CHIKA(HANA)の歌声はどう変わった?No No Girlsから現在までの歌唱変遷

No No GirlsからHANA現在までのCHIKAの歌声の変遷 CHIKA(HANA)

CHIKAさんの歌声の変化は、「歌が苦手だった人が上手くなった」という物語ではありません。
No No Girlsへ現れた時点ですでに高音と声量は大きな武器でしたが、その実力を自分自身が信じ切れていませんでした。

変わったのは能力の有無より、何を歌っても自分の表現として舞台へ置ける範囲です。
高音で圧倒する候補者から、弱さも低音も引き受けるHANAの歌手へ進んだ過程をたどります。

オーディション以前から歌っていたが、自信だけが追いつかなかった

CHIKAさんは福岡県出身で、母親の影響から幼い頃にダンスを始め、カラオケでもよく歌っていました。
安室奈美恵さんやBeyonceさんのような、舞台で強さを放つ女性に惹かれてきたと話しています。

動画サイトへカバーを投稿し、別の大型オーディションにも挑戦しました。
歌う機会を積み重ねても、結果が出ない時期が続き、音楽を仕事にできるとは思えなくなっていたそうです。

この時期のCHIKAさんには、声の能力と自己評価の間に大きな距離がありました。
周囲には明らかな武器が見えているのに、本人には「まだ選ばれない自分」の方が強く見えていたのです。

2次審査では、完成度の高さがかえって課題を隠した

No No Girlsの2次審査では、CHIKAさんの安定した歌とダンスが早くから注目されました。
しかし、技術が足りない候補者とは違い、どこを直せば自信につながるのかが見えにくい状態でもありました。

本人は後に、なぜ自分の顔や声を好きになれないのか、指摘されてもなぜ自信を持てないのか分からなかったと振り返っています。
うまく歌えたかどうかだけでは解けない問題が、すでに始まっていました。

No No Girls参加当初から歌唱力を注目されたCHIKA

3次審査で、借りた歌詞ではなく自分の言葉が前へ出た

3次審査ではASHAさん、MAHINAさんと「GET OUT」を制作しました。
ここで見え始めたのは、高音の巧さだけではなく、自分の経験を短い言葉へ置き換える力です。

CHIKAさんは、音楽へ人生を懸けてきた覚悟が伝わるリリックを書きました。
後に本人が語った「今までNOと言われた人生があるからこそ、音楽への思いが大きくなった」という言葉は、この時期の表現とつながっています。

歌の完成度を見せる段階から、自分がなぜ歌うのかを声へ入れる段階へ移ったのが、このクリエイティブ審査でした。
歌唱の変遷で最初の大きな節目です。

5次審査では、強い声をチームの中で使う必要が生まれた

5次審査の「Tiger」では、ソロの歌唱力だけでなく、複数人の中でどの瞬間に前へ出るかが問われました。
声量のある人が常に大きく歌えば、グループ全体は平らになります。

CHIKAさんに必要だったのは、力を弱めることではなく、自分の力を誰かの声へ渡す感覚でした。
この経験は、後にHANAで「一節だけで場面を変える声」を担う土台になります。

最終審査の「美人」で、物まねを拒み自分の解釈を選んだ

最終審査で選んだのは、プロデューサーであるちゃんみなさんの「美人」でした。
多くの人が原曲の声を知っているからこそ、CHIKAさんは物まねと言われないことへ強くこだわります。

歌詞をどう受け取り、自分ならどこへ感情を置くのかを考え、アレンジを組み立てました。
同時に、自信が持てない理由を過去までさかのぼり、傷ついていないと思っていた言葉が自分に残っていたことにも気づいています。

「私は変えていける」と考え直せた時、歌唱は評価を待つものから、自分の意思を見せるものへ変わりました。
HANAに選ばれたこと以上に、この自己解釈の獲得がCHIKAさんの歌声を変えた出来事です。

HANAの「Drop」と「ROSE」で、パワーがグループの役割になった

2025年、HANAは「Drop」をプレデビュー曲として発表し、4月に「ROSE」でデビューしました。
CHIKAさんは「Drop」を歌うたびに熱い感情が湧き、自分たち自身を鼓舞してくれる曲だと語っています。

候補者時代のパワーは、自分が選ばれるための証明でもありました。
HANAでは同じ強さが、七人の曲を持ち上げ、ステージの温度を決める役割へ変わります。

メンバーからも、CHIKAさんが歌うとステージがその色に変わるという証言が出ています。
声の強さを一人で抱えるのではなく、グループが必要とする場所へ置けるようになった時期です。

「Blue Jeans」で、高音のない自分にも価値を見つけた

デビュー後の最も大きな変化は、「Blue Jeans」で起こりました。
高音パートがないと分かったCHIKAさんは、この曲の自分は面白くないと思われるのではないかと不安になります。

それまで選んできたのは、高音があり、盛り上がり、テンポの速い曲でした。
そこでメンバーの録音を見て、音を抜く方向や、張らずに言葉を残す発想を学びます。

HANAでメンバーの声から新しい歌い方を学んだCHIKA

完成した時に得たのは、繊細な声を出す技術だけではありません。
自信のなさが聞こえる声でも、その曲に合っていれば素敵だと認められる感覚でした。

2026年には「My Body」のように派手な高音を担当しない曲でも、自信を持ってステージに立てるようになったと語っています。
候補者時代から続いていた「高音を出せる自分でなければ認められない」という考えが、ようやくほどけたのです。

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1stアルバムでは、歌う人から曲を作る人へ進み始めた

2026年2月、HANAは1stアルバム「HANA」を発表しました。
収録曲「ALL IN」では、メンバー自身が作詞作曲に関わり、HANA名義でクレジットされています。

CHIKAさんは、現在はパフォーマンス面で自信を失うことが少なくなり、完璧さより舞台で何を伝えられたかを重視するようになったと話しています。
歌の評価を受け取る側から、曲の意味を作り、観客へ手渡す側へ立場が広がりました。

それでも、自分を疑う瞬間が完全になくなったわけではありません。
信頼するメンバーの言葉を借りながら前へ進むという方法を覚えたことも、現在の安定につながっています。

変わらないのは、音楽へ人生を懸ける感覚

CHIKAさんの歌声は、強い高音から繊細な低音へ広がり、ソロの証明からグループの表現へ変わりました。
一方で、歌うことを一時的な成功として扱わない姿勢は変わっていません。

オーディション以前も、結果が出ない時期にも歌い続け、HANAになってからはライブそのものを自分へのご褒美だと話しています。
技術より自信が遅れて育ったからこそ、自信を持てない人へ届く歌を歌いたいという目標も生まれました。

現在の発声とパワフルボイスの特徴は、CHIKAさんの歌い方・発声の記事で詳しく整理しています。
プロデューサー自身の声と表現の変化は、ちゃんみなさんの歌唱変遷と比べると、受け継がれたものとCHIKAさん固有のものが分かります。

まとめ

CHIKAさんの歌唱変遷は、歌唱力を獲得した歴史というより、すでに持っていた力の使い道を増やした歴史です。
No No Girlsでは自分の声を信じることを学び、HANAでは強い声を仲間の中へ置き、「Blue Jeans」では高音のない自分にも価値を見つけました。

現在は完璧に歌うことより、ステージで何を伝えたかを大切にしています。
強さを証明し続ける歌手から、強さも弱さも選べる歌手へ変わったことが、CHIKAさんの最も大きな成長です。

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