浅岡雄也(FIELD OF VIEW)の高音はなぜ爽やか?2か月の録音で見つけた「まっすぐ歌う」発声

浅岡雄也の爽やかな高音とまっすぐ歌う発声を分析する記事のアイキャッチ シンガー

浅岡雄也さんの高音が爽やかに聞こえる最大の理由は、単に声が高いからではありません。
もともとの明るく甘い声を、ビブラートや細かな節回しで飾りすぎず、言葉ごとまっすぐ前へ出す歌い方にあります。

その歌い方は、最初から本人が自然に選んだ完成形ではありませんでした。
FIELD OF VIEWとして広く知られる前、浅岡さんは自然にビブラートがかかる憂いのある歌い方をしていました。
そこから発声と歌い回しを作り直し、「突然」の歌入れには2か月以上を費やしたと振り返っています。

つまり、あの清涼感は生まれつきの声だけでも、録音技術だけでもありません。
よく響く声から余計な癖を引き、本人の声質がいちばん素直に届く形を探し当てた結果です。
この記事では、その意外な成り立ちから浅岡さんの高音と歌い方を読み解きます。

浅岡雄也の爽やかな高音は「足した表現」より「削った表現」でできている

第三者の発声解説では、浅岡さんの声は「鼻にかかった甘さがあり、明るいが軽すぎない」「複数の響きが偏らず、クリアに抜ける」と説明されています。
用語は解説者によって異なりますが、明るさの奥に一定の厚みがあるという見方は共通しています。

ただし、その声質だけで「君がいたから」や「突然」の印象が完成するわけではありません。
転機になったのは、自然に付いていたビブラートや癖を、そのまま個性として押し出さなかったことです。

デビュー前後の制作では、声をまっすぐ伸ばし、歌詞をもっと素直に届ける方向が探られました。
本人も後に、FIELD OF VIEWの歌唱を「キチッとした誠実な歌い方」と表現しています。
爽やかさは表情を薄くした結果ではなく、感情を細かな技で説明せず、声と言葉に任せた結果なのです。

「突然」に2か月以上かかったのは、高音が出なかったからではない

「突然」の歌入れに2か月以上かかったという話は、浅岡さんの歌を理解するうえで象徴的です。
難しい最高音を一つ攻略するだけなら、これほど長い試行錯誤の説明にはなりません。

当時の本人は、何が悪くてOKが出ないのか分からないまま、何度も歌い直していました。
その過程で見つかったのが、もともと持っている声の特性を生かす歌い方でした。
上手そうに聞かせる装飾を増やすのではなく、声の明るさが邪魔されない位置へ歌い回しを整えたのです。

これは、カラオケで浅岡さんを真似する時にも大切な視点になります。
ビブラートを強くかけ、語尾を揺らし、明るい鼻声へ寄せれば近づけるわけではありません。
むしろ一つひとつを足すほど、本人の「何もしていないように聞こえる強さ」から離れやすくなります。

長いレコーディングを通して声の特性を生かす歌い方を見つけた浅岡雄也

高音が軽く聞こえても、声の芯まで薄いわけではない

浅岡さんの高音については、ミックスボイス、地声寄り、鼻腔へ集めた響きなど、さまざまな説明があります。
ここで一つの名称に決めてしまうと、かえって特徴が見えにくくなります。

「突然」のように明るく突き抜ける曲と、「渇いた叫び」のように切迫感のある曲では、同じ高さでも必要な強さが違います。
さらに「DAN DAN 心魅かれてく」では、長い言葉を独特な区切り方で旋律へ乗せる必要があります。
曲、音量、母音によって声の使い方が変わる以上、高音をすべて一種類の声と断定することはできません。

それでも一貫しているのは、高音になった瞬間に言葉の形を捨てないことです。
明るい声が細い線にならず、何を歌っているのかが残るため、伴奏の中で軽やかに抜けても頼りなく聞こえません。

ここで、爽やかな声と単なる鼻声を分けて考える必要があります。
鼻声は響きの通り道が狭く、言葉がこもって聞こえることがありますが、浅岡さんについて複数の解説が注目するのは、鼻に感じる甘さだけではなく、口の中や喉側を含む響きの釣り合いです。
一部分だけを強調した音ではないから、明るさがあっても声の奥行きが消えません。

本人の顔や声帯の形は誰にも同じように再現できません。
声色を似せようとして鼻へ集めすぎるより、高音でも母音がつぶれず、話している時と同じ人の言葉に聞こえるかを見る方が、浅岡さんの長所を正確に捉えられます。

ミックスボイスの出し方と見分け方を考える時も、声の名前だけで判断しないことが重要です。
浅岡さんの歌は、「地声か裏声か」より、どちらへ動いても歌詞の人物が変わらないことに注目すると分かりやすくなります。

「DAN DAN 心魅かれてく」は声量より言葉の置き方が難しい

この曲では、坂井泉水さんが作った歌詞をどこで区切るか分からず、録音中にも試行錯誤が続きました。
後から届いたデモによって、日常会話とは違う文節の切り方が示され、浅岡さんは驚いたといいます。

その経験は、浅岡さんの歌唱が単なる「高い声のロック」ではないことを示します。
高音を出したまま日本語を処理し、しかも不自然な譜割りをキャッチーに聞かせる必要があったからです。

本人は現在も、同曲を録音時の譜割りから変えないと話しています。
長年歌って技術が上がっても、あえて27歳当時の青さまで再現する。
ヒット曲を自分の腕前を見せる場所ではなく、聴き手の記憶を返す場所として扱っているのです。

浅岡さんの高音が誠実に聞こえる理由は、ここにもあります。
歌を自由に崩して自分を見せるより、聴き手が知っている言葉の位置を守ることを優先するためです。

ソロでは自由、FIELD OF VIEWでは「昔へ戻る」という二つの歌い方

2002年の解散後、浅岡さんはソロで歌い方を自由にしました。
楽曲制作や録音の判断も自分で担い、テクノを含むFIELD OF VIEWとは異なる表現へ進んでいます。

ところが再始動後、バンドの曲を歌うと、歌い方や立ち姿までFIELD OF VIEWの浅岡雄也へ戻れたと本人は語りました。
見た目は年月とともに変わるからこそ、声で昔と今をつなぐために、意図的に当時の歌い方へ寄せているとも説明しています。

ここには、器用さを見せるのとは違う高度さがあります。
自由に崩せるようになった歌手が、崩さないことを選び直しているからです。
現在の歌唱は若い頃のコピーではなく、増えた技術を表に出しすぎず、曲の記憶を守るために使っています。

ソロの自由な表現とFIELD OF VIEWの誠実な歌い方を使い分ける浅岡雄也
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30周年の「キミガスキダ」で、また「もっとまっすぐ」と言われた

30周年の新曲「キミガスキダ」でも、浅岡さんの歌は一度で完成しませんでした。
長いソロ活動で身についた癖が出たため、初期から関わる制作陣と細部を詰め、さらに「もっとまっすぐ」と方向を戻されたのです。

興味深いのは、30年前と立場が同じではないことです。
若い頃は指示を受け、何が違うのか分からないまま歌い直していました。
現在は自分の考えを伝え、アレンジにも意見を出しながら、それでも他者の耳を受け入れてFIELD OF VIEWらしさを選びます。

歌詞も、若い頃なら照れて避けたほど直接的な「君が好きだ」を、50代の現在だからこそ正面から歌っています。
歌い回しは原点へ寄せても、言葉に乗る人生までは昔へ戻りません。
まっすぐな発声が古びないのは、同じ形の中身が年齢とともに更新されるからです。

初期のまっすぐさは、何度も歌い直しながら外から教えられた型でした。
現在のまっすぐさは、ソロで崩す自由も知ったうえで、作品に必要だから本人が選び直す型です。
音だけを若く保つ話ではなく、選択できる表現を増やした末に、最も簡潔な歌い方へ戻っている点に面白さがあります。

浅岡雄也の高音から学べるのは、声色の物まねではなく「何を残すか」

浅岡雄也さんの爽やかな高音は、生まれ持った明るい声、複数の響きが混ざる厚み、そして装飾を抑えた歌い回しで成り立っています。
なかでも決定的なのは、「突然」の長い録音を通して、自分の声に足すより、その声が素直に届く形を見つけたことです。

参考にしやすいのは、鼻声を作ることでも、高音を強く張ることでもありません。
歌詞の区切りを守り、語尾を飾りすぎず、高くなっても同じ人物の言葉として届ける考え方です。
反対に、甘い声色や鼻に集まる響きだけを無理に再現すると、浅岡さんらしさより窮屈さが先に出ます。

浅岡さんの歌が長い年月でどう変わり、なぜFIELD OF VIEWではあえて昔の歌い方へ戻るのかは、浅岡雄也さんの歌唱変遷で年代順にたどります。

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