幾田りらさんの歌声は、活動初期から現在まで変わっています。
ただし、声が太くなった、音域が広がったという一直線の成長ではありません。
最も大きく変わったのは、歌声が引き受ける役割です。
初期はギターを抱えて自分の言葉を歌い、YOASOBIでは他者の物語へ正確に入り、ソロへ戻ると、その精度を使って以前より深く自分をさらけ出すようになりました。
現在の幾田さんは、幾田りらとikuraを切り替えているだけではありません。
二つの活動で覚えたことを行き来させ、自分の曲の中にも物語を演じる運動性を、YOASOBIの中にも一人の生活者としての温度を持ち込んでいます。
その合流点を示す作品が「百花繚乱」です。
変化の多い曲を軽やかに進む力と、自分で物語を読み、自分で言葉を書く力が、同じ歌声の中で初めて大きく結び付きました。
2015年から2018年、自分の言葉を自分の声で届けるところから始まった
古い公式プロフィールには、小学6年生で初めて作詞作曲をし、中学3年生から本格的にライブ活動を始めたと記録されています。
高校生の頃には、路上やライブハウスでギターを弾き、自分の経験から生まれた歌を届けるシンガーソングライターでした。
同時期に参加した「ぷらそにか」では、若い音楽家たちがカバー曲を持ち寄り、声を重ねます。
一人で自作曲を歌う活動とは違い、ほかの歌い手の音色や解釈を近くで受け取り、誰かと一つの歌を作る環境がありました。
「ロマンスの約束」は、高校3年生頃に書いた曲です。
のちにアレンジを変えて歌い直した時、本人は、当時のみずみずしい歌詞と、時間を経て成長した自分の歌唱の両方を味わってほしいと説明しています。
初期の活動だけを見ても、すでに自分の出来事を歌に変える軸がありました。
YOASOBIはその人を別の歌手へ作り替えたのではなく、声の使い道を一気に広げたのです。
2019年、「夜に駆ける」で歌声は物語の登場人物になった
転機は、AyaseさんがInstagramの弾き語り動画を見つけ、YOASOBIのボーカルへ誘ったことです。
そこで求められたのは、自分が書いた歌を自分として歌うこととは異なる役割でした。
YOASOBIは、小説を音楽にするユニットです。
曲ごとに主人公も世界も変わるため、ikuraの歌声には、固有の癖を常に見せるより、その物語へ入れる余白が必要になります。
Ayaseさんは後に、その声を「変幻自在」で「無色という色」と表現しました。
親しみやすさを残しながら、作品ごとに別の感情を受け取れることが、弾き語りの声を物語の声へ変えたのです。
「夜に駆ける」が広く届いた後も、明るい声で暗い題材を歌う組み合わせは、単なるギャップとして消費されませんでした。
歌い手が感情を決めすぎないことで、聴き手が物語の危うさへ自分から気づく余地が残ります。
2020年から2021年、他者の曲を歌う経験がソロへ戻ってきた
YOASOBIの成功が急速に進む中でも、幾田さんはソロの活動を手放しませんでした。
2021年の「Answer」は、ikuraとして知られた後に、一人のシンガーソングライターとしてオリジナル曲を出す大きな一歩になりました。
本人はこの頃、誰かが作った曲を自分の歌声でどう表現するかを、YOASOBIの活動から日々学んでいると話しています。
他者の物語へ入る技術は、自分を消すためのものではなく、自分の曲を外から見直す力にもなりました。
「Answer」では、心の弱い部分を隠さず書くことに向き合っています。
初期にも自分の経験を歌っていましたが、注目と期待が急に大きくなった後では、同じ自己表現でも背負うものが違います。
この時期から、幾田りらとikuraは別々の道ではなくなります。
片方で得た解釈力がもう片方へ戻り、ソロの歌声にも、言葉を聴き手へ渡すための冷静な視点が加わりました。
2022年から2023年、『Sketch』で二つの名前の間にいる自分を歌った
2023年の1stアルバム『Sketch』は、成功を祝うだけの作品ではありません。
YOASOBIが自分の予想より先へ進み、人生なのに自分ではないように感じた迷いと、心が現実へ追いつくまでの時間が曲になっています。
ここで歌声は、弾き語り時代へそのまま戻ったわけではありません。
まず自然に歌って曲の魂へ近い表現を残し、その録音を聞き返して、流れた言葉の子音や強弱を整えるという方法を本人は説明しています。
感情だけを強く出せば、聴き手が置いていかれることがあります。
心をさらけ出しながら、歌詞を見なくても言葉が自然に胸へ入るよう調整する姿勢には、ikuraとして物語を届けてきた経験が見えます。
アルバムには、高校時代に書いた「ロマンスの約束」と、注目を浴びた後に書いた「Answer」が同居しています。
昔の自分を消して現在だけを見せるのではなく、異なる時期の声を一枚の中へ並べたことが、『Sketch』という題名に合っています。
現在の発音、高音、YOASOBIとソロの使い分けは、幾田りらの歌い方と発声分析で詳しく解説しています。
2023年から2024年、「アイドル」と声の演技が変身の幅を広げた
「アイドル」では、一曲の中で求められる人物像と感情の切り替えがさらに増えました。
その歌唱を、単に速いメロディーを正確に歌った結果と見るだけでは、この時期の変化を捉えきれません。
幾田さんは、歌とは別に声優として人物を演じる経験も重ねました。
アニメーション映画で長い時間をかけて役の感情と向き合い、言葉を声だけで伝える仕事は、歌の外側から表現を考える機会になっています。
共演者からも、一つ一つへ時間をかけて向き合い、考えたことを表現へ落とし込む力が評価されました。
もともと持っていた透明な声へ、役を理解してから声を選ぶ経験が重なり、変身は声色の器用さだけではなくなります。
この頃のikuraは、チームの中で求められる技術をいつでも出せるようにする自分を、新体操の選手にたとえています。
世界規模の舞台でも同じ作品を成立させる再現性は、初期の弾き語りとは別の種類の歌唱力です。
2025年から現在、『Laugh』でikuraの運動性と幾田りらの人生が合流した
2025年の「百花繚乱」は、これまでの区分を揺らした曲です。
YOASOBIで培った、次々に変わる展開へ対応する力を、幾田さん自身が書いたソロ曲の中で使っています。
この年は、海外公演と全国ツアーを含め、非常に多くのライブを重ねました。
同じ演目を繰り返すだけではなく、その日の観客へ声を届け続けた経験が、YOASOBIで見た景色をソロの言葉へ変える動機にもなりました。
2026年の2ndアルバム『Laugh』では、優しさだけでなく、暗い感情のどの時間を切り取り、希望へつなげるかという意志が前へ出ています。
アルバムの最後に置かれた「タイムマシン」では、自分の経験をどこまで具体的に歌へするかという迷いを越え、シンガーソングライターとして書き切る責任を選びました。
本人は、この声を人生をかけてどう使い、どこまで表現できるかを考えるようになったと話しています。
初期は自分の声で歌を作り、YOASOBIでは歌が求める声へ変わり、現在はその両方を自分の意思で選べる段階へ進んでいます。
変わらないのは、歌を誰かの生活へ届けたいという原点
活動の規模も、求められる技術も大きく変わりました。
それでも、現在のソロ活動で目標を尋ねられた時、幾田さんは、自分の経験をありのまま音楽にし、誰かの生活のお守りになればよいという原点を挙げています。
高校時代の「ロマンスの約束」と近年の「恋風」には、制作環境も経験も大きな差があります。
しかし、身近な感情を遠くから説明せず、聴き手の生活へ置ける言葉にする姿勢はつながっています。
変わったのは、自分だけを歌うか、他者だけを演じるかという二択です。
幾田りらとして生きた日々と、ikuraとして出会った無数の物語を、今では同じ声の材料として使えます。
幾田りらの歌唱の変遷は、二つの名前が一つになる物語
幾田りらさんは、YOASOBIによって初めて歌えるようになった人ではありません。
その前から、自分で言葉とメロディーを作り、ギターを持って歌うシンガーソングライターでした。
2019年以降、ikuraとして他者の物語へ入り、言葉を正確に届け、曲ごとに別の役を担う力を身につけました。
その経験はソロへ戻り、『Sketch』では迷いを聴き手へ渡せる形に整え、『Laugh』では自分の人生をさらに具体的に書く覚悟へ進みます。
現在の歌声が初期より豊かに聞こえるとすれば、それは単に高音や声量が伸びたからではありません。
自分の声で自分を語ることと、自分の声を誰かの物語へ預けることを、どちらも知っているからです。
「無色」という個性は、何も持たない空白ではありません。
弾き語り、YOASOBI、声の演技、世界の舞台、ソロ作品で受け取った色を重ねても、聴き手の生活が入り込む余白を残せることが、現在の幾田りらさんの強さです。
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