RUKIさんの歌を初めて聴くと、一人のボーカリストが歌っているとは思えない瞬間があります。
沈み込む低音、輪郭の鋭いクリーンボイス、感情が破裂したような荒い声が、一曲の中で次々に現れるからです。
けれど、RUKIさんの本当の強みは、使える声の種類が多いことではありません。
歌詞の人物と曲の景色に合わせて、言葉を置く場所と声の質感を選べることです。
本人も、歌で重視するものとして、リズムに対する言葉の配置と、その曲にふさわしい声を挙げています。
この記事では、派手なシャウトの出し方を推測するのではなく、なぜ対照的な声が一つの物語として聞こえるのかを読み解きます。
RUKIの出発点は「歌手」より先に、歌詞を書く人だった
RUKIさんは最初からボーカリストを目指していたわけではありません。
以前のバンドではドラムを担当し、曲作りのために仮歌を入れるうちにボーカルへ移りました。
一方で、歌詞を書き始めたのは中学生の頃です。
まだ録音機材を持たない時期からカセットを重ね録りし、曲には仮の言葉も付けていたと振り返っています。
この順番が面白いところです。
声を磨いてから言葉を乗せたのではなく、頭の中にある場面と言葉を完成させるために、歌う役を引き受けた。
だからRUKIさんの声色は、歌唱力を見せる装飾ではなく、歌詞を成立させる配役として増えていきました。
初期には女性の視点から悲しみを書くことも多く、登場人物の立場を借りることで感情を深く表せたと語っています。
同じ人が歌っていても、曲によって声の年齢や距離まで違って感じられるのは、喉の操作だけでなく「今回は誰の言葉なのか」が先に決まっているからです。
ヘヴィとメロディアスは、RUKIの中で対立していない
the GazettEは、重く攻撃的な曲と、余韻の長いメロディアスな曲を両方持つバンドです。
アルバム『DIVISION』では、その二つを別々の面へ振り切りながらも、RUKIさんは「二つで一つ」の核だと説明しました。
ボーカルも同じです。
荒い声から澄んだ声へ切り替わる時、別の歌い方へ逃げているのではありません。
一つの物語の中で、抑えていた感情が露出したり、激しさのあとに本音が残ったりするため、声が変わります。
低音、クリーン、シャウトを個別に採点すると、このつながりは見えません。
RUKIさんの歌では、声色が変わる瞬間そのものが場面転換です。

低い声と荒い声は、重さを足すためだけのものではない
結成初期の作品について、RUKIさんは叫び声をより低くした曲があると説明しています。
これは、荒い声なら何でも激しく聞こえるという発想とは逆です。
同じ叫びでも、曲の人物に合う深さまで設計していたことが分かります。
低い声には、音程が低いこと以上の効果があります。
言葉が地面へ近づき、逃げ場のない独白のように聞こえる。
そこから荒い声へ移ると、単なる音量の増加ではなく、それまで内側にあったものが表へ出たような落差が生まれます。
ファンの記録でも、RUKIさんの魅力は音域の広さだけでなく、苦痛や怒りを感じさせる声と、旋律を保つ声が共存する点として語られてきました。
ただし、これを「低く唸ればRUKIらしい」と捉えるのは危険です。
本人は録音で望む質へ届くまで何度も試し、喉を傷めた経験にも触れています。
京のデスボイスを扱った記事と比べると、同じヴィジュアル系の荒い声でも記事の焦点が異なります。
RUKIさんの場合は、極端な声そのものより、その前後の言葉と曲の景色へどう戻るかが重要です。
クリーンボイスは「本来の声」ではなく、もう一つの演技である
荒い声を特殊効果、クリーンボイスを普段の歌声と分けると、RUKIさんのバラードは説明しにくくなります。
『PLEDGE』では、愛より深い表現を書きたかったと本人が話しています。
ここで求められたのは、激しい声を取り除いた素のRUKIではなく、その重い題材を壊さずに旋律へ乗せる別の演技です。
クリーンな声でも、すべてを明るく開いてはいません。
言い切る語、飲み込む語、長く残す語を分けることで、旋律の中に話し言葉の温度を残します。
そのため、高音だけをきれいに伸ばしてもRUKIさんの雰囲気には近づきません。
一音の美しさより、そこへ至る言葉の速度と、終わり方までが一組になっています。
速い言葉も長い余韻も、耳で管理している
RUKIさんは、速い言葉の置き方についてヒップホップから学んだことを明かしています。
BPMを上げながら、どの速さなら言葉が曲へ収まるかを確かめる。
ロックのボーカルでありながら、発想は「勢いで詰め込む」よりも細かい編集に近いものです。
ライブでは、音程、声量、ニュアンスを判断するためにイヤーモニターを重視しています。
モニターの状態が悪い日に必要以上の力を使い、あとで声量を指摘されて初めて気づいた経験も語りました。
ここから分かるのは、RUKIさんの強い声が力任せではないことです。
自分の声を耳で確認できる環境を整え、狙った音が出ているかを判断する。
低音から高音、裏声、シャウトまでを往復できる背景には、喉の強さだけでなく、出した声を監督する耳があります。

2017年の再録で見せたのは、上達を見せびらかさない上手さだった
過去のバラードを再録した『TRACES VOL.2』で、RUKIさんは昔の歌い方をそのまま再現しませんでした。
当時の不安定なメロディーやハーモニーを見直しながらも、「上手くなった自分」を前へ出す歌い方は避け、曲へ細かなニュアンスを足す方を選んでいます。
この判断に、RUKIさんの歌唱観がよく表れています。
音程が正確になった、声が太くなった、使える技術が増えたとしても、それを聴かせることが曲の目的とは限りません。
技術は、歌い手を大きく見せるためではなく、昔は描き切れなかった人物を鮮明にするために使う。
だから再録版は、若い声を消して現在の上手さで塗り替える作品ではなく、当時の景色へ今の解像度を足す作品になりました。
同じように言葉の癖が強い歌手でも、清春の歌い方は母音や語尾を崩して一語を別の音へ変える面白さがあります。
RUKIさんは、声色を大きく変えても、歌詞の物語が見失われないところに個性があります。
RUKIを参考にするなら、声真似より「配役」を聴く
RUKIさんらしさを表面だけ真似すると、低音では喉を押し下げ、荒い部分では無理にかすれさせ、クリーンでは急に細い声へ逃げる歌になりがちです。
それでは三種類の声は出ても、一人の物語にはなりません。
参考にしたいのは、曲の中で声を使い分ける前に、言葉の役割を決める考え方です。
この一行は誰の独白なのか、次のサビで何が壊れるのか、最後の母音を残すことで何を言い切らずに済ませるのか。
その問いがあれば、声色の変化には理由ができます。
理由のない荒い声を足すより、クリーンなまま緊張を保つ方が似合う曲もあります。
RUKIさんの歌は、使える技の数を競う見本ではありません。
一曲の中で何人もの感情を演じながら、最後まで同じ物語から出ないための見本です。
まとめ
RUKIさんの歌い方は、低音、がなり、クリーン、高音を別々に覚えれば再現できるものではありません。
中心にあるのは、歌詞の景色を作り、リズムに言葉を置き、その人物に合う声を選ぶ作家の視点です。
もともとドラマーだった人が仮歌からボーカルになり、録音を重ねながら声の種類を増やした。
その歩みを知ると、派手なシャウトも美しいバラードも、同じ目的へ向かっていることが分かります。
RUKIさんのすごさは、一人で何種類の声を出せるかではありません。
声が何度変わっても、聴き手を一つの暗い景色から逃がさないことです。
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