上田正樹の歌い方|「悲しい色やね」にある即興と大阪の言葉

上田正樹の本人写真 シンガー

上田正樹の歌い方を「ハスキーな声で歌う」とだけ説明すると、「悲しい色やね」が長く人に届いた理由を見落とす。
洋楽的なバラードとして書かれた旋律に大阪の言葉が乗り、上田はその曲を歌い続けてきた。
作り手が予想しなかった組み合わせの中で、上田の歌は何を担ったのか。
現在の歌にもつながる即興と共演の考え方から見てみたい。

大阪の言葉を、洋楽的な旋律の中で歌う

「悲しい色やね」を作曲した林哲司は、当初ジョー・コッカーのような歌を思い描いていたという。
制作の場に届いたのは、康珍化が書いた関西弁の詞だった。
星勝のブルージーな編曲も重なり、林の予想とは違う曲になった。
林は後に、言葉と編曲、上田の歌唱が一緒になって曲の力を生んだと語っている。

大切なのは、大阪弁を単なる飾りとして扱わないことだ。
洋楽を手本にしたメロディーの中で、聴き手が誰の街の、どんな別れとして受け取るかを決めるのが歌の言葉だった。
林自身、この曲を通して、良い旋律だけでは歌にならず、ふさわしい言葉と歌い手が必要だと学んだと話す。
上田の歌い方を考えるときも、声の高さだけでなく、どの言葉を自分の歌として背負うかに目を向けたい。

林はデイリースポーツの連載で、なぜ上田の声を想定したかも説明している。
美しい旋律を、ざらつきのある個性的な声が歌うことで生まれる魅力を考えていたのだという。
参考にしたのは、コッカーの「ユー・アー・ソー・ビューティフル」だった。
旋律の美しさに合わせて声の角をすべて丸めるのではなく、声質との違いを生かす発想だったことが分かる。

そのため、上田のハスキーさは、切なさを足すための装飾としてだけ捉えると狭くなる。
曲が持つなめらかな線と、歌い手の声が持つ手触りを一緒に受け取るところに、このバラードの面白さがある。
声を似せること以上に、旋律と言葉にその人の声が重なったとき、何が生まれるかが大切なのだ。

上田正樹の本人写真
上田正樹(2020年の取材写真)。
写真出典:日本香堂・フレグラボ取材

上田が言う「フェイク」は、相手の歌と違う

上田はR&Bバンドで共演する永井“ホトケ”隆と自分のボーカルの違いを、率直に話している。
自分はフェイクを入れたがり、永井はほとんど入れないという。
フェイクとは、決まった旋律をそのままなぞるのではなく、歌う場で節回しを変えて表情を加えること。
これは、上田が自分の歌唱に何を持ち込みたくなるかを示す、本人の具体的な説明だ。

同じR&Bを愛する歌手にも歌い回しの選択に違いがあり、その違いを互いに認めて共演を続けている点に、上田の歌の作り方が見える。

ただ、「悲しい色やね」で聴こえる節回しを、すべて上田がその場で加えたものと考えるのは早い。
林によれば、ブルースの歌手ならこう動かすだろうという装飾的な旋律まで、作曲の段階で組み込んでいた。
歌い手の自由に見える動きにも、作曲家が思い描いた歌の形が含まれているのである。

この話を知ると、歌を崩しているか、譜面どおりかという二択では捉えにくくなる。
もともとの旋律が持つ揺れを歌うことと、公演ごとに新しい節回しを加えることは、重なりながら別の仕事だ。
原盤と別の演奏を聴くときは、残っている旋律と、その場で形が変わる箇所の両方を追うと面白い。
上田がフェイクを好むという説明も、曲とのこの関係の中で理解したい。

サウス・トゥ・サウス時代のステージ記録では、バンドや有山じゅんじとの関係がすでに大きな位置を占めていた。
2024年の取材でも上田は、有山のラグタイムを気に入り、出会ってすぐ一緒にやろうと声をかけたことを覚えている。
歌い手だけを切り離して声質を論じるより、誰と演奏するかまで含めて考える方が、上田らしさに近づく。

事前に形を決めすぎないデュオ

その姿勢は、押尾コータローとの録音にも表れている。
アルバム『Soul to Soul』で二人は「悲しい色やね」をギター・デュオで再録した。
上田は押尾について、細かな打ち合わせをせず本番で気持ちよく演奏できる相手だと話す。
歌を毎回同じ形に押し込むより、信頼できる演奏者とのやり取りに任せられる関係を選んでいる。

ここでいう即興は、勝手に大きく崩して歌うことと同義ではない。
二人はそれまでにもライブで共演しており、上田は押尾が絶えずギターに向き合う姿勢も高く評価していた。
細かな指示を省けるのは、相手の演奏を知り、その場で返ってくる音を信頼しているからだと考えられる。
打ち合わせの少なさだけを取り出して、準備のない歌と受け取ると、この関係を見失う。

ギターと声のデュオでは、歌い終えたあとに楽器がどう応じるかも楽しみになる。
次の言葉へすぐ進むか、演奏の余韻を受け取るか。
歌の自由さは一人でどれだけ音を足せるかだけでなく、相手の音を聴きながら曲を進められることにもある。
再録版に触れるなら、声が鳴っている間だけでなく、声とギターが交替する時間にも耳を向けたい。

上田正樹の本人写真
上田正樹(2020年の取材写真)。
写真出典:日本香堂・フレグラボ取材

声の手触りの奥にある、リズムへのこだわり

2024年の婦人公論の取材で上田は、さまざまな試みを経て、R&Bの核がグルーヴ、つまりリズムにあると感じるようになったと語っている。
特徴的な声色だけでなく、音が進む流れそのものに歌の本質を見ているのだ。
荒い声ならソウルフルになる、という単純な話ではないことが、本人の言葉からも分かる。

上田が師と仰ぐレイ・チャールズについて挙げたのも、毎回の演奏で旋律や編曲に変化があること、バンドの音の小さな違いまで聴き取る耳だった。
自分の声だけを出し切るのではなく、演奏全体に注意を向けて歌が生まれる。
永井との違いを尊重する話や、押尾とのデュオは、この音楽観とつながって見える。

歌う現場でつかんだ、体の感覚

上田は20代の終わりに、アメリカのボイストレーナーから「背骨を使え」と言われた。
当時は意味が分からず、50代になってステージで歌ううちに理解したと振り返る。
2024年の取材では、その感覚をつかんでから声が出るようになり、70代でも調子が良いと話している。
本人にとって発声は、若いころに覚えて固定するものではなく、長年の演奏の中で理解を更新できるものだった。
「背骨」という言葉は、その本人の体感を表すものとして受け取りたい。

「悲しい色やね」を今の自分のR&Bとして歌えるという実感も、一回の訓練で手にしたものではなかった。
大阪の言葉を持つ曲を、自分のフェイクを好む歌唱と、信頼する共演者との演奏の中で歌い続ける。
上田の歌い方を支えているのは、その長い現場である。
1982年の原盤から2019年の再録、近年の歌へ至る時間そのものは、上田正樹の歌唱変遷でたどれる。

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