長谷川育美の歌唱変遷|探していたロックの声が、結束バンドの歌になるまで

長谷川育美(2024年の取材記事より) シンガー
長谷川育美(2024年の取材記事より)

結束バンドの初期の録音で、長谷川育美は、ロックの歌い方を一つ一つ教わっていました。
それが後には、結束バンドの歌い方へ、すぐに切り替えられるようになったと話しています。

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で、ギターとボーカルを担う喜多郁代を演じる声優です。
役の声と曲の雰囲気を探った録音から、観客のいるステージへ。
その経験が、歌に込めた気持ちの伝わり方も変えていきました。

「青春コンプレックス」―公式音源(2022年)

最初の歌入れでは、二つの歌い方を用意した

喜多郁代は、明るく人付き合いも得意な高校生です。
けれども、結束バンドの曲には、作中で歌詞を書く後藤ひとりの、内向きの思いや叫びもあります。
長谷川には、喜多らしい声で歌うだけでは決められない、表現の選択がありました。

2020年のオーディションでは、喜多の絵を見て、この人物ならどんな声かと考えていました。
歌を録る段階では、そこへバンドの音楽が加わります。
編曲と演奏を担う三井律郎は、下北沢を拠点に活動してきた自分の音を生かして編曲する一方、届く歌声と曲が合うか、不安も感じていたそうです。
声と演奏の双方で、どんな結束バンドになるかを探っていました。

最初の歌入れで用意したのは、喜多の声に合わせる歌い方と、曲の雰囲気に合わせる歌い方の二つでした。
本人が、よりやってみたいと感じていたのは後者だったそうです。
三井も、音楽ディレクターの岡村弦から届いた、その歌唱データを覚えていました。
どんな結果になるか分からないけれど、面白いものになりそうだという期待が、制作側にも生まれていたのです。

当時は歌の仕事も限られ、結束バンドまで、一人でステージに立って歌ったことはなかったと振り返っています。
ロックにもあまり触れてこなかったため、録音では歌い方の一つ一つを教わりました。
曲に合う方を選べば、すぐに完成したわけではなかったのです。
結束バンドで何を聴かせるかを、周囲と一緒に形にしていくところから始まりました。

2023年「恒星」、歌い始めた瞬間に変わった気持ち

左から青山吉能、長谷川育美(2023年の対談記事より)
左から青山吉能、長谷川育美(2023年の対談記事より)。
画像出典:写真掲載元

その過程には、本人が納得できなかったステージもありました。
2023年4月のイベント「ぼっち・ざ・ろっく!です。」
長谷川は、この日には思うようなライブができなかったと振り返っています。
翌月のステージに立つ時にも、その不安を抱えていました。

2023年5月、初のワンマンライブ「結束バンドLIVE-恒星-」が開かれます。
幕開けの曲は「ひとりぼっち東京」でした。
最初の声を出す時には孤独を感じた長谷川も、歌い始めると、やれるという手応えを得ています。

それまで、歌うことが好きという気持ちは、主にカラオケの中にありました。
このステージでは、生バンドの音と観客の反応があり、会場にいる全員で音楽を作っていると感じたと話しています。
「青春コンプレックス」で返ってきた声は、耳のモニターを越えて届くほどで、本人の気持ちもさらに高まったそうです。

初めから、ステージでどう振る舞うかが分かっていたわけでもありません。
「恒星」の前には、スタッフに薦められたLiSAのライブ映像を観て、客席へ気持ちを向ける姿を学んでいました。
後年の取材では、動きをそのまままねるのでなく、ステージでの熱の出し方を参考にしたと説明しています。
歌う場を楽しめるという手応えは、こうした準備と、実際に立ってみた経験の中から得たものでした。

録音を完成させる場所と、目の前の人と歌を作る場所では、喜多として出せるものも違っていました。
長谷川は、ライブでは喜多の成長が見えてもよいのではないかと考えています。
アニメの中の姿をそのまま保つだけでなく、歌う場所で起こったことも、役の表現へ持ち帰るようになったのです。

「あのバンド」―『結束バンドLIVE-恒星-』公式ライブ映像(2023年5月公演)

2024年、込めた気持ちが、聴こえる表現になっていく

自分では感情を込めて歌ったつもりでも、聴き返すと案外さっぱりしている。
長谷川には、そんな難しさがあったといいます。
2024年の取材では、気持ちを歌へ乗せることが、少しずつできるようになってきたと話しています。

理由として挙げたのが、ステージでの経験でした。
実際に歌う中で、こう表したいという気持ちが増え、それが次の歌唱につながっていく。
ロックらしさを一つずつ教わっていた時期から、自分の中に結束バンドの歌い方が馴染む段階へ進んでいました。

この変化について、本人は、アニメの歌をそのままステージで再現するだけでは整合性が取れないとも説明しています。
作中で小さなライブハウスのオーディションを受けていたバンドと、大勢の前に立つフェスでは、必要な表現が違う。
結束バンドの気持ちを保ったまま、その場所に見合う歌を出すことを考えていました。
結束バンドとしての声を保つことと、ライブで経験を増やすことを、両立させようとしていたのです。

2024年「milky way」、喜多自身の気持ちを歌う

同年の「milky way」は、その中で迎えた少し特別な曲です。
石原慎也が作詞・作曲したこの曲は、メンバーが少し先の未来にデモを持ち寄るという構想のEP『We will』に収録されました。
後藤ひとりの気持ちを喜多が歌う従来の曲とは違い、喜多自身の気持ちが歌詞になっていました。
長谷川も、喜多の実感を込めて歌えることを新鮮に感じています。
歌える高校生という土台を保ちながら、喜多らしいニュアンスをいつもより多く入れようとしました。

受け取ったのは、喜多の明るさだけではありませんでした。
周りに合わせる自分への小さな不安と、結束バンドという居場所ができた喜びも感じたといいます。
長谷川自身も、人から方向を示してもらって動くことが多いという感覚に重ねていました。
明るい人物の内側にある迷いまで受け取ることで、歌う時に込められる実感が増えた曲だったのです。

「milky way」―公式音源(2024年)

この頃の本人の感覚は、もう一つ地声ができたようだ、というものでした。
曲を受け取ると、結束バンドならこう歌うという表現が自然に出てくる。
「地声」という言葉は、それほど歌い方が馴染んだという、本人の感覚を表しています。
最初に二つの歌い方を用意して探っていた声が、曲ごとに動かせる自分の表現へ変わっていました。

2025年にも残る、結束バンドとして歌う軸

青いギターを抱えて笑顔で話す長谷川育美。2025年末の対談掲載写真。
長谷川育美(2025年末の対談より)。
撮影:大石隼土/画像出典:Gibson Japan

2025年のフェス「CENTRAL」に向けた取材でも、長谷川は、初期には歌詞を書いた人物と歌う人物が違うことに悩んだと振り返っています。
喜多がその気持ちをすべて自分のこととして歌ってよいのか、考えることもありました。
その迷いを経て、結束バンドの歌が自然に出てくるようになったと説明しています。

同じ取材では、共演する角野隼斗やキタニタツヤと一つのライブを作り、新しい聴き手にも結束バンドを知ってもらいたいと話していました。
初期の、どう歌えば曲と役が結び付くかという問いに、今度は、目の前の人をどう巻き込むかという問いが加わっています。
いつもの結束バンドのライブを見せれば好きになってもらえるのではないか、という手応えも言葉にしていました。

歌い方が身に付いたからといって、作品から離れた本人の歌へ置き換わったわけではありません。
曲と役に合う声を探し、ステージで熱の伝え方を知り、次の曲ではまた違う気持ちを受け取る。
長谷川の変化は、結束バンドをどう表すかという問いに、自分の経験で答えられるようになっていく歩みでした。

曲の中で声色を選ぶ工夫や、緊張でうまく歌えない場面まで録り分けた話は、長谷川育美の歌い方で詳しく取り上げています。

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