NOKKOさんの歌い方が一度聴くと忘れにくいのは、単に声が高いからでも、癖の強い発音を足しているからでもありません。
英語とは違って母音の多い日本語を、どうすればロックの速さと勢いに乗せられるのか。
若い頃から続いたその格闘が、声の跳ね方、言葉の勢い、軽さと強さの同居した高音を作りました。
さらに興味深いのは、REBECCAを離れて別の歌い方を探した後、再びバンドの曲へ戻ったことです。
現在の本人は、22歳の自分より負担の少ない歌い方が分かると振り返っています。
NOKKOさんの個性は、生まれつきの声を押し通した結果ではなく、一度そこから離れたことで完成したのです。
NOKKOの歌い方は「日本語をロックにする方法」から生まれた
現在のNOKKOさんは、若い頃に日本語でロックを歌うことを大きな問題として抱えていたと話しています。
英語に比べて日本語は母音が連続しやすく、一音ずつ丁寧に発音すると、旋律の流れが重くなりがちです。
そこで必要になったのは、日本語を英語のように見せることではありませんでした。
子音で勢いを作り、母音を必要以上に伸ばさず、言葉全体をリズムの中で動かすことです。
NOKKOさんの発音が会話より大きく跳ねるのは、装飾を加えたからというより、言葉をバンドの推進力へ変えるためだったと考えると分かりやすいでしょう。
本人は長い間、この日本語らしさを「縛り」のように感じていました。
ところが年齢を重ねるにつれ、どれほど格闘しても日本語の響きや民族性は声からにじむと受け入れられるようになります。
消そうとした特徴が、最後にはNOKKOという歌手の輪郭になりました。
「フレンズ」の高音は、強さより言葉が前へ転がる
「フレンズ」を高音曲としてだけ見ると、サビを大きな声で押し切りたくなります。
しかし、この曲の印象を決めているのは最高音だけではありません。
短い言葉が次々に現れ、語尾が止まらず、そのまま次の拍へ転がっていくことが曲の焦りと若さを作っています。
第三者の分析では、明るい響き、鼻腔へ集まる声、地声感のあるミックスボイスなど、NOKKOさんの高音を説明する言葉が分かれています。
一方、実際に歌を真似した人の記録では、高音より中音域の声色や言葉の置き方が再現しにくいという指摘も見られます。
どちらか一つが正解というより、音の高さだけでは個性を説明し切れないということです。
高音が来る前から、子音の立ち上がり、母音の長さ、拍の少し前へ飛び込む言葉がNOKKOさんの声を作っています。

高い音を同じ声色で出せても、言葉が拍の上に静かに並べば「フレンズ」らしい切迫感は薄れます。
反対に、声を必要以上に張らなくても、言葉が前へ進めば曲は生き始めます。
REBECCAを離れたことで、声の使い方を一種類にしなくなった
REBECCAの成功が大きくなるにつれ、録音とツアーが続き、NOKKOさんは1990年頃に体力が追いつかない状態になりました。
ソロ活動の出発点は、完成したロックボーカルをさらに強くすることではなく、そこから距離を取ることでした。
ニューヨークやロンドンでダンスミュージックに触れた時、求められたリズムも音域もREBECCAとは違いました。
本人は新しいサウンドに合わせ、自分の歌い方と使う音域を試行錯誤したと振り返っています。
この遠回りが大切です。
REBECCA時代の声だけを唯一の正解にしていたら、過去の自分を力で再現し続けるしかありません。
別のリズム、軽い声、自然な歌い方を経験したことで、戻ってきた時に同じ曲へ別の経路から入れるようになりました。
「何を歌ってもNOKKO」と言われる声は、変えられなかった失敗ではない
ソロ時代には、海外のサウンドへ自分を合わせようとしても、何をしてもNOKKOに聞こえると言われたそうです。
若い時なら、これは新しい自分になり切れなかった評価にも聞こえます。
現在の本人は、根底に変わらないものがあることを自分の個性として前向きに受け止めています。
この言葉から見えてくるのは、個性を作るために癖を足す必要はないということです。
声の明るさだけを変えても、言葉へ入る速さ、母音を抜けるタイミング、フレーズの途中で感情が跳ねる動きは残ります。
NOKKOさんらしさは一つの音色ではなく、言葉が動く一連の癖に宿っています。

そのため、ハスキーな成分や語尾の揺れだけを真似しても、本人らしい歌にはなりません。
むしろ表面の癖を強くするほど、曲のリズムから言葉が遅れ、喉へ負担が集まりやすくなります。
現在のNOKKOは、22歳の自分より楽に歌える方法を知っている
NOKKOさんは後年、22歳の自分に会えるなら、もっと楽に歌う方法を教えられると語っています。
現在の発音や声の出し方は、若い頃より負担が少ないとも説明しました。
これは、年齢を重ねて声量が減ったという単純な話ではありません。
若い頃には勢いで越えていた場所を、言葉の長さや声の重さを選びながら進めるようになったということです。
2022年の小さなライブ空間では、メンバー同士の呼吸を近くで感じながら演奏し、過去のコピーではない現在のグルーヴを得たと本人は振り返っています。
同時に、日本語の響きを無理に消そうとする緊張からも解放されました。
高音を昔より軽く扱えることと、歌が弱くなることは同じではありません。
余計な力を減らしたぶん、言葉の動きとバンドのリズムが前へ出ます。
真似するなら、声色より「言葉がどこで動くか」を聴く
NOKKOさんの歌を参考にする時、最初に真似したくなるのは、明るい高音、跳ねる語尾、少しかすれた声でしょう。
ただし、その三つは強く再現しようとすると喉へ負担が集まりやすい部分でもあります。
安全に参考にしやすいのは、同じ曲の中で言葉の速度がどう変わるかです。
「フレンズ」のように前へ進む曲と、「人魚」のように母音の余韻を残す曲では、NOKKOさん自身も同じ歌い方をしていません。
二曲を比べると、個性とは毎回同じ癖を出すことではなく、曲に合わせて言葉の動かし方を変えても残るものだと分かります。
声を似せるより、短い言葉をどこで切り、長い母音をどこまで残すかを聴く方が、歌の理解は深まります。
相川七瀬さんのロックボーカルと比べると違いはさらに明確です。
相川さんが直線的な言葉の強さで前へ出るのに対し、NOKKOさんは言葉そのものを跳ねさせ、感情が途中で方向を変えるような動きを作ります。
まとめ
NOKKOさんの歌い方が忘れにくい理由は、高い声や特殊な声質だけではありません。
母音の多い日本語をロックの速さへ乗せようとした長い格闘が、子音の勢い、母音の長さ、言葉の跳ね方を一つの個性にしました。
REBECCAを離れたソロ活動では、別のリズムと音域に合わせて声を作り直します。
その経験があったからこそ、現在は昔の声を力で再現せず、22歳の頃より負担の少ない方法で代表曲へ戻れるようになりました。
NOKKOさんらしさは、真似できる一種類の発声ではありません。
声の使い方を変えても消えない、言葉の動きそのものです。
その変化の道筋は、NOKKOさんの歌唱変遷で年代順に詳しく整理しています。






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