菊池桃子の柔らかな歌声は、本人が初めから好きだった声ではありません。
歌いづらいと感じるところから始まり、伴奏に負けてしまう自分は歌わないほうがよいのか、と迷った時期もありました。
その声を求める人との出会いを経て、今は、昔の歌声をできるだけ残したいと考えています。
ただ、声の個性を保つことは、曲を昔と同じ気持ちで歌い続けることとは違います。
『BOYのテーマ』には10代の頃とは違う経験が重なり、2026年の新曲『Natalia』では、いつも以上に感情を広げて歌う姿も伝えられました。
1984年の『青春のいじわる』で親しまれるようになった声を、どのように受け止め、何を託すようになったのか。
その変化をたどります。
デビュー前、強く出せる声から地声に近い声へ
1984年のデビュー曲『青春のいじわる』に至るまでに、菊池桃子は自分のどの声で歌うかを試しています。
2023年のインタビューで振り返った最初の録音は、デビュー曲ではなく、ほかの歌手の曲を使ったものでした。
さまざまなタイプの曲を歌い、どんな声がよいか、どんなリズムが合うかを探していたのです。
本人は、高い声のほうが音の出だしを強く出せると考えていたと話しています。
ところが、プロデューサーの藤田浩一からは、その声は商売に向かないと言われ、地声に近い声で歌うことになりました。
本人には、息の成分が入りすぎて歌いづらいという感覚があったそうです。
音の出だしをはっきりさせたい本人と、聴き手に届く個性を選ぼうとする制作側では、声を見る角度が違っていました。
作曲を担当した林哲司にとっても、『青春のいじわる』は手探りの一曲でした。
どういう方向の歌手として送り出すか、曲を書いている段階では、まだはっきり定まっていなかったそうです。
ところが、伴奏ができて本人の歌が重なると、ほかのアイドルとは違う色合いが出た。
その声を実際に曲へ入れてみることが、作り手にとっても方向を見つけるきっかけになりました。
強く歌いやすい声を使うことだけが、作品の魅力につながるわけではなかったのです。
本人には扱いにくさがあっても、伴奏と重なることで、その人ならではの響きになる。
後に親しまれる柔らかな声は、こうした試行錯誤の中から選ばれていました。
自分の声を使う迷いから、残していきたい個性へ
その声を、本人がずっと肯定していたわけではありません。
2014年の取材では、声量がなく伴奏に負けてしまうと感じ、自分の声で歌うことが嫌になった時期を振り返っています。
そんなときに来たのが、鈴木雅之との『渋谷で5時』への誘いでした。
ところが、菊池は一度、参加を断っています。
豊かな声量を持つ実力派の鈴木に、自分のような声は必要ないと思ったからです。

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鈴木は、それでも大丈夫だと繰り返し誘い、菊池も歌ってみることにしました。
声を褒められ、自分が必要だと言ってもらえた。
本人はこの経験を、転機だったのかもしれないと振り返っています。
声量の豊かな歌手になってから認められたのではなく、迷いの原因だった声を、そのまま求めてもらったのです。
2023年にこの共演を話したときには、特に高いところの声を求められたことも明かしています。
当時の本人には、鈴木の力強い歌声へもう少し近づきたいという思いがありました。
けれど、後年に聴くと、自分の歌もこれでよかったのかもしれないと思えるようになったそうです。
同じ録音でも、受け止める本人の側が変わっていました。
『渋谷で5時』は、1993年のアルバム『Perfume』に収められ、翌年には『Romantic Single Version』としてシングルにもなりました。
二人の異なる声が重なるこの曲には、菊池が自分の声を大切にし直すきっかけも残っています。
「渋谷で5時」――1994年のRomantic Single Version
2024年、デビュー40周年の活動を語ったラジオ番組では、昔の声をあまり変えたくないという思いから、当時の歌声を再現できるようにボイストレーニングをしていると話しています。
歌うことをためらわせた声を、残していきたい個性として受け止める。
変わらないように聞こえる声の裏にも、その声を選び続ける本人の意志と準備があります。
『BOYのテーマ』は、年齢とともに違う気持ちで歌う曲になった
声の個性を大切にする一方、歌の受け止め方は変わっています。
その違いを本人が具体的に挙げたのが、1985年発表の『BOYのテーマ』です。
映画『テラ戦士ΨBOY』の主題歌で、10代のころから歌ってきた曲でした。
2024年のインタビューで、菊池は、当時は歌詞を違和感なく歌っていたものの、今は違った世界観で歌えると話しています。
同じ歌を違う気持ちで歌えるようになった理由として、経験や、人との出会い、泣いたり笑ったりしてきたことを挙げています。
10代の頃の歌い方を否定しているのではなく、同じ歌に、自分が生きてきた時間を重ねられるようになったという話です。
年を重ねることを、本人は、だんだん自分が本物になっていくような感覚とも表していました。
以前は伝えきれなかった自分も、もっと表現できるようになると感じています。
『BOYのテーマ』は、そうした気持ちを、長く歌ってきた一曲の中で確かめられる歌なのです。
親しまれた声を残すために練習しながら、歌に込める気持ちは現在のものにする。
声の質感を守りたいという意向と、経験を歌へ重ねることは、別々の取り組みとして進んでいました。
2026年の『Natalia』で見せた、感情を広げる歌い方
2026年9月21日、恵比寿ザ・ガーデンホールの公演「Moments」で、新曲『Natalia』が初披露されました。
翌22日には、デジタルシングルとして配信が始まっています。
この曲は、近年のライブでバンドマスターを務める園田涼の作品を聴いた菊池が、自分から歌詞を書かせてほしいと申し出て生まれました。
曲から感じたのは、力強さと、遠い場所の景色でした。
幼い頃、歌に出てくる外国の地名から、まだ見ぬ世界を想像した記憶もあったといいます。
今回は、その感覚を手がかりに、異国に思いを向けながら人の強さを描こうとしました。
長年の曲を自分の経験で受け止め直すだけでなく、歌いたい世界を自分の言葉で作る仕事にも取り組んでいたのです。

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公演を取材した宮本英夫は、『Natalia』での歌い方にいつも以上の感情がこもり、大きく手を広げて歌う姿に新たな一面がのぞいたと記しています。
柔らかな声の持ち主という印象に、気持ちを積極的に広げる歌唱の表情が加わった場面です。
同じ公演の『BOYのテーマ』では、親しまれてきたウィスパーボイスの健在ぶりも記されています。
昔からの声の個性と、新曲で見せた表現の広がりを、同じステージで捉えた取材でした。
「Natalia」――2026年9月22日配信の音源
その日の菊池は、40歳を過ぎた頃には自分はもう変わらないのではないかと思っていたものの、今も新しい自分に出会えていると話しています。
昔の声を大事にする人が、新しい曲の中で、まだ知らなかった表情を見せる。
『Natalia』の初披露には、そんな現在地が表れていました。
録音準備では歌いづらく感じた声を選び、自分の声で歌う迷いを経て、その個性を大切にするようになった。
そして昔からの曲には今の経験を重ね、新曲ではさらに感情を広げて歌う姿を見せています。
菊池桃子の歌唱の変遷は、柔らかな声を保ちながら、その声に託せる表現を増やしてきた歩みとして見ることができます。
声を嫌いになった時期から、残したいと思う現在へと変わったことも、その歌に含まれているのです。
声の質感やリズムへの合わせ方は、菊池桃子の歌い方で掘り下げています。







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