suis(ヨルシカ)の歌声はどう変わった?2017年の初期から『二人称』まで

suis(ヨルシカ)の歌声の変遷 suis

suisさんの変化は、歌が不安定だった新人が、技術を身につけて上手くなったという単純な物語ではありません。
2017年の時点で、音程、声量、弱さと強さの幅はすでに高く評価されていました。

大きく変わったのは、誰が歌声の答えを決めるかです。
初期は細かな演出を受けて多彩な声を出し、2019年には物語の人物を自分で生きるようになり、現在は上手く歌わない方が作品に合う場面まで判断しています。

2026年の『二人称』には、その到達点を象徴する曲があります。
高熱の日に一度だけ録った、粗さの残る仮歌が完成版に選ばれた「雲になる」です。

2017年は、未経験の声を細かな演出で開いた

ヨルシカは、n-bunaさんが知人を通してsuisさんと出会ったことから始まりました。
suisさんは家で歌うことが好きでしたが、人前で歌った経験はほとんどなく、音楽を大量に聴いて研究してきた歌手でもありませんでした。

それでも、わずかなかすれを含む声は、ロック、バラード、浮遊感のある曲のどれにも入りました。
音程と声量が安定し、弱い声と強い声の落差も作れたため、経験の少なさがそのまま弱点にはなりませんでした。

初期の録音では、n-bunaさんが声の表情を細かく指定しています。
「靴の花火」では、ある部分をささやくように、サビでは声をまっすぐ強く出すように演出されました。

これは、suisさんの個性がまだなかったという意味ではありません。
本人も気づいていない複数の声を、曲ごとの指示によって一つずつ開けていった時期でした。

「言って。」では、軽快な言葉の運びと、感情が急にあふれる場面が同居します。
初期から、透明な一色ではなく、強弱の切り替えがヨルシカの物語を動かしていました。

2017年のヨルシカ初期を伝える正規インタビュー写真

2019年は、指示を再現する歌手から主人公へ変わった

『だから僕は音楽を辞めた』の録音では、作り方が大きく変わりました。
n-bunaさんは最初からすべての歌い方を決めず、まずsuisさんに自由に歌ってもらい、必要な部分だけ直す方法を選びます。

自由になったことで、suisさんは自信を深めました。
同時に、男性の主人公エイミーを外側から演じるのではなく、自分の中でその人物になって歌う感覚が強くなります。

中性的な音色は、この物語で大きな意味を持ちました。
女性が男性らしい声を作るのではなく、性別を意識させないまま「僕」の言葉を運べるからです。

4月の『だから僕は音楽を辞めた』と、8月の『エルマ』は、手紙を渡す側と受け取る側の物語です。
二つの作品を通じて、歌声は曲の装飾から、人物そのものへ近づきました。

2020年の『盗作』は、高音の歌手という印象を壊した

次の転機は、声の主導権だけでなく、使う音域にも現れます。
ライブでsuisさんの低い声を聞いたn-bunaさんは、その範囲をもっと作品に生かしたいと考えました。

『盗作』では、それまで目立たなかった低音が増えます。
suisさん自身は新しい技術を突然身につけたのではなく、以前から持っていた全音域を使えたという感覚でした。

高く澄んだ声をヨルシカらしさだと思っていた聴き手には、低い声の冷たさや無表情さが新鮮に響きます。
実際には、声が変わったというより、作品が歌手の未使用部分を見つけた変化です。

「思想犯」では、感情を大きく見せず、どこか距離を置いた人物が立ち上がります。
初期の強弱とは違い、低さと抑制が物語を支えるようになりました。

2021年は、ヨルシカの外でも「役を歌う」力が広がった

『創作』では、低い音域と表現の幅がさらに定着します。
同じ頃、suisさんはヨルシカ以外の映画やアーティスト作品にも声を預ける機会を増やしました。

映画のために「少年時代」を歌った時は、女性歌手として原曲をカバーするのではなく、主人公の少年の隣にいるもう一人の少年という立場を選びます。
その作品に必要な人物を探してから歌う姿勢は、2019年に育った役作りの延長です。

一方、「春泥棒」のような曲では、物語の人物を演じながらも、歌声が広い景色へ開いていきます。
低音を手に入れた反動で高音を捨てるのではなく、暗さと明るさの両方を同じ歌手の中に置けるようになりました。

2023~2024年は、感情を偶然から再現できる技へ変えた

2023年の『幻燈』は、音楽だけでなく絵と物語を行き来する作品です。
歌にも、一般的な美しさより、絵の中の人物や場面へ合う表情が求められました。

この頃までに、suisさんの録音方法はかなり具体的になります。
まず自分の解釈で歌い、求められた人物と違えば、怒った時の喉、泣く時の口、言葉を飲み込む時の呼吸を記憶から呼び戻します。

本人は、その作業を町工場になぞらえました。
感情が自然に降りてくるのを待つのではなく、これまで集めた感覚を必要な形に加工して曲へ渡します。

2024年の「晴る」では、幅広い人へ届く開放的な曲の中でも、作品の風景が先に立ちます。
顔や私生活を前面へ出さない活動方針も、秘密を作るためだけではなく、歌手より作品を先に見せる考えとつながっています。

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2026年の『二人称』は、上手さを手放せる段階へ進んだ

3年ぶりのアルバム『二人称』では、歌い方の選択がさらに大胆になりました。
ウィスパー、酔った人物、歌っているように聞かせない声、逆に明確に歌い上げる声が、曲ごとに使い分けられています。

特に「雲になる」は、現在地を象徴します。
本番ではもっと整った歌が録れていたのに、最終的に選ばれたのは、高熱で鼻も詰まっていた日に宅録した一発の仮歌でした。

歌手本人には、粗さや揺れが残る理想未満のテイクです。
しかし、雲の中に浮くような曲には、その不完全さが合いました。

別の曲では、言葉を伝えるというヨルシカの大切な方針を半分捨てています。
練習量を最小限にし、本当に一度だけ歌った声を残した曲もあります。

初期は、指示された声を正確に出すことが成長につながりました。
現在は、正確さや完成度を下げる選択まで、作品のために引き受けています。

2026年『二人称』の正規インタビュービジュアル

「あぶく」では、長く磨いてきた透明感が、幼さだけでなく、重さや不安定さも抱えられる声になっています。

suisの変遷は、声を増やした歴史ではなく、答えを選ぶ人になった歴史

2017年のsuisさんには、すでに多彩な声がありました。
n-bunaさんの細かな演出によって、その声が曲の中で使える形へ整えられます。

2019年には自由に歌う余地が増え、物語の主人公を自分で生きるようになりました。
2020年には低音が発見され、2021年以降は別の作品でも人物を作る力が広がります。

そして2026年には、上手く整えることだけでなく、粗い声や歌わないような歌まで選べるようになりました。
技術が増えた結果、技術を見せない自由を持ったのです。

suisさんの現在の発声と歌い方を先に知ると、この変化が単なる声質の違いではないことが分かります。
Aimerさんの歌声の変遷が同じ声を異なる音楽へ連れていった歴史なら、suisさんは自分の姿を薄くしながら、異なる人物を声へ迎え入れた歴史です。

透明感は、デビュー時から消えていません。
ただし現在の透明さは、きれいで傷のないガラスではなく、低音、怒り、酔い、熱、粗さまで映せる厚みを持っています。

次の作品で何色に聞こえても、別人になったわけではないでしょう。
曲に必要な答えを自分で選び、その人物へ声の場所を譲ることこそ、変化の中で残り続けるsuisさんの個性です。

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