Queenの曲を歌うアダム・ランバートには、難しい注文が二つあります。
聴き慣れた曲の魅力を届けてほしいという期待と、アダムだからこそ聴ける歌を聴きたいという期待です。
高音を出せるだけでは、どちらにも十分には応えられません。
アダムが考えているのは、フレディ・マーキュリーの声にどれだけ似せられるかよりも、その曲がどんな気持ちを伝えようとしているかです。
そのうえで、原曲に近づける部分と、自分の歌い回しを加える部分を探していく。
Queenとの「Somebody to Love」から、別の歌手が作った曲を自分の声で歌う、その工夫を見ていきましょう。
「Somebody to Love」は、誰かを求める人の歌
「Somebody to Love」は、フレディが書き、1976年の『A Day at the Races』に収められた曲です。
アレサ・フランクリンからの影響があり、幾重にも重なるコーラスと、思いを訴えるリードボーカルが大きな聴きどころになっています。
歌手の力を存分に見せられる一方、歌の中にいるのは、誰かに愛されたいと願う人です。
華やかなコーラスを伴いながら、リードボーカルは一人の孤独を歌う。
この組み合わせを考えると、なぜ力のある歌手が歌って面白いのかが分かります。
大きく伸びる声は、寂しさを弱々しくつぶやく代わりに、誰かへ向かって懸命に訴える声にもなるのです。
アダムはこの曲を、Queenの中でも大きな力を必要とする曲の一つに挙げています。
2016年のワイト島フェスティバルで歌った録音は、『Live Around the World』に収録されました。
大きく歌い上げる箇所だけでなく、そこへ至る言葉の流れにも注目すると、「すごい声」の先にある歌の内容を追いやすくなります。
声を似せる前に、曲が伝える気持ちを考える
Queenとの共演について、アダムはフレディへの敬意と、自分らしい歌い方の間で工夫してきました。
声の質まで同じにしようとするのではなく、原曲の狙いを考える。
悲しみを伝える曲なのか、客席を元気づける曲なのかによって、歌い方の出発点も変わります。
この考え方なら、同じ旋律を歌うことと、同じ声を出すことを分けて考えられます。
聴き手が待っている旋律をきちんと届けながら、語尾の伸ばし方や節の付け方には、アダムの個性を加えられる。
アダムの声で歌われていても、知っている曲の気持ちは伝わる、という歌を目指せるわけです。
もちろん、聴き手にはそれまでの記憶があります。
アダムも、熱心なQueenファンの前に立つことには緊張があったと振り返っています。
曲に自分なりの工夫を加えつつ、原曲から離れすぎないようにするのは、その記憶を大切にするためでもありました。
ただし、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが、アダムにフレディの物まねを指示していたわけではありません。
本人によれば、二人はアダムが自分自身として曲を歌うことを支えてきました。
聴き慣れた演奏の中に違う声が加わることを、共演する側も受け入れていたのです。

「Love Kills」は、曲そのものをバラードに変えた
一方で、原曲の形を大きく変えることもあります。
Queenとの公演で取り上げた「Love Kills」は、もともとフレディがソロで発表したダンス曲でした。
アダムたちはそれを、気持ちをじっくり伝えるバラードへ作り替えています。
テンポや伴奏が変わると、歌に求められる役割も変わります。
踊るための勢いが前面に出ていた曲を、言葉の痛みを追う歌として聴かせることができる。
声を原曲に似せるかどうか以前に、曲のどんな面を聴かせたいのかを、演奏から選び直しているのです。
『Live Around the World』を作る際、アダムたちは有名な曲だけでなく、こうした意外性のある曲も残しました。
客席が一緒に歌える親しさも、知っている曲の違う表情に気づく驚きも、一つの公演には必要だったのでしょう。
アダムの歌い方も、その二つの楽しみを行き来しています。
強く歌える曲を、あえて裏声で変えてみる
ソロのカバーでは、原曲との距離をさらに広げています。
2023年の『High Drama』で取り上げたキングス・オブ・レオンの「Sex on Fire」では、プリンスならどう歌うだろう、と考えたことが転機になりました。
原曲のロックの迫力をそのまま再現する代わりに、裏声を生かしたファンク寄りの曲にしたのです。
アダムなら、力強く歌って原曲に挑む方法も選べたでしょう。
そこで別の声色を探すから、カバーを聴く理由がもう一つ生まれます。
よく知るサビでも、声の軽さやリズムとの組み合わせが変われば、違う曲に出会ったような楽しみ方ができます。
このとき、自分らしさとは、すべての曲に同じ高音を付け足すことではありません。
曲ごとに、どんな歌にしたら面白くなるかを考える姿勢のほうにあります。
Queenで原曲を尊重するときも、ソロで大胆に変えるときも、歌の形を選ぶアダム自身の判断があるのです。

派手な声を、必要な場面で思いきり使う
こうした選び方は、最初から迷いなくできていたわけではありません。
アダムは2015年ごろ、歌の技を見せることより、曲の雰囲気や声色を大切にしたいと話していました。
その時期のソロ作品から、後年のカバーや舞台へ進んだ過程は、アダム・ランバートの歌声の変遷でたどっています。
だからといって、派手に歌う魅力を捨てたわけでもありません。
Queenの曲には、遠慮せず大きく歌うことで生きる場面がたくさんある。
アダムの伸びる高音は、その場面を任せられる強みです。
「Somebody to Love」に戻ると、その強みを何のために使うのかが、歌の聴きどころになります。
高い声に驚くと同時に、その声が誰かを求める訴えになっているかにも耳を向ける。
そうすると、迫力のある歌い方と、この曲が扱う孤独を、一緒に楽しめます。
アダムの歌い方の面白さは、何でも歌える声を持ちながら、曲に合わせて歌う方法を選んでいるところです。
フレディの曲をアダムの声で聴く楽しみも、その選択の中にあります。
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