松山千春の歌い方・発声|透明な高音と「間」が心に残る理由

ステージでマイクを持つ松山千春 シンガー

松山千春さんの歌声を語るとき、まず思い浮かぶのは若い頃の澄んだ高音でしょう。
細く伸びた声が広い空へ抜けていくような「大空と大地の中で」や、切なさをまっすぐ運ぶ「恋」は、一声で松山千春さんだと分かります。

しかし、半世紀近く歌い続けてきた理由を、高い声の美しさだけで説明することはできません。
本当に特別なのは、声を出している時間だけでなく、次の言葉が届くまでの静けさまで歌にしてしまうことです。

若い頃と同じ声を守るのではなく、その日の声に合わせ、言葉を置く場所と待つ時間を変える。
松山千春さんの歌い方は、透明な高音から始まりながら、やがて「間」を味方にする表現へ広がってきました。

松山千春の歌は、声より先に「誰へ歌うか」が決まっている

松山千春さんは、音楽について語るとき、技術や流行よりも「人へ伝えること」を前に置いてきました。
1981年にロック色の強い「長い夜」を発表した頃にも、サウンドや言葉を飾りとして考え、歌の中心にあるのは心だという趣旨を語っています。

これは精神論に見えて、実は歌い方をかなり具体的に決める考え方です。
自分の声をきれいに聞かせることが最優先なら、フレーズは均等に整え、毎回同じ位置で息を吸い、録音どおりに歌う方が安心です。
ところが、相手へ言葉を渡すことが目的になると、急ぐべき言葉と、置いて待つべき言葉が生まれます。

松山千春さんの歌では、すべての音が同じ重さで流れていきません。
大事な一語へ向かう前にわずかな空間を作り、母音を伸ばした後にも余韻を残します。
そのため、短い歌詞でも、話しかけられたような近さが生まれます。

高校時代の文化祭では、歌唱中に照明が落ちても暗闇の中で歌い続け、歌い終えたときの歓声に強く心を動かされたと伝えられています。
後年、武道館での弾き語りを経験した際にも、その原点を思い出したと振り返りました。
楽器や照明より先に、声と聴き手が向き合う。その体験が、長い活動を貫く歌の出発点になっています。

透明な高音は、強く押すより上へ逃がすように説明される

松山千春さんの発声を扱った解説では、話し声は普通からやや高めで、声質は柔らかく軽いという見方があります。
低い音にも芯はありますが、重たい声を胸から引きずり上げる印象より、響きが口や鼻の周辺から上へ抜けるような明るさが特徴だと説明されています。

ここでいう「上へ抜ける」は、鼻声を作ることではありません。
鼻をつまんだように音を細くするのではなく、喉だけで音量を受け止めず、言葉の輪郭を保ったまま軽く遠くへ通すイメージです。

若い頃に歌う松山千春

高音については、地声、ミドルボイス、ミックスボイスなど、解説者によって使う言葉が異なります。
「季節の中で」の伸びやかな声を地声の延長と捉える見方もあれば、地声感を残した中高音として説明する見方もあります。

外から歌を聞くだけで、喉の内部を一つの名前に決めることはできません。
同じ歌手でも、曲、音の高さ、音量、年齢によって声の使い方は変わります。
大切なのは分類名ではなく、高くなるほど力で太くしていないことです。

松山千春さんの若い頃の高音は、鋭く突き刺すというより、細い光が長く続くように聞こえると評されてきました。
柔らかい声質のまま芯が消えず、母音が途切れずにつながるため、広い音域を移動しても歌詞がばらばらになりません。

地声と裏声の境目については、声区・ブリッジの考え方で基礎から整理しています。
松山千春さんのような高音を目指す場合も、名前を当てることより、音が上がった瞬間に首や顎が固まっていないかを見る方が安全です。

「恋」は長く伸ばす歌ではなく、言葉を置いていく歌

松山千春さんの代表曲には、ロングトーンの印象が強く残ります。
けれど、長く伸ばせることだけが魅力なら、歌はもっと滑らかで均一に聞こえるはずです。

「恋」で胸に残るのは、音をどこまでも伸ばす技術より、言葉が終わるたびに部屋の空気が少し変わることです。
一つのフレーズを歌い終えた後、すぐ次へ進まず、聴き手が意味を受け取る時間を残します。

個人の歌唱評では、松山千春さんのフレージングを、母音を切らずに長くつなぐ曲線的な歌い方と見る説明があります。
一方、近年のライブを見た人からは、一拍、二拍と置くように歌う場面が増え、それが没入感につながっていたという感想も出ています。

一見すると、この二つは反対です。
若い頃は流れるようにつなぎ、現在は細かく止めるように見えるからです。
しかし、目的は共通しています。どちらも言葉を急いで消費せず、聴き手の中へ残すための時間の使い方なのです。

「長い夜」で変わるのは声質より、歌が前へ進む速度

「長い夜」は、それまでの弾き語り中心の印象を大きく変えた曲です。
ハンドマイクを持ち、バンドの強い演奏を背負って歌う姿は、静かなフォーク歌手という枠からはみ出していました。

ここでも声の本質が別物になったわけではありません。
柔らかく上へ抜ける声、長い母音、はっきりした言葉の輪郭は残っています。
変わったのは、余韻を長く抱えるだけでなく、次の拍へ聴き手を連れていく役割が加わったことです。

静かな曲では、声を置いた後の空白が感情を深くします。
速い曲では、語頭を少し前へ出し、次の言葉が来る期待を作ります。
同じ声でも、時間の扱いが変わると歌手の人物像まで変わって聞こえます。

この違いがあるため、松山千春さんは「恋」の孤独と「長い夜」の高揚を、別人の声色へ作り替えずに歌い分けられます。
声色の種類を増やすのではなく、一つの声が進む速さを変えて曲を動かす歌手なのです。

67歳で「今の方が歌える」と言えた理由

年齢を重ねた歌手について、私たちはすぐ「昔の声が出るか」で判断しがちです。
松山千春さん自身も、20代の頃とは声も歌い方も変わったと認めています。

ところが、その続きは意外です。
若い頃より今の方が歌えていると感じ、リハーサルでその日の声を確かめてから、少しかれているならその声に合わせて歌い方を選べると語りました。

若い頃には、持っている声を全力で出すことが答えでした。
年齢を重ねた現在は、声の状態を無視して昔の形へ戻すのではなく、今日使える声で歌の意味を最大にする選択肢があります。
これは音域の広さとは別の技術です。

近年のステージで歌う松山千春

近年の歌唱を「ためが増えた」「語るようになった」と好意的に受け取る人がいる一方で、若い頃の流れや高音を期待するファンからは、声の不安定さや歌い回しの変化を惜しむ声もあります。
どちらかだけを正解にする必要はありません。

昔の録音と同じ旋律を期待すれば、変化は大きく感じられます。
その日の会場で言葉を受け取ることを重視すれば、間や語りは新しい表現に見えます。
松山千春さんの現在地は、「衰えていない」と無理に言い張ることでも、「もう昔とは違う」と切り捨てることでもありません。

2019年には急性喉頭炎の悪化で公演を中止し、声を出さずに休んだ後、ツアーファイナルへ復帰しました。
痛みや強いかすれがあるときに歌い続けることは、一般の人がまねるべき姿勢ではありません。
声の不調が続く場合は練習を止め、耳鼻咽喉科などへ相談してください。

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まねるなら高音ではなく、言葉が届くまで待つ

松山千春さんの歌をカラオケでまねると、長い母音と大きなビブラートへ意識が向きやすくなります。
けれど、声を揺らすだけでは歌詞が遠くなり、原曲のような近さは生まれません。

参考にしたいのは、一番高い音ではなく、その直前です。
「大空と大地の中で」「恋」「長い夜」を比べると、曲調が違っても、大切な言葉へ入る前に余白を作り、言葉の終わりを急いで片づけないという共通点が見えます。

若い頃の透明な声質は、本人の身体と長い経験に属するものです。
無理に鼻へかけたり、喉を細く締めたりして同じ音色を作る必要はありません。
自分の声のまま、一語をどこへ置けば相手に届くかを考える方が、松山千春さんの歌から受け取れる本質に近づきます。

同じく高く透明な男性ボーカルでも、小田和正さんの高音は緻密な声の重なりと精密さが中心です。
言葉を音へ変える方向では、井上陽水さんの歌い方にも別の面白さがあります。
三人を聴き比べると、「声が高い」という同じ印象の中に、まったく異なる時間の使い方があると分かります。

松山千春の歌い方は、声の変化まで歌の一部にする

松山千春さんの魅力は、若い頃の透明な高音だけではありません。
柔らかい声を上へ通し、母音を長くつなぐ土台の上で、曲に応じて言葉の速度と空白を変えています。

そして年齢とともに声が変わると、その変化を隠して同じ録音を再現するのではなく、その日の声で一番伝わる歌い方を選ぶようになりました。
だから昔の歌を現在のステージで聴くと、懐かしさだけでなく、今の人物が同じ言葉を語り直す重みが生まれます。

透明な高音は入口です。
その声が途切れた後まで聴き手を待たせられることこそ、松山千春さんの歌が長く心に残る理由でしょう。

デビュー曲「旅立ち」から「長い夜」、弾き語りへの回帰、現在まで何が変わったのかは、松山千春さんの歌唱変遷で年代順にたどります。

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