鬼頭明里の歌声の変遷|自分の声を探したデビューから、力を抜いて歌えるまで

Journey取材掲載写真の鬼頭明里(2025年) シンガー
Journey取材掲載写真の鬼頭明里(2025年)

誰かの声になれることと、自分の声で歌えることは、同じではありません。
鬼頭明里は、キャラクターの声で歌うことには親しんでいながら、自分だけの歌い方を持つ歌手という存在を、遠いものに感じていました。
ソロデビューは、その疑問を抱えたまま始まります。

そこからの歩みで面白いのは、一つの歌声を決めて守り続けたわけではないことです。
元気なロックに惹かれていた人が、静かに歌う楽しさを知り、苦手だった低い声にも手を伸ばす。
歌を重ねるたびに、自分の声として使える表情が増えていきました。

2019年、役を離れて歌うと、自分の声が分からなかった

ソロデビュー期の鬼頭明里(2019年掲載)
ソロデビュー期の鬼頭明里(2019年掲載)。
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2019年10月のデビュー曲「Swinging Heart」で、鬼頭が意識したのは、普段の声優の仕事では前に出す機会の少ない自分自身でした。
キャラクターソングでは役の歌声を、カラオケでは元の歌手の歌い方を手掛かりにしてきたため、自分の歌とは何かを改めて考えたのです。
好きだった爽やかなロックを歌うことが、その出発点になりました。

最初から、理想の声を作り込んで録音へ向かったわけではありません。
当時は、役の気持ちを準備するようには練習を重ねず、歌詞を覚え、現場で出た声を生かそうとしました。
出来上がった音を聴くと、自分が思っていたより声が高く感じられたという発見もありました。
よく知っているはずの声でも、役から離して作品にすると、まだ知らない部分があったのです。

この戸惑いは、歌が好きではなかったからではありません。
むしろ歌うことが好きで、別の人になりきることも得意だったからこそ、誰を演じるのでもない場面で足場を探す必要がありました。
デビュー曲は、完成した個性を披露するだけでなく、その個性を本人が確かめる機会でもあったのでしょう。

2020年、一枚に並べて分かった、曲ごとに違う自分

この年の「Tiny Light」では、録音中に、もっとささやくように歌うよう求められました。
普段はあまり使わない歌い方でしたが、試すと曲になじむ感触があったといいます。
静かな声も、曲に導かれて学んだ表現でした。

同じ年の『STYLE』では、覚えては録り、また次の曲を覚えるという制作が続きました。
鬼頭はそれぞれを感じたままに歌い、完成した曲を並べて初めて、歌い方がずいぶん違うことに気づいたと話しています。
ロックを軸にしながらも、同じ声を全曲に当てはめた作品にはなっていませんでした。

本人にとってお気に入りだった「23時の春雷少女」に加え、「Star Arc」や「君の花を祈ろう」には、歌詞への強い共感もありました。
自分らしさを一つの声色にまとめるより、その曲を好きだと思う理由や、言葉への反応を歌にしていく。
そうして残った違いの集まりが、最初のアルバムで見せた鬼頭明里の姿だったのです。

2021年の「深夜センチメンタル」では、本人が以前とは違う言い方を試した一節を、ファンが好きなところとして挙げました。
制作中の小さな工夫が、聴く人にも届いていたのです。
大きなサビや高い音だけでなく、ふと口からこぼれる言葉にも、その人らしさは残る。
本人が試した一節と、聴き手の印象が重なった出来事でした。

2022年、「みちくさ」で、張る癖から一度離れる

みちくさ取材掲載写真の鬼頭明里(2022年)
みちくさ取材掲載写真の鬼頭明里(2022年)。
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「みちくさ」では、それまで多かった元気な曲から、散歩しながら聴けるような温かな音楽へ向かいました。
鬼頭は静かな曲も聴くようになり、その好みを伝えてデモを選んでいます。
初めて作詞に関わったこの曲で届けたかったのは、ただ頑張れと励ますことより、自分の歩調で進んでもよいという気持ちでした。

歌うときにも変化があります。
元気な曲を重ねて声を張ることが癖になっていたため、今回は肩の力を抜くようにしたといいます。
励ます内容だから強く歌う、と一つに結びつけず、そっと隣にいるような届け方を選んだのです。
聴く音楽の好み、歌詞で伝えたいこと、実際の歌い方が、一つの作品の中でつながり始めました。

同年の『Luminous』について、制作プロデューサーの椿本康雄は「Oxidation」に、ただ長く伸ばすだけではない表現が出てきたと語っています。
得意だったロングトーンを土台に、その中へ表情を加えることにも、成長が見えていました。

低い声も、最初から自由に使えたわけではない

落ち着いた声の印象がある鬼頭ですが、低い声を歌や芝居で使うことには、かつて苦手意識がありました。
その領域を開こうとして取り組んだのが、男性ボーカルの曲をかっこよく歌えるようにする練習です。
2025年の振り返りでは、そこから声の出し方や、使える高さの扱いが少しずつ分かってきたと明かしています。

自分の地声を低いと感じていても、その低さを自在に使えるわけではなかったのです。
本人は、歌で学んだ声の出し方を芝居に生かせることにも手応えを感じています。

低い声も、得意なものとして最初から揃っていたのではありません。
別の歌手の曲を練習することが、自分の声の可能性を広げる道になりました。

作詞を始めると、聴く歌の言葉にも目が向いた

2024年には、音楽の聴き方が変わったことも話しています。
以前は直感で元気になれる曲を選んでいたのが、バラードも好み、歌詞へ注意を向けるようになりました。
本人は、自分で詞を書くようになった影響もあるのかもしれない、と捉えています。
制作に参加することが、自分の作品だけでなく、他の人の歌を受け取る感覚にも返ってきたのです。

5周年の『Give Me Five!』では、掛け声や手拍子で一緒に盛り上がれる曲を集め、「キャンバス」では自ら作詞を担当しました。
静かな歌を覚えたからといって、賑やかな音楽を遠ざけたわけではありません。
以前は苦手だった歌って踊る舞台も、表情や見せ方を研究するうちに、前より楽しめるようになったといいます。
歌をどう聴かせるかに加えて、人前で自分をどう見せるかにも、本人の考えが育っていました。

『Journey』で、静かな曲を自分のレパートリーへ

2025年の『Journey』を開く「Nonfiction Nook」では、肩の力を抜いて歌える曲の楽しさが、さらに前へ出ています。
鬼頭は、こうしたジャンルを私生活で歌うことはあっても、自分の作品としては新鮮だったと話しました。
5年間続けてきたからこそ歌える曲、という本人の実感があります。

同じ時期には、周りに言われた通りに進める段階から、自分やファンが何をしたいのかを考える段階へ変わったとも振り返っています。
最初に探していた自分の歌は、声だけを見つめても完成しなかったのかもしれません。
どんな曲を選び、どんな時間を聴き手と過ごしたいか。
それを自分で決める経験が、静かな曲を歌う自信にもつながっていたと考えられます。

Nonfiction Nook――『Journey』収録の音源(2025年)

静かに歌う場所と、重いロックを歌う場所の両方へ

2026年2月には、初のアコースティック編成による公演も実現しました。
横浜の最初のステージでは「Esquisse」でスキャットを交え、「Nonfiction Nook」では息を含む声を聴かせています。
ピアノ、ギター、バイオリンという編成に、これまで増やしてきた声の表情を置く、新しい舞台になりました。

同月発売の重いロック「光よ、僕に。」は、本人の記憶では2024年夏頃に録音した曲です。
発売順だけで声の変化を並べることはできません。
静かな歌も強い歌も、並行して試してきたのです。

鬼頭明里の変遷をたどると、自分の声を見つけることは、一つの型へ落ち着くことではなかったと分かります。
曲を並べて違いに気づき、張る癖をほどき、苦手な低さも練習して使えるようにする。
その積み重ねが、爽快なロックにも、静かな歌にも帰ってこられる今の歌手像を作ってきました。
裏声や息遣い、太い声を曲の中でどう選ぶかは、鬼頭明里の歌い方で掘り下げています。

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