渚ゆう子の歌い方|澄んだ高音に、甘さとリズムが重なる

取材を受ける渚ゆう子(撮影年不明) シンガー
取材を受ける渚ゆう子(撮影年不明)

渚ゆう子の「京都の恋」を支えたのは、ハワイアンで鍛えた澄んだ高音と、リズムの良さでした。
京都の情緒を歌う声には、南国の音楽で育った歌い手の持ち味があります。
「雨の日のブルース」では、録音技師の行方洋一が、伸びる声だけでなく、ことばを作る小さな音の甘さにも注目しています。

「京都の恋」と「雨の日のブルース」は、『エッセンシャル・ベスト 1200 渚 ゆう子』にも収められています。

京都を歌う声は、ハワイアンで育った

渚ゆう子は、和田弘とマヒナスターズの前唄歌手を務め、浜口庫之助に師事してハワイアンを学びました。
1967年のレコードデビュー曲「早くキスして」も、ハワイアン歌謡でした。

その持ち味が大きく生きたのが、1970年の「京都の恋」です。
「京都の恋」のヒットを振り返るスポニチの記事でも、ハワイアンで鍛えた澄んだ高音と、リズムの良さが、この曲を歌ううえでの強みとして挙げられています。
旋律を作ったのは、エレキ・バンドのベンチャーズでした。

レコード評「あれも聴きたいこれも聴きたい」の筆者は、この組み合わせを、重く粘る演歌調とは違う、すっきりした歌唱として捉えています。
京都という舞台から和の情緒を思い浮かべても、声の魅力まで重厚なものとは限りません。
高音の澄み方と軽快なリズム感が、日本的な旋律にどんな表情を与えるかが、聴きどころになります。

ただし、渚の声の受け止められ方は一つではありません。
音楽評論家の中将タカノリは、エレキ歌謡の流れを論じた文章で、「京都の恋」の歌声に演歌的な濃さを感じると評しています。
同じ歌をすっきりしていると捉える人もいれば、濃密な歌謡曲として受け取る人もいるのです。

この違いを考えるには、声の澄み方と、旋律や節回しが生む情緒を分けて聴くのがよさそうです。
高音が明るく通ることと、歌が切なさを帯びることは両立します。
ジャンルの名前を先に決めるより、声が伸びるところ、言葉が続くところ、伴奏が動くところをそれぞれ追うと、自分が惹かれる部分を見つけやすくなります。

楽器の旋律が、渚の歌になるとき

「京都の恋」は、ベンチャーズのインストゥルメンタル曲「KYOTO DOLL」に林春生が詞を付けた作品です。
もともと楽器が受け持っていた旋律を、意味のある日本語と一緒に運ぶことになります。
ギターの音をなぞる場合とは違い、歌では一つの音に言葉の始まりや終わりが重なります。
器楽版と歌唱版は、同じ旋律でも、何が耳に残るかを比べられる組み合わせです。

馬飼野元宏によるニッポン放送の解説では、1971年のベンチャーズの来日公演にも渚が参加したことが紹介されています。
その公演を収めた『ベンチャーズ・オン・ステージ’71』では、「京都の恋」とローリング・ストーンズの「黒くぬれ!」がメドレーになっています。
歌謡曲として親しまれた旋律が、エレキ・バンドの演奏の中にも置かれていたのです。

もう一つの代表曲「京都慕情」では、編曲の違いも手がかりになります。
FMおだわら「午前0時の歌謡祭」の解説によると、ベンチャーズの原曲にはない琴の音色を、川口真が歌唱版の編曲に取り入れています。
京都らしい情緒は、歌詞と声だけで生まれているわけではありません。
伴奏の音色が風景を作り、その中を渚の声が進んでいくと考えると、歌と演奏の役割が捉えやすくなります。

器楽版、シングルの歌唱版、ライブの記録を行き来する楽しさも、ここにあります。
旋律自体にある魅力と、言葉を伴う声だから加わる魅力を聴き分ける。
「京都の恋」だけで渚の声を知っている人にも、同じ曲から違う面を探せる入口になります。

「京都の恋」のジャケットに写る渚ゆう子(1970年作品・撮影年不明)
「京都の恋」のジャケットに写る渚ゆう子(1970年作品・撮影年不明)。
画像出典:写真掲載元

「雨の日のブルース」に残る、声の甘さ

1971年の「雨の日のブルース」は、筒美京平が作曲した歌です。
同年6月の録音を使ったレコード解説で、行方洋一は、声の無声音の甘さと抜け方に触れています。
ここで注目されているのは、母音を伸ばす響きだけでなく、子音に含まれる息の音など、ことばの輪郭を作る部分です。

この解説では、伴奏の音も具体的に扱われています。
ストリングス、リズム・セクション、ハモンド・オルガンに加え、冒頭にはマラカスの音が入ります。
それぞれの音が見分けられる録音の中で、歌声についても、強さや高さだけにまとめず、細かな音の表情を聴こうとしているのです。

「澄んだ高音」と「無声音の甘さ」は、同じ箇所を指す言葉ではありません。
音程を持って伸びる声と、ことばが始まったり移ったりする短い音。
この視点を加えると、高音の響きだけでは捉えきれない、渚の声の柔らかさにも関心が向きます。

この細かな甘さは、声を大きく張った瞬間だけを待っていては見落としやすい魅力です。
言葉の頭に短く現れる音や、次の母音へ移るところにも、その人らしさが残ります。
「雨の日のブルース」の録音解説は、渚の声を高音の美しさだけで捉えず、一語の中まで聴くきっかけを与えてくれます。

「東京に三日 田舎に四日」で、声とリズムの関係を広げる

京都を離れた題材でも、渚の歌とポップな伴奏の組み合わせを楽しめます。
1973年の「東京に三日 田舎に四日」は、浜口庫之助が作詞・作曲した作品です。
歌手のギャランティーク和恵は、この曲を紹介したコラムで、コーラスを伴うAメロから、サビで歌謡曲らしいグルーヴへ移るところに注目しています。

曲の途中でリズムの感じ方が変わるなら、同じ歌声にも違う役割が生まれます。
前半で言葉を運ぶ声が、サビの演奏の中ではどう感じられるのか。
声が強くなったと感じるところで、伴奏も変わっていないか。
この曲を代表的な京都の歌と並べると、土地の情景だけでなく、演奏との関わりから渚の歌唱に親しめます。

歌を教える場でも、息と響きから

歌手の井上実香は、渚が歌を教える場で、呼吸から始め、口の開け方、声の響かせ方、姿勢まで伝えていたと記録しています。
顔の動きを整える練習にも触れており、一曲の節回しだけを教えるレッスンではありませんでした。
声を出すときの体の使い方から確かめ、実際に生徒が曲を歌う中でも指導していたことが分かります。

その日の練習曲は、井上の「逃げる月」でした。
渚自身のヒット曲の癖をまねさせる場ではなく、別の曲を歌う生徒にも、呼吸や口の動きから向き合っていたことが分かります。
姿勢、響き、言葉を作る動きをばらばらに扱わず、実際の歌の中で確かめていく。
この指導の記録は、完成された声の印象の向こう側に、基本を丁寧に扱う歌手の姿を見せています。

澄んだ声で旋律を歌い、リズムに乗り、その中にことばの細かな甘さを残す。
渚ゆう子の歌い方を考えるときは、代表曲の京都の情景とともに、この声の組み合わせにも耳を向けたくなります。

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