川村壱馬の歌声はどう変わった?候補生から零/L.E.I.までの歌唱変遷

候補生から零とL.E.I.まで川村壱馬の歌声の変遷をたどる記事のアイキャッチ シンガー

川村壱馬さんの歌声の変化は、単純な上達物語ではありません。
本人はかつて、オーディション当時の自分を振り返り、「歌唱力だけなら落ちていた」と言えるほど厳しく評価しました。

それでも候補に残り、三人のボーカルを支える一人になり、ラップの言葉を書き、やがて一人で複数の声色を操るソロアーティストになりました。
選ばれた理由は完成度ではなく、伸びしろと歌への強い気持ちだったと本人は考えています。

この物語で変わったのは、最高音よりも声の役割です。
「自分を選んでもらうための歌」から、「十六人の物語を動かす歌」へ、そして「自分の考えを自分の言葉で届ける歌とラップ」へ広がりました。

この記事では、音楽を学び始めた時期、2014年の候補選出、2017年のデビュー、ラップ作詞、個人曲、零/L.E.I.の始動、近年の多彩な声色までを年代順にたどります。

音楽学校へ進んでも「歌がうまい側」ではなかった

川村さんは高校在学中、一般の高校から音楽を学べる学校へ移り、ボーカルを専攻しました。
歌手になる意志ははっきりしていましたが、周囲には自分より歌える人が多く、技術面で抜きん出た存在ではなかったと振り返っています。

2014年のボーカルオーディションでも、本人の自己評価は意外なほど低いものでした。
歌唱力だけなら落ちていたはずだが、伸びしろと気持ちを見てもらえたのではないか、と後に語っています。

この感覚は、その後の川村さんの歌に長く残ります。
「選ばれたから完成した」のではなく、「選ばれた責任をこれから技術へ変える」という始まりでした。

2014年、三人のボーカルで自分の声を探した

川村さんはTHE RAMPAGEの候補メンバーとなり、全国を回る武者修行やサポート活動を経験します。
一人で歌唱力を競うオーディションから、十六人のグループで一曲を成立させる現場へ移りました。

ボーカルはRIKUさん、川村壱馬さん、吉野北人さんの三人です。
技術も声質も違う中で、自分がすべてを歌うのではなく、どこで声を入れれば前後の声が生きるかを覚えていきます。

川村さんの低く力強い声は、ここで初めて「比較される弱点」ではなく、「曲に重さを加える役割」になりました。

2017年、『Lightning』で低い声がグループの入口になった

2017年1月、THE RAMPAGEは『Lightning』でメジャーデビューしました。
当時の川村さんは、ブラックミュージックやヒップホップへの好みを語り、自分の力強く男らしい声でグループのヒップホップ色を担いたいと考えていました。

初期の歌唱では、低い声の存在感と、言葉を短く強く置く感覚が前へ出ます。
現在ほど声色を頻繁に変えるというより、まず「川村壱馬の声はここにある」と示す時期です。

同じ2017年、『100degrees』で歌う人から言葉を書く人へ進んだ

デビュー年の終盤、『100degrees』ではラップパートの作詞を初めて担当しました。
これは歌唱技術の変化以上に大きな転機です。

それまでは渡された歌詞を、どの声で届けるかが中心でした。
自分で言葉を書くと、何音ならリズムへ収まるか、どの子音なら強く聞こえるか、どこで息を継げるかまで考える必要があります。

川村さんのラップが後年になっても歌から分離しないのは、この時期から「自分の声に言葉を合わせる」経験を積んだからです。

デビュー年に歌唱とラップ作詞の両方へ踏み出した川村壱馬

『SWAG & PRIDE』で声が曲の先頭を切るようになった

初期の川村さんは、三人のボーカルの中で低い声を置く役割が目立ちました。
活動を重ねるにつれ、その声は曲を下から支えるだけでなく、場面を切り替える刃のように使われます。

『SWAG & PRIDE』では、短いフレーズの入口を鋭くし、ラップとメロディを往復しながら曲の緊張を保ちます。
低音の太さそのものより、言葉を入れる速さ、語尾を離す瞬間、次の声へ渡す余白が重要になりました。

三人の歌唱を長く聴いてきた人からは、川村さんが歌の人物そのものへ入り込み、パートの順番を通して感情の頂点を作る点に魅力を感じるという見方もあります。
この頃には、「強い声の人」から「曲のドラマを進める人」へ変わっています。

2023年、個人曲で声の強さを引き算した

2023年、THE RAMPAGEの作品に川村さんの個人曲『世界が変わってしまったけれど』が収録されました。
グループの大きなパフォーマンスを離れ、一人の声と内側の感情へ焦点を当てた曲です。

ここで前面に出るのは、低音の威圧感ではありません。
言葉を急がず、息の残る声と沈黙を使いながら、強さの裏側にある迷いを聞かせます。

三人のボーカルでは場面を動かしていた声が、一人の歌では立ち止まるための声になる。
ソロ始動前に、川村さんの歌が攻撃性だけでは成立していないことを示した一曲でした。

個人曲で強さを引き算し内面へ近づいた川村壱馬
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2025年、零として「歌う」より先にラップを選んだ

2025年、川村さんは零としてソロ活動を始めました。
海外ではL.E.I.を名乗り、名前にはゼロから始め直す意志を込めています。

最初の表現として選んだのは、歌だけでなくラップでした。
伝えたい考えが多く、メロディだけでは置ける言葉に限りがある。だから、より多くの言葉を直接届けられるラップが必要でした。

初めて一曲すべての歌詞を書く作業では、締切を延ばしてもらうほど苦しみながら、妥協せず言葉を選びました。
『Delete』では一般的なJ-POPの型へ無理に合わせず、短い構成の中に複数のフロウを置いています。

候補生時代は自分を選んでもらうために歌っていた人が、ここでは曲の形から言葉の密度まで自分で決めています。

『(R)ENEW』では、メンバーにも分からない声を出した

同じ2025年、THE RAMPAGEの作品では、川村さんが制作の方向性にも深く関わりました。
ある曲で複数の新しい歌声とラップの声色を使ったところ、メンバーは別の歌い手が参加していると思い、すべて川村さんだと気づかなかったといいます。

これは突然の変身ではありません。
本人は、その出し方を以前から持っており、ふさわしい曲が来るまで使わなかったと説明しました。

デビュー時は「力強く、男らしい」という一本の線をはっきり見せました。
そこから八年をかけて、同じ芯を保ったまま、息の多い声、乾いた声、鋭いラップ、柔らかな歌声を必要に応じて選べるようになったのです。

現在は、グループの声と一人の言葉を往復する

現在の川村さんには、二つの場所があります。
THE RAMPAGEでは、三人のボーカルと十六人の表現を動かす声。零/L.E.I.では、自分の思想を歌とラップで直接届ける声です。

ソロがグループからの逃避ではなく、グループでは使い切れない言葉と音色を試す場所になっている点が重要です。
一人で得た声色がグループへ戻り、グループで学んだ余白がソロの言葉を支えます。

声の仕組みを現在の歌い方から詳しく知りたい場合は、川村壱馬のハスキーな低音・高音・ラップの分析もあわせて読んでみてください。

まとめ

川村壱馬さんの歌唱変遷は、歌唱力の順位を上げる物語ではありません。
技術だけなら落ちていたかもしれない候補生が、自分の声の役割を見つけ、言葉を書き、一曲を設計し、複数の声色を必要な瞬間だけ使える表現者になるまでの変化です。

2017年の力強く男らしい低音は、現在も中心にあります。
ただし、その周囲には三人のボーカルで得た余白、ラップ作詞で得た言葉の精度、個人曲で見せた静けさ、零/L.E.I.で解放した思想が重なりました。

変わったのは声を大きくする力ではなく、一つの声へ任せられる仕事の数です。
川村壱馬さんの現在地は、歌手とラッパーの境目ではなく、その両方を一人の物語として届ける場所にあります。

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