谷山紀章さんの歌声は、初期と現在で別人のように変わったわけではありません。
強い高音、乾いた色気、言葉を芝居へ変える個性は、GRANRODEOの初期から現在まで残っています。
変わったのは、その一つの声が演じられる役の数です。
荒々しい若さを前へ出した初期、客席全体を動かすアニメ主題歌、癖を引き算した初ソロを経て、高音だけではない場所にもKISHOWらしさを置けるようになりました。
本人たちが10周年の時に語ったのも、過去を捨てるような劇的な変化ではありませんでした。
歩みを止めず、同じ根から少しずつ枝を増やしてきたことが、谷山さんの歌唱の変遷です。
2005年以前は、歌いたい声優が入口を探していた
谷山さんは、声優として仕事を始めた頃から、歌うことを自分の強みだと考えていました。
男性声優が本人名義で本格的に歌う例が今ほど多くない時代に、声優の仕事を続けながら歌う道を探していたのです。
ただし、すぐにロックボーカリストとして評価されたわけではありません。
声優として約10年を過ごす間には、仕事が少ない時期も長くありました。
転機は「君が望む永遠」のキャラクターソングです。
谷山さんが詞を書き、飯塚昌明さんが曲を作った組み合わせが、のちのGRANRODEOへつながりました。
この出発点は、普通のバンド結成とは少し違います。
先に演じる人物と作品があり、その声を歌へ運ぶ仕事から、KISHOWというロックボーカリストが生まれました。
2005〜2010年は、きれいに歌いすぎない生々しさが武器だった
2005年、「Go For It!」でGRANRODEOがデビューします。
飯塚さんのハードロックを正面から受ける高音と、谷山さんの作詞が組み合わさり、声優の企画ユニットという枠を越えて活動が続きました。
初期曲について、本人たちは後年、録音の生々しさを振り返っています。
経験を積んだ後に同じ曲を整えて歌うと、当時の荒さや緊張感まで消えてしまうという問題がありました。
これは「昔は下手だったから直す」という単純な話ではありません。
技術が上がるほど、初期にしかなかった危うさをどう残すかが新しい課題になります。
2007年の「慟哭ノ雨」には、その時期のGRANRODEOを知る入口があります。
公式MVは後年に公開されたものですが、作品自体は初期の高音と感情の強さを確認できる資料です。
2010年には日本武道館で5周年ライブを開催しました。
歌える声優がバンドのボーカルとして大きな会場を成立させるまで、最初の5年間で活動の規模が一気に広がったのです。
2012年の「Can Do」で、高音が作品の外まで届いた
2012年、「黒子のバスケ」のオープニング主題歌「Can Do」が発表されました。
ここからGRANRODEOを知った人も多く、作品の勢いとバンドの疾走感が強く結びついた一曲です。
同じ年にはアルバム「CRACK STAR FLASH」がチャート上位へ進み、本人も自分が大きく変わったというより、周囲の環境と聞き手が変わったと語っています。
歌唱の核を作り直したのではなく、それまでの声がより広い場所で必要とされました。
この頃以降、GRANRODEOの曲は徐々に高いキーが増えていったと本人は振り返っています。
高音が出ることが知られるほど、次の曲でもその高さを期待される循環が生まれたのでしょう。
一方で、本人は自分を「アーティスト」と呼ぶことに距離を置き、声優でありGRANRODEOのボーカルだという立場を大切にしてきました。
人気が広がっても、歌だけを別の肩書きへ切り離さなかった点が、言葉の演技を失わない理由でもあります。
10周年後は、同じロックの中で役柄を増やした
10周年を迎えた時、二人はGRANRODEOの根が大きく変わっていないと話していました。
ハードロックの骨格、高い歌、ひねりのある詞を守りながら、曲ごとに小さな驚きを作る方を選びます。
2016年の「TRASH CANDY」は、その姿勢がよく表れた作品です。
熱血の主題歌をまっすぐ歌うのではなく、やさぐれた態度と鋭い速度を前へ出し、同じ強い声へ違う人物を与えました。

声優の演技と歌を行き来する考え方も、この時期にはさらに明確になります。
歌うことで台詞の表現が増え、声優だから演劇的な歌ができるという循環を、本人は永遠のテーマとして語りました。
初期の生々しさを消さず、曲ごとに話し手の性格を変える。
歌唱力の進化は、最高音が何音上がったかより、同じ高音へ別の意味を持たせられるようになったことに表れています。
15周年期は、強い声を映像と物語の中へ置いた
2020年に15周年を迎えた後、GRANRODEOは「僕たちの群像」で音楽と短編映像を組み合わせる試みに進みました。
ライブで客席を直接動かす歌だけでなく、映像の登場人物や場面を支える歌へ活動の焦点が広がります。
2021年の「Treasure Pleasure」も、重いロックの中に作品固有の肉体感や遊びを入れた楽曲です。
長く続けた型を壊すのではなく、題材に合わせて声の表情を変える方法が定着しました。

同時期の対談では、GRANRODEOを始めた頃より、当時は出せなかった声が出るようになり、理想のボーカリスト像へ近づいているとも語っています。
根は同じでも、使える音色と持久力は経験によって増えていました。
ここまでの歩みは、若さを失った代わりに安定したという交換ではありません。
初期の尖りを必要な曲で呼び戻しながら、別の人物や温度も選べるようになった拡張です。
2024年の初ソロは、得意な高音から一度離れる実験だった
20周年へ向かう2024年、KISHOW名義で初のソロアルバム「深夜零時」が作られました。
GRANRODEOでは聞けない大人のポップスを掲げ、R&B、ソウル、ファンクの要素を含む曲へ取り組みます。
ここで意外な壁になったのが低めの音域でした。
本人には、半音か一音高ければかえって歌いやすいと感じるフレーズがあり、母音、ビブラート、強弱を細かく整える必要がありました。
さらに、普段の気持ちよい歌い方を封印し、すべてを引き算して向き合った曲もあります。
長年の癖をKISHOWらしさとして守るだけでなく、一度外しても自分の歌が残るかを試したのです。
このソロはGRANRODEOから離れるためではありませんでした。
本人はGRANRODEOをボーカリストとしての原点であり主軸と捉え、外で得た刺激を戻すことを考えていました。
谷山紀章さんの歌い方・発声分析では、高音より低い歌が難しかったという逆説から、現在の声の仕組みを詳しく整理しています。
20周年から2026年へ、ソロの引き算がバンドの色になった
2024年から2025年の「Road to G20th」では、飯塚さんと谷山さんのソロ活動がGRANRODEOへ合流しました。
「大往生Everyday」は、二人が別々に広げた音楽をバンドの物語へ戻す役割を持ちます。
20周年を越えた2026年には、10枚目のアルバム「ChaosBlue」が発表されました。
初期から続く強いロック、アニメ作品との結びつき、近年の落ち着いた表現が、一枚の中へ同居しています。
冒頭に置いた「ASH」では、現在のGRANRODEOが過去を捨てずに次の章へ進む姿を確認できます。
ただし、録音技術やアレンジの違いもあるため、初期MVと現在のMVだけを見て、声の衰えや向上を単純に決めることはできません。
変化を生んだのは年齢だけではなく、高いキーの蓄積、アリーナでの経験、物語性のある作品、初ソロで行った引き算です。
それらが同じ声へ選択肢を増やしました。
谷山紀章の歌声は、同じ核のまま役を増やしてきた
谷山紀章さんの歌唱の変遷は、初期の未完成な声が完成品へ置き換わった歴史ではありません。
初期の生々しさは現在にも必要であり、整えて歌えるようになったからこそ、あえて荒さを残す選択ができます。
「Can Do」で広い客席を動かし、「TRASH CANDY」で違う人物を演じ、「深夜零時」で癖を外し、20周年でその経験をGRANRODEOへ戻しました。
変わったのは声の身分ではなく、一つの声に任せられる仕事の数です。
だから現在のKISHOWは、高音を出した瞬間だけ谷山紀章になるのではありません。
低いポップスでも、荒いロックでも、台詞のような一語でも、同じ人物の芯を残せます。
声優と歌手を行き来してきた二十年以上が、歌声を一本の太い線ではなく、多くの役を演じられる舞台へ変えました。
その舞台が広がり続けていることこそ、谷山紀章さんの歌唱が進化した最も大きな証拠です。
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