楽そのものを作る側へ進もうとしています。

変わらないのは、怖さより一度きりの機会を選ぶ姿勢

MAHINAさんは「人生は一度きり」という考えを大切にし、できないと言わず挑戦する姿勢を何度も語っています。
3.5次審査も、経験がないから断るのではなく、まだ知らない自分を試す機会として受け取りました。

歌声は、低音、ラップ、グループ歌唱へと役割を広げています。
そのすべてをつないでいるのは、完成してから舞台に立つのではなく、舞台の中で自分を更新する態度です。

まとめ

MAHINAさんの歌声は、長いダンス歴に歌唱経験が追いついていなかった時期から、3次審査の見送りを経て大きく変わりました。
特別な3.5次審査でラップと出会い、自分の声を好きになれたことが最大の転機です。

4次審査では発見した声をチームへ戻し、HANAでは低音とラップを七人の色へ変え、「Blue Jeans」では強さ以外の居場所も広げました。
見送りは遠回りではなく、本人にも見えていなかった声の役割を見つけるために必要な一歩だったのです。

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