川嶋あいの歌声はどう変わった?「明日への扉」をもう一度歌うまで

川嶋あい(2023年) シンガー
川嶋あい(2023年)/写真:舛元清香/出典:ENCOUNT

2023年、川嶋あいは、長く続けてきた8月20日の公演に区切りをつけました。声帯の手術後も思うように歌えない。そのうえ彼女には、昔の曲を今の表現に置き換えるより、当時の歌にできるだけ忠実でありたいという思いがありました。

それから2年後、川嶋が「THE FIRST TAKE」でI WiSH時代の「明日への扉」を歌う映像が公開されます。2003年のヒット曲を、新しい一発撮りの歌唱として届ける。かつての歌声を大切にしてきた彼女は、その間に、歌い方と歌う場所をどう選び直したのでしょうか。

その間にあったのは、単純な「若い声から大人の声へ」という変化ではありません。勢いを大切にしていた人が、新しい歌の録音では細部まで考えるようになり、声が思いどおりにならない時期には、歌う場所と続け方を選び直した。その道のりをたどると、同じ一曲を再び歌う意味が見えてきます。

2003年――「ai」の歌声と、路上に立つ川嶋あい

「明日への扉」は、川嶋がnaoと組んだI WiSHのデビュー曲です。テレビ番組『あいのり』を通じて広まった歌声の主が、同じころ東京の路上でも歌い続けていたことは、当時すべての人に知られていたわけではありません。

川嶋は路上で『旅立ちの日』という原曲を歌っていました。番組の主題歌に選ばれるまでに歌詞を改め、2003年、「明日への扉」として世に出ます。I WiSHでは「ai」と名乗り、路上では川嶋あいとして歌う。本人は後に、テレビの中のaiがどこか別の存在のように感じられ、路上で歌う自分のほうが現実だったと振り返っています。

路上で歌う17歳の川嶋あい
路上で歌う17歳の川嶋あい/写真:つばさレコーズ提供/出典:ENCOUNT

大ヒットしたからといって、彼女が突然、路上の歌い手でなくなったわけではありません。歌を聴いてくれる人を目の前に探しながら、テレビでは姿を知られないまま声が先に届く。後に昔の曲をどう歌うかで悩む川嶋にとって、この時期の曲には、最初から自分だけでは決められないほど多くの聴き手の記憶が結びついていました。

20周年の公式インタビューで、川嶋は若いころの音源を聴くと、当時はとても高いキーを選び、言葉もためらいなく書いていたと話します。今なら何度も書き直すものを、十代には短い時間で作れた。昔の自分に対して恥ずかしさもある一方、その大胆さにはかなわないと感じる部分もあるそうです。

だから2003年の声は、後年の録音と比べるための未完成な下書きではありません。川嶋自身が、今は簡単に再現できない勢いを認めている歌声なのです。

2015年――「勢い」を残すだけでは作れなかった歌

それから十年以上たったアルバム『Be Your Side』で、川嶋は録音の方法を大きく変えます。以前はその場の流れに任せて歌うことが多かったのに対し、この作品では伴奏ができた段階から、各フレーズをどう歌うか考えました。実際に歌って違うと感じれば、また試す。本人が、ボーカル録音にこれまでになく苦労したと語る作品です。

変化がよく表れたのが「360°」でした。制作側の提案でキーを全音上げたのは、高音を競うためではなく、曲を明るく軽やかにするため。ところが、その高さで望む表情を出すのは簡単ではなく、歌の録音には三日かかりました。川嶋は当時の取材で、挑戦の厳しさと同時に、今まで歌ったことのないフレーズへ踏み込む喜びも語っています。

十代の川嶋には、短い時間で曲を生み、勢いを歌に残す強さがありました。2015年の川嶋は、一度選んだ歌い方で済ませず、音の高さと言葉の伝わり方をプロデューサーと考え続ける。昔の録音を未熟なものとして片づけるのではなく、歌を届ける方法が増えた転機として見ると、両方の魅力が分かります。

2023年――昔の曲を変えたくないのに、思いどおりに歌えない

川嶋は2023年の取材で、数年前から声の不調があり、前年に声帯の手術を受けたと明かしました。トレーニングを続けても、自分が思い描く歌唱には届かない。そのため、育ての母の命日である8月20日に毎年開いてきた公演を、2023年で一区切りにすると決めます。

彼女が悩んだのは、単に新しい曲を歌えるかどうかではありません。昔から大切にされてきた歌を、当時の歌にできるだけ忠実に届けたい。今の声に合わせて表現を変える方法があっても、聴き手の記憶にある歌を変えてしまいたくなかったのです。昔の歌を愛してきた人が、以前の声を望んでいるのではないか。それは川嶋自身が抱いた思いでした。

ここで終えたのは、毎年8月20日に続けてきた公演の形です。制作も、短い出演も、音楽活動そのものもやめていません。歌いたい曲を歌いたい形で届けられるかという問いを抱えながら、活動の場所を選び直しました。

同じ2023年のミニアルバム『Document』では、手売りしていたころの五曲入り作品を思わせる構成に戻ります。ただし、歌に入れたものは若いころと同じではありません。十代には想像の世界から書くことが多かった川嶋が、この作品では人との出会いや自分の経験から書いたと話しています。

手術後の2022年末に作った「Journey」には、8月20日の公演を終えると決めても、その先の光を探したい気持ちを込めました。「これで全部終わり」と歌うのではなく、次の生き方へ進める余地を歌に残したのです。

「卒業」の歌を届けてきた人が、自分の続けてきた公演からも卒業する。けれど、その時に書いた曲が「Journey」だったことは大切です。彼女の歌の変遷は、昔の曲を再現できるかだけでなく、今の経験から何を新しく歌えるかという方向にも続いていました。

2024年――歌う場所を変えても、新しい曲を届ける

2024年には、新曲「絆」を配信し、ミュージックビデオも発表しました。日本とベトナムの交流を願って書いた歌です。川嶋はこの曲に、人の違いだけを見て心に線を引かず、言葉を交わしたいという思いを込めたと話しています。

「昔の曲は昔のように歌いたい」という思いと、「新しい曲を今届ける」ことは、彼女の中で並んでいました。8月20日の恒例公演を終えたからといって、声を使う場がなくなったわけではありません。新しい歌なら、今の自分が伝えたいことから作れる。その道を続けながら、代表曲にも向き合う機会が訪れます。

2025年――「明日への扉」は、過去の声だけの曲ではない

2025年3月、川嶋が「THE FIRST TAKE」で「明日への扉」を歌う映像が公開されました。I WiSHの原曲から二十二年。ストリングスを加えた特別な編成での一発撮りです。本人は初めての収録を、これまで経験したことのない高揚感と緊張を伴う出来事として語っています。

川嶋あい「THE FIRST TAKE」出演告知画像(2025年)
川嶋あい「THE FIRST TAKE」出演告知画像(2025年)/出典:POPSCENE

かつて、昔の曲を当時の声のまま届けたいと悩んでいた人が、その曲を新たに歌った。これは以前の悩みがすべて解消したという証明ではありません。それでも、思い出の中にしまっておくだけでなく、もう一度声にしたという事実は大きいはずです。

2003年のI WiSH「明日への扉」はスタジオで作られた録音、2025年の川嶋あい「明日への扉」は弦楽器を加えた一発撮りです。編成も録音条件も違うから、二つの音だけで声の変化を測ることはできません。一方で、昔の録音を残したまま、二十二年後の歌唱が新しく加わったことは確かです。

公開後、川嶋は、この歌が今も聴き手の人生の節目に寄り添っていると知り、感激したと話しました。昔の歌声を求められているのでは、と一人で背負っていた問いに対し、2025年には、現在の歌を受け取る聴き手が実際にいました。

守りたい歌に、現在の歌唱を重ねる

川嶋あいの変遷を、単に声が高くなくなった、成熟して深くなった、といった一言で済ませることはできません。十代には勢いとためらいのなさがあり、2015年には録音でフレーズを作り込む方法を得た。声が思うようにならない時期には、昔の歌を大切にしたいからこそ、恒例公演の続け方を変えました。

2025年の「明日への扉」は、2003年の歌の代わりではありません。同じ歌を大切にする人が、もう一度その歌を届けた記録です。昔の声を消さず、現在の声も一つの形として残す。その両方があることで、この曲は今も川嶋の歌であり続けています。

言葉の終わらせ方や、曲の中で気持ちが変わる瞬間をどう歌うかは、川嶋あいの歌い方で詳しく扱っています。

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