茅原実里は、2016年のアルバム『Innocent Age』で、長年身につけた歌い方を緩めようとしていました。
デジタルな楽曲を多く歌ううちに、正確にはっきり歌うことが習慣になっていたからです。
恋をする人の揺れる気持ちには、その整った声がそのまま合うとは限りませんでした。
その後、身体を使う歌い方を学び直し、2025年の「Message」では、自然な声で自分の言葉を語ることにも向き合います。
透明感のある声で居場所を見つけた歌手が、その声で伝えるものをどう広げてきたのかをたどります。
自分の声に足りないものを探していた頃
茅原は2004年に声優としてデビューし、同じ年にアルバム『HEROINE』を発表しました。
しかし、声優の仕事も歌手活動も、思いどおりに進むばかりではなかったと振り返っています。
もう一度自分を見つめ直そうと、ギターを持って路上で歌い始めた頃、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希役に出会いました。
当時は、自分の声への不満もありました。
線が細く、深みがなく、歌に説得力を持たせるのが難しいと感じていたそうです。
一方、2012年の取材では、聴き手の側から、細さと力強さが両立した声だと評されています。
本人が欠点と思っていたところも、別の耳には独特の魅力として届いていたのです。

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大きな転機になったのが、2006年の長門有希のキャラクターソング「雪、無音、窓辺にて。」
当時マネジメントを担った瀬野大介は、この曲で透明感と広がりのある歌声が生まれたと振り返っています。
その歌をきっかけに、事務所からランティスへ本人名義の作品作りを持ちかけました。
さらにプロデューサーからは、最初のアルバムに入っていた「マリオネット」の方向も合うのではないかと助言があったそうです。
足りないと思う厚みをひたすら足すより、すでに持っている声が生きる音楽を探す。
茅原も、ランティスとの制作では、自分の声質を生かすサウンドを用意してもらえたと話しています。
他の人の声へ近づくことだけが、歌手として進む道ではありませんでした。
2007年には「純白サンクチュアリィ」で、ランティスから本人名義の活動を再開します。
翌年の「Paradise Lost」は、自分が出演するアニメの主題歌を歌いたいという、養成所時代からの夢をかなえた曲でした。
声の個性を生かす音楽が、本人の目標とも結びついていきます。
「純白サンクチュアリィ」――2007年
2016年、正確に歌う習慣を緩めようとした
2016年の『Innocent Age』は、出会いから恋が始まり、愛へ変わっていく気持ちを描いたアルバムです。
それまでの作品にあったデジタルな響きから、今回はバンドの生音が前に出る方向になりました。
恋のきらめきや青春の気持ちには、その音が合うと考えたそうです。
自ら作詞した「Love Blossom」も、思いが通じた喜びを歌うリード曲になりました。
その音楽に合わせるとき、茅原は歌い方にも壁を感じます。
長く身につけた、正確にはっきり歌う習慣を緩めるのが難しかったのです。
人の気持ちの繊細な動きを乗せるには、もっと柔らかく、曖昧さを許して歌う必要があると考えました。
そこで、録音中は身体をゆらゆら動かし、自分を軟体動物に見立てるように歌っていたと話しています。
「カタチナイモノ」では、恋の明るさだけでなく、相手を信じたいのに信じられない心を描きました。
本人が目指したのも、きちんと形の整った歌ではなく、その不安定さが伝わる歌でした。
ところが最初は、一番も二番も似た雰囲気で歌ってしまい、気持ちの差をつけられなかったそうです。
そこで、後半へ向かって感情を強めるため、序盤の勢いをできるだけ抑えました。
本人が説明したのは、気持ちをどのくらい乗せるかという調整です。
最初から精いっぱい出すのではなく、途中で揺れ、最後に大きく動く人として歌う。
声をきれいに整えるだけでは伝わらない心を、一曲の流れの中で作ろうとしていました。
過去の声を受け入れることと、歌い続ける難しさ
曲の中で力を配分しても、公演を通して歌い切るには、また別の難しさがありました。
2019年11月18日の15周年ライブでは、シングルの表題曲26曲を発売順に披露しています。
茅原は後年、リハーサルでは一度も、納得できる形で全曲を歌い切れなかったと明かしました。
強い曲が多く、喉を休められる場所がほとんどない。
そのあとに「みちしるべ」のようなバラードをきちんと届けられるのかと、本気で心配していたそうです。
本人は最後まで気持ちを途切れさせずに臨み、歌い切れたことを大きな挑戦として受け止めていました。
一曲の表情を変える工夫と、最後の曲に必要な声を残すことは、同じ課題ではなかったのです。
この公演は、『15th Anniversary Minori Chihara Birthday Live ~Everybody Jump!!~』として映像化されています。
15周年公演(2019年)・ダイジェスト
一方、2020年のベストアルバムの取材では、過去の録音への見方も語っています。
声質や歌い方の違いは分かるし、歌い直したい曲もある。
それでも、昔は悔しかった荒削りな部分に、今の自分には出せない良さを感じたといいます。
当時の自分も必死に歌っていたから、そのときだけの歌として受け入れたいと考えていました。
過去の声をすべて直すべきものにしない。
その後も持ち歌を歌うことには、以前の自分を消さず、今の自分で向き合う面があります。
2025年の単独公演では、声の転機になった長門有希の歌も披露しました。
「雪、無音、窓辺にて。」
2025年「Message」公演
2024年、「Blue Dilemma」で身体の使い方の違いを感じる
2021年末の歌手活動休止、2023年の再開を経て、2024年には新しい学びがありました。
年初のミュージカルの仕事で、身体を使って歌うことを一から教わったのです。
本人は、それまでの歌い方を変える手がかりが見つかり、歌っているときの感覚が昔とは大きく変わったと話しています。
その違いを実感した録音が、俊龍のプロジェクトSizukに参加した「Blue Dilemma」でした。
2024年12月のアルバム『es』に、茅原が歌うCD限定曲として収録されています。
俊龍によれば、言葉も音符も多く、小節の始まりより少し前から歌い出す箇所もある、難しい曲になりました。
茅原は事前にニュアンスを考え、たくさん練習して臨みました。
当日も妥協したくなくて録音時間を延ばし、歌ったあとには皆でもう一度聴き直しています。
本人には、以前ならこれほど長く歌えず、喉がつらくなっていたかもしれないという感覚があったそうです。
2019年の公演で歌い切ることを心配していた人が、ここでは長い録音の中で表現を探せたと感じていました。
俊龍が評価したのは、語尾のニュアンスや、譜面どおりにとどまらない遊びでした。
茅原も、休止期間を経て歌う楽しさが増し、作り手の挑戦へ、自分を超える歌を返したいと思っていたといいます。
2016年に正確さを緩めようとした人が、今度は、音の多い曲でも自分の表情を加えていました。
「Blue Dilemma」――茅原実里歌唱版(2024年)・試聴
「Message」で求めたのは、自然なトーンの自分の声
2024年の20周年公演を経て、茅原には、自分の言葉で伝えられる歌手になりたいという思いが強くなりました。
共作を依頼したのは、休止中の一人芝居でも音楽を支えていたZAQです。
こうして生まれた「Message」は、2025年2月28日の単独公演で初披露され、翌3月1日に配信されました。
この制作には、歌以外で声を見つめ直した経験も重なっています。
茅原は2025年の対談で、活動を続けるうちに話す声のトーンが上がり、過去のトークには自分でも気持ちが伝わりにくいと感じることがあったと話しました。
YouTubeでは本音で語り合いたい。
そう考え、自然なトーンで話すことを追求していたのです。
ZAQによれば、「Message」の録音でも、茅原はキャラクターのような声になっていないかを気にしていました。
ここで探したのは、役としての声の巧さとは別の、自分自身の気持ちを伝える声です。
長門有希の歌が声の個性を見つける助けになった人が、今度は、その声で自分をどう語るかに向き合っていました。
語る言葉にも、メロディにも、自分の弱さと強さを残す
「Message」は、メロディを歌う部分と、言葉を語るポエトリーリーディングを組み合わせた曲です。
茅原が語りの言葉を、ZAQがメロディ部分の歌詞と音楽を担当しました。
語りの先例には15周年の「We are stars!」もありますが、本人にとって今回は、自分の内面を伝えるための使い方でした。
以前は美しく整えるように詞を書いていた茅原に、ZAQは、否定的な気持ちも出してよいと伝えます。
それを受け、茅原は、こんなことまで言ってよいのかと怖くなるほど、自分の思いを書いたそうです。
一方でZAQは、語りが後ろ向きでも、歌う部分には前へ向かう姿を残しました。
編曲も複雑さを増やすより、茅原の思いが届くシンプルさを選んでいます。
完成後、茅原は初めて自分の歌を聴いたように感じたといいます。

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2026年の取材では、聴き手の反応が分かれることも明かしました。
それでも、自分の経験から生まれたこの歌を、特定のファンだけではなく、苦しさを抱える人のそばに置きたいと考えていました。
声の細さを不満に思ったところから、その声が生きる音楽を見つけ、歌い方を緩め、身体の使い方も学び直してきた。
茅原実里の変遷には、声を変えることと、その声を受け入れることの両方があります。
曲の中で勢いを抑えたり、長く歌える感覚を探したりした具体例は、茅原実里の歌い方で掘り下げています。
「Message」で残したのも、整った強さだけではありません。
迷いを言葉にする自分も、同じ声で届けられると知ったことが、次の歌を作る理由になっています。







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