アダム・レヴィーンの高い声には、甘さがあります。
けれど、マルーン5の「This Love」を思い浮かべると、優しく恋人に語りかける歌とは少し違うはずです。
言葉を鋭くぶつけたかと思えば、声を軽くしてすり寄る。
その切り替えの速さに、恋愛の楽しさも、うまくいかない苛立ちも出てきます。
**アダムの歌い方の面白さは、硬い声と柔らかい高音を使い分け、一曲の中で相手への態度を変えてみせるところにあります。**
2002年のアルバム『Songs About Jane』に収められた「This Love」には、その特徴がよく表れています。
甘い声で、ずいぶん険しい恋愛を歌っている
「This Love」の二人は、順調に愛を育てているわけではありません。
別れが繰り返され、歌の主人公も傷ついている。
それでも相手を満足させようとし、関係を続けようとします。
惹かれる気持ちと、もう振り回されたくない気持ちが、同じ相手に向いている歌です。
この前提があると、アダムの鋭い歌い出しが、単に格好よくリズムを刻むためのものには思えなくなります。
短く言い切る言葉には苛立ちがあり、声が軽くなるところには、相手を誘うような余裕がある。
強気に出ているつもりでも、すぐに相手のことが気になってしまう。
歌の中の人が、ずっと同じ気分でいられないのです。
声の甘さは、関係がうまくいっている証拠ではありません。
むしろ、これだけこじれているのに、まだ相手に惹かれていることを感じさせます。
怒りだけで歌えば、別れを告げる歌として聞こえたかもしれません。
アダムの歌には、そこで話を終わらせられない未練が残ります。
言葉をぶつけたあと、声をふっと軽くする
アダムの高音をひとまとめに裏声と呼んでしまうと、「This Love」の声の変化を捉えにくくなります。
明るく鋭い声で言葉を押し出す部分と、細く軽い裏声へ抜く部分とでは、相手への迫り方が違うからです。
短い言葉をはっきり区切ると、歌はドラムやピアノと一緒に跳ねます。
一方、語尾を柔らかく伸ばしたり、フレーズの合間に軽い声を差し込んだりすると、その勢いがいったん緩む。
強く歌う、軽く歌うという小さな変化が、恋人に文句を言ったり、また誘ったりする身振りのように働きます。
アダムの録音を手がけてきたノア・パソヴォイも、彼が歌の合間に声の響きを変え、リズムのアクセントを作ることを評価しています。
主旋律の合間に入る短い声まで、曲の動きに使っているのです。
ここで聴きどころになるのは、最も高い音がどこにあるかよりも、その前後です。
強い言い方から軽い声へ移ると、同じ主人公が急に人懐こくなる。
そして次の言葉をまた鋭く出せば、甘さに浸っている暇もなく、曲が先へ進みます。

途中で旋律が変わると、主人公の言い分も変わる
「This Love」は、最初から現在の構成だったわけではありません。
プロデューサーのマット・ウォレスは、Aメロとサビを繰り返す構成に、もう一つ違う展開が必要だと考えました。
そこで生まれたのが、後半で、それまでとは違う旋律に切り替わる部分です。
専門用語ではブリッジと呼ばれますが、この曲では、主人公の言い分が変わる場所として捉えると分かりやすくなります。
それまでは、相手に振り回されてきたことを訴えていた。
ところが、ここでは自分が傷ついた相手を癒やし、望みに応えようとします。
恋愛への不満を並べていた人が、関係を修復する側へ回るのです。
その変化を、歌い方も支えています。
同じ短いフレーズを繰り返すサビを離れ、ひと続きの言葉を歌うことで、主人公が改めて相手を説得しようとしているように聞こえます。
甘い声の役割も、色気を添えることから、相手に自分を受け入れてほしいという願いへ変わっていきます。
ただし、これで二人が幸せになったと決まるわけではありません。
曲は再び、傷ついた恋愛を歌うサビに戻ります。
やり直そうと言ったあとでも、同じ問題を繰り返してしまうのかもしれない。
途中の柔らかい歌を聴いたぶんだけ、戻ってきたサビの強い声にも、少し切実さが加わります。
ウォレスが、追加された部分によって曲に深みが生まれたと振り返った理由も、こうして歌の流れを追うと実感しやすくなります。
それまで強気だった主人公が、相手にやり直そうと訴える。その変化を歌える場所ができたのです。
声を目立たせるために、周りを埋めすぎない
こうした細かい切り替えは、伴奏との組み合わせでも印象が変わります。
「This Love」では、ピアノやギターも短い音を繰り返し、リズムをはっきり示します。
その上でアダムが言葉を区切ると、歌も演奏の一部として動き、軽く伸ばした声は、周りの短い音から浮かび上がります。
もし、伴奏もコーラスも最初から最後まで長い音で埋まっていたら、同じ歌でも、ここまで細かな違いには気づきにくかったでしょう。
アダムの声だけを取り出して考えるより、周りがいつ鳴り、いつ音を止めるかまで含めると、歌の歯切れのよさが分かります。
本人も、録音で音と音の間を大事にしていると話しています。
少ない音で大きく聞かせることにも、多くの音を一つのまとまった動きとして聞かせることにも関心がある。
一つ一つの音を目立たせるより、曲全体でどんな勢いを作れるかが大切なのです。
声色の切り替えと一緒に、伴奏との関係も変わります。
アダムは、伴奏と一緒に言葉を刻むことも、そこから少し離れて声を伸ばすこともできる。
その選び方によって、歌が相手を責めているようにも、誘っているようにも聞こえます。

歌に集中するために、ギターを任せた
アダムは、初めからマイクだけを持つフロントマンだったわけではありません。
前身バンドからマルーン5へ移っていく時期には、リードギターも担っていました。
そこへ加わったジェイムス・ヴァレンタインによると、歌の難しさが増すにつれて、アダムは歌唱へ集中したくなったといいます。
ギターの細かいパートを弾くことと、動きの多い旋律を歌うことを、いつでも同時にできるわけではなかった。
初期のステージでも、ギターを弾く曲と、手放して歌う曲がありました。
この話を知ると、声が軽やかに動くことと、歌う側が気楽であることは違うのだと分かります。
短い言葉を刻み、声を切り替え、次の旋律へ移る。
アダムは、その動きに集中できるよう、バンドの中で仕事を分けてきたのでした。
その後、外部の作り手と組むことで歌がどう変わったかは、アダム・レヴィーンの歌声の変遷で追っています。
甘さと苛立ちが、同じ声にある
「This Love」に戻ると、アダムの高い声は、ただ心地よく響いているだけではありません。
硬い声で不満を言い、柔らかい声で相手へ近づき、別の旋律では関係を直そうとする。
そのたびに、同じ主人公の態度が少しずつ変わります。
だから、歌詞を全部追えていなくても、楽しそうなだけの恋愛には聞こえない。
**甘い声の中に、苛立ちや未練が何度も顔を出す。**
アダム・レヴィーンの歌い方を特徴づけているのは、恋人に対する揺れ動く気持ちまでリズムにしてしまうところです。






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