ザ・ウィークエンドの歌声の変遷|正体の見えないR&Bから、「Blinding Lights」のポップへ

2021年、ザ・ウィークエンドのポートレート ザ・ウィークエンド
Brian Ziff / CC BY-SA 4.0

初期のザ・ウィークエンドを聴いたあとに「Blinding Lights」へ進むと、ずいぶん遠くまで来た歌手に感じます。
部屋の中で秘密を話すような曲から、たくさんの人が一緒に歌えるポップへ。
声には同じ人だと分かる甘さがありながら、その声を置く音楽が変わっています。

この歩みを、暗い曲をやめて明るい歌手になった、とまとめると大事なところが抜けます。
彼はポップな曲でも、孤独や危うさを歌い続けました。
変わったのは、どんな曲の形で、どれくらい多くの人へ、その声を届けるかという部分でもあります。

2011〜2012年──顔より先に、声を知ってもらう

2011年、ウィークエンドは『House of Balloons』『Thursday』『Echoes of Silence』という三つのミックステープを発表しました。
ここでいうミックステープは、曲をまとめて無料で公開した作品です。
2012年には、それらが『Trilogy』としてまとめ直されます。

当初、彼は顔や素顔をあまり表に出しませんでした。
本人は後年、自分がR&Bの歌手として売り出せる外見だと思えず、音楽を先に判断してもらうことが都合よく働いたと話しています。
聴き手にとっては、どんな人なのかを詳しく知る前に、声と曲の世界へ入ることになったのです。

『House of Balloons』の「Wicked Games」は、その初期を代表する曲の一つです。
恋愛の中での欲望や心細さを、親密な調子で歌う。
2012年に公開された公式MVにも、その曲が持つ暗い雰囲気が引き継がれています。

最初の制作は、トロントの小さな部屋で進んでいました。
共同制作者のイランジェロは、最初に会ったとき、鍵盤の音を鳴らすとウィークエンドが歌い始め、即興の歌から次々にアイデアが生まれたと振り返っています。
その場で出てきた声を録るため、マイクをすぐ使えるようにしていました。

曲の雰囲気の中を、歌が自由に進んでいく。
初期の録音には、完成したポップ曲の形へ急いで収める前の、そうした作り方がありました。
声を出しながら探したものが、そのまま曲の個性にもなっていたのです。

2012年、コーチェラで歌うザ・ウィークエンド
2012年、コーチェラで歌うザ・ウィークエンド。写真:Fred von Lohmann / CC BY 2.0

2014〜2015年──自分の暗さを、ポップの形へ入れる

転機の一つが、アリアナ・グランデとの「Love Me Harder」でした。
マックス・マーティンが関わるポップ曲へ招かれたウィークエンドは、最初に届いた曲を、そのまま自分らしいとは感じなかったそうです。
そこで歌詞を書き換え、彼自身の暗さを加えました。

ここから、マーティンとの協働が深まっていきます。
2015年の『Beauty Behind the Madness』に入った「Can’t Feel My Face」は、その成果を広く聴かせた曲でした。
短く覚えやすいメロディーを、リズムよく繰り返す歌が前へ出てきます。

ウィークエンドはこのころ、音作りが面白いだけでなく、ピアノだけで演奏しても成り立つ曲を重視していると語っていました。
伴奏の細かな仕掛けを外しても、メロディーと歌が残ること。
初期の濃い雰囲気に加えて、曲そのものの覚えやすさへ、判断の重心が移ったのです。

本人は、ポップな曲を歌うことも、もともと自分の中にあったものを出せるようになったのだと説明しています。
歌い手として試せることが増えた結果、聴き手と一緒に歌いやすい形も選ぶようになったのですね。

同じアルバムには、低く話す声から荒いサビへ進む「The Hills」も入っています。
ポップへ向かった時期にも、声の不穏さは大切な要素でした。
その一曲の中での歌い分けは、ザ・ウィークエンドの歌い方で詳しく扱っています。

2018年、香港公演で歌うザ・ウィークエンド
2018年、香港公演で歌うザ・ウィークエンド。写真:Salandco / CC BY-SA 4.0

2019〜2020年──「Blinding Lights」で、80年代の音へ飛び込む

2019年の「Blinding Lights」、そして2020年のアルバム『After Hours』では、80年代のポップ音楽への好みが、よりはっきり表に出ました。
その好みの育ち方も、彼らしいものです。
子どものころに遊んだ『Grand Theft Auto: Vice City』で、街を走りながら聴いた音楽が、80年代の曲を知るきっかけになっていました。

1990年生まれの彼にとって、80年代の曲は、ゲームの中で親しんだ音楽でもありました。
ホール&オーツやマイケル・ジャクソンを聴くことは、自分の子ども時代を思い出すことにもつながっていたのです。
「Blinding Lights」を作るスタジオでも、未来の街を車が走る映像を壁へ映して、発想を膨らませていたそうです。

動き続ける伴奏の中で、サビのメロディーが繰り返し戻ってくる。
初期の長い曲の中をたどる感覚に比べると、聴き手がすぐに一緒に歌える場所が、はっきりしています。
声の甘さが、広い会場でも共有しやすいポップの形に収まったのです。

その一方で、本人が説明した曲の内容は、孤独のあまり、夜中に相手へ会いに行こうとする人物の話でした。
酔った状態で街の光に目をくらませながら走る、危うい状況が背景にあります。
音楽の勢いを楽しんでから、その孤独に気づくと、同じサビが違う気分で聞こえてきます。

明るく響く音を選べるようになっても、歌の中の人物が安心して暮らせるようになったわけではない。
初期から続く暗さを、多くの人が覚えられるメロディーで歌えるようになった点が、この曲の大きな変化です。

2022年以降──歌う声を、物語や音の材料にもする

2022年の『Dawn FM』では、ダンス音楽へ向かう流れが、さらに実験的な形になります。
マックス・マーティンと並んで関わったのが、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとして活動するダニエル・ロパティンでした。
ポップの曲作りと、電子音を自在に変える制作が、一つの作品の中で出会います。

ロパティンによると、このアルバムでは、録音したウィークエンドの声を引き伸ばしたり、素材として使い直したりもしていました。
歌詞を歌う主役の声が、曲を形作る楽器のような音にもなる。
誰の声か分かるほど個性があるからこそ、姿を変えても、その歌手の作品だと感じさせられるのです。

そして2025年には、『Hurry Up Tomorrow』がアルバムと映画に広がりました。
映画で彼が演じるのは、ステージで声を失い、追い込まれていく、自分自身をもとにした人物です。
現実の2022年の公演で歌えなくなった経験も、物語の発想につながりました。

それまで歌の中の人物を伝えていた声が、今度は、失われること自体で物語を動かす。
ここでも彼は、自分の声をどう物語に使うかを考えています。
初期の秘密めいた人物像から始まった活動は、歌う自分自身まで題材にするところへ進んだのでした。

変わったのは、声を届ける曲の形

初期のウィークエンドには、即興の歌や濃い雰囲気の中で、自分の世界を作る面白さがありました。
2015年には、覚えやすいメロディーを前へ出し、「Blinding Lights」では、好きだった80年代の音楽へ思い切って飛び込む。
その先では、声を音の材料にも、物語の題材にもしています。

この変化をたどると、声の甘さが同じでも、その魅力を感じる場所が変わっていると分かります。
ひそかな告白を聴くような曲も、大勢でサビを歌える曲も、同じ歌手の表現でした。
ウィークエンドは、危うさや孤独を歌う自分を残しながら、その歌を届ける方法を増やしてきたのです。

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