河島英五の歌い方|野太い声と、サビの語尾に残るかすれ

ギターを手にする河島英五(公式メモリアルサイト掲載、撮影年不詳) シンガー
ギターを手にする河島英五(公式メモリアルサイト掲載、撮影年不詳)

河島英五の歌声を、野太く力強い声として覚えている人は多いでしょう。
けれども「酒と泪と男と女」の歌唱を評した文章には、繊細さや、声を伸ばしたときのかすれに心を動かされたという見方もあります。
声の強さに加えて、歌い出した後の表情に注目すると、河島の歌を知る手がかりが増えます。

「酒と泪と男と女」(公式リリックビデオ・2026年公開)

野太く力強い、と受け止められる声

ワーナーミュージックの公式紹介は、河島の魅力として優しい歌詞と力強い歌声を挙げています。
俳優の鈴鹿央士も、好きな「時代おくれ」について話したインタビューで、河島の声を野太く力強いと表現しました。
声の強さが、歌を聴いた人の記憶に残る特徴になっています。

一方、音楽評論家の前田祥丈は、「酒と泪と男と女」の声を、力強さと繊細さを備えたハスキーボイスとして評しています。
ハスキーとは、声にかすれを感じることです。
前田の評価では、押し出す力と細やかな表情が、一つの歌声の中にあります。

この声には、大人の人生を語る人という印象も重なりやすいでしょう。
ただ、メモリアルサイトによれば、「酒と泪と男と女」を作った河島は、まだ18歳の高校生でした。
前田は、大人たちを眺める若い人の視点が、この歌を必要以上に重くしない距離感につながっていると考えています。

声の太さから、歌の主人公も歌い手も初めから年配の男性だったように思うと、この曲の背景は見えにくくなります。
河島が歌にしたのは、自分より上の世代にも向けたまなざしでした。
力強く聞こえる声から、誰に向かって、どんな気持ちを伝えようとしているのかをたどると、歌の印象も広がります。

サビで張った声、その後に続くかすれ

音楽ブログ『∴bandshijin∵』の青沼詩郎は、「酒と泪と男と女」のサビを聴き、張り上げた一声と、その後の擦れたサスティンに強く心を動かされたと書いています。
サスティンは、声や音を伸ばして保つことです。
この評では、サビの勢いだけでなく、言葉の末尾を伸ばす間の声の質感が聴きどころになっています。

特に挙げられているのは、サビの「で」「て」の音です。
その母音が続いている間にも、感情を受け取っているわけです。

声を出す瞬間と、その後に保つ部分を分けて聴くと、この感想の意味が捉えやすくなります。
一声を張るところでは、言葉が強く前へ出る。
その後も母音が続くことで、言葉を言い終えてからの余韻を受け取る時間ができます。
青沼が心を動かされたのは、その余韻が滑らかな音だけでなく、擦れを伴う声で続くところでした。

サビの迫力には、伴奏の強弱も関わっている

同じ青沼の聴き取りでは、サビへ入ると、ベースの音数や音程の動きが増え、ドラムの鳴り方も力を増すと指摘されています。
その前の部分や間奏では、ドラムがかなり抑えられているという評です。
河島の声だけが大きくなるように感じた場面にも、演奏全体の変化が重なっています。

この伴奏の動きを意識すると、声が張り出す場所が、曲全体の中でどんな役割を持つのかもわかりやすくなります。
サビでは、言葉の勢いと楽器の勢いが一緒に前へ進む。
そして歌の語尾には、伴奏が続く中で声のかすれが残る。
歌声の質感と、周囲の音が作る盛り上がりを分けて聴くことが、河島の迫力を一段詳しく知る入口になります。

河島英五のプロフィール写真(撮影年不詳)
河島英五のプロフィール写真(撮影年不詳)。
画像出典:写真掲載元

力強い声で、優しい歌を届ける

河島と仕事をしたフジテレビのきくち伸は、優しい男の悲しい歌を、河島が力を込めて歌ってくれたと回想しています。
作詞の内容にある優しさと、歌う声の力強さを、別々の魅力として切り離していません。

きくちの文章で印象的なのは、力を込めた歌が、悲しみを持つ人の優しさとして記憶されているところです。
強い声は、威圧するためだけに働くものではありません。
弱さを抱えた人の言葉を、聴き手のところまでしっかり届ける力にもなる。
河島の歌に力強さと繊細さの両方を感じるという評価は、この回想とも響き合っています。

「時代おくれ」も、その組み合わせを考えたい曲です。
阿久悠の詞と森田公一の曲によるこの歌には、周囲に見栄を張るよりも、人の気持ちを大切にしたいという願いがあります。
鈴鹿央士が野太く力強いと受け止めた声は、そうした控えめな生き方を描く言葉にも重なっています。

曲の題材が控えめだからといって、声まで小さく遠慮がちである必要はないのでしょう。
歌詞にある静かな願いと、それを届ける声の存在感を合わせて聴くと、河島が歌う意味が見えてきます。
「酒と泪と男と女」の悲しみと、「時代おくれ」の願い。
同じ歌い手の強い声でも、受け止める言葉によって、聴き手に残る感情は異なります。

「旧友再会」では、残された声に仲間の声が重なる

一人の声の力を、ほかの人の声と一緒に聴ける作品もあります。
2001年発売の「旧友再会」は、河島の歌唱にアナム&マキのボーカルやギターを重ねた録音です。
ワーナーミュージックの紹介によれば、河島のボーカルは亡くなる2日前に録られ、本人が考えていたアレンジを形にしたとされています。

この作品では、一つの声を聴くことと、その声を別の歌い手が受け継ぐことが重なります。
河島が最初から最後まで一人で歌い上げる録音として聴くのではなく、どこに本人の声があり、どのように周囲の声が加わるかへ耳を向けたい曲です。
声の太さやかすれを味わう聴き方に加え、人の声が重なることで、歌の呼びかけがどう広がるかも聴きどころになります。

聴き手が、自分の気持ちで歌えること

漫才作家の本多正識が記した回想には、河島自身の歌への考えも残っています。
河島は、曲が売れるのは嬉しいが、提供された曲も含めて、自分が歌いたいように歌ってきたと話していました。
さらに、カラオケで自分の持ち歌のように歌う人がいると知り、同じ気持ちを持ってくれているのが嬉しい、と受け止めていたそうです。

聴き手が自分の気持ちを重ねられることは、河島にとっても喜びだったのです。
その声をそっくり再現できなくても、歌にある感情を自分のものとして受け取ることはできる。
河島の歌唱をたどる面白さも、野太い声の迫力だけでなく、その声にどんな言葉や気持ちが乗っているかを確かめるところにあります。

「酒と泪と男と女」では、サビで張り出す瞬間から語尾までが、河島の声の表情を考える手がかりになります。
声を張った後に残るかすれまで聴いてみると、強さと悲しさが一つのフレーズにあるという評が、具体的な聴きどころとして見えてくるでしょう。

同じ歌を歌い続ける中での選択は、河島英五の歌唱変遷で、「てんびんばかり」の複数の版を通して取り上げています。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました